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私が移民しない理由=中国人移民の新たな潮流を考える

2010年07月17日

中国で著書や連載がある「カリスマ留学生」(多分、人民網の記事が出所)・加藤嘉一氏が、ブログでエントリー「私が移民しない理由」(同エントリーで「移民」は「国籍変更」の意味で使われている)を発表した。

「移民しないのか?」と質問された彼は絶対に移民しないと語り、その理由を次のように説明している。

私が絶対 的に移民に反対しているのは、本当の愛国主義者は移民しないと信じているからだ。どんな国の国民も、多かれ少なかれ祖国の体制、社会、国民性などに不満な 部分はある。それは当然だ。中国の友人たちは「日本のパスポートが便利だからだろう」と言うに違いない。私も日本のパスポートが海外に出かける時便利であ ることは否定しない。しかしこれは物事の一側面に過ぎない。私は日本を愛している。その長所も短所も、失敗も成功も、新鮮さも古くさい部分も……。私はそ の全てに向かい合おうと思っている。それこそが日本国民の権利であり、義務だ。最後に言っておきたい。私が愛することのできる国はたった一つなのだ、と。
我不移民的理由(私が移民しない理由)_加藤嘉一_凤凰博报
加藤氏が移民(外国籍取得)をテーマとした理由も簡単に触れておこう。一口に中国人移民と言っても、時代とともに変化を遂げている。新中国成立前の米国での フロンティア開拓や都市の肉体労働を支えた単純労働力としての移民、改革開放後の留学をきっかけにしての移民とメインストリームが移り変わってきた。

そして現在、新たな潮流として注目されているのが、富裕層の国外脱出だ。コン・リーやジェット・リーのシンガポール国籍取得がネットユーザーの話題になったのは記憶に新しい。そんな有名人ではなくとも、中国の急成長でお金をつかんだ、新富裕層が安全な社会、子どもの教育環境を求めて移民しているという。

加藤氏はこうした新たな動きを愛国心の欠如として批判した。コメント欄を見ると、賛同の意見が圧倒的多数を占めている。なるほど確かに、ナショナリズムとは国と個人を排他的な、一対一の関係で結ぶことを求めるものであろうし、基本的には2つの国に愛国心を抱くことは想定されていないようにも思える。

ただ一方で「たまたま自分が、祖先がこの国に生まれてきた偶然性とたまたま生活していることから生まれた愛着」という偶然性こそが、愛国心の根本にあることも事実だろう。

そう考えれば、「たまたま」の縁から長く関係した「外国」に愛着を感じることもそう違わないように思う。そうなってしまえば、どちらの国籍を選ぶかは便宜の問題になってしまうケースもあるように思うが、どうだろうか。





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