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ハイブリッド米への過剰依存は危険だ=“あの”李昌平が公開書簡―北京で考えたこと

2011年04月30日

中国「ハイブリッドの父」袁隆平への嘆願書

中国の農業科学研究者の間、いや科学者全体をみても知らない人はいないであろうという大学者・袁隆平(彼のプロフィールについては人民網を参照)。

1960年代から中国でハイブリッド米研究に着手し、「ハイブリッドの父」と称され尊敬を集めています。FAO(国連食糧農業機関)もハイブリッド米自体が1974年に中国で開発されたと紹介していますが、袁の功績が欠かせませんでした。ハイブリッド米は現在広く用いられるに至っており、2004年時点で中国のコメ作付面積の半分は既にハイブリッド米になっていたことから(上述FAOサイト参照)、現在はさらに普及していると予想されます。

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*写真は黒龍江省の試験場。

*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。

ちなみにハイブリッド米とは

雑種第一代に現れる雑種強勢を利用して育種した、収穫量の多い米。二代目以降にはその形質が保持されないので、種籾(たねもみ)はとらない。
デジタル大辞泉
というもの。

収穫量が多いなら万々歳のようにも思えますが、しかし、ある一人の研究者がハイブリッド米に反対の声を上げています。それが李昌平・河北大学中国農村建設研究センター主任。2000年にも、朱鎔基首相(当時)に公開状を送り、厳しい三農(農業、農村、農民)問題の現状を訴えたことで知られています。

湖北省のある郷政府共産党委員会書記まで務めましたが、17年にわたる農村でのキャリアを終え、今は研究の道に入っています。その彼が今、これ以上のハイブリッド米研究を止めて、在来品種の研究に立ち戻ってくれるよう袁隆平に懇願しています。袁に送られた公開書簡は草根網に掲載されています。


ハイブリッド VS 在来品種


在来品種の再評価を唱える李氏の意見にはいくつかの理由がありますが、一つにはハイブリッド米が種子を保持することができず、播種季毎に種子会社から種子を購入する必要があることがあげられます。

災害などの特殊事情で収穫ができなくなった後、種子が臨時に必要となった時にも、かつてなら前回の作付けから貯蔵していた種子を使うこともできましたが、ハイブリッドへの依存が強くなった今ではそれも難しくなりました。

種子会社は季節に合わせて販売しているため、播種時期意外には在庫を抱えていないのです。また、ハイブリッド米の高い単収はそれに見合った農業投入(化学肥料など)を前提としているため、農家の経済的負担がかさむと同時に、土壌汚染ももたらしています。

李氏は自らを「忠実な袁隆平のファン」と称し、ハイブリッド米の存在や袁隆平氏の業績を否定しているわけではないが、ただハイブリッド米があまりにも普及し過ぎ、単一品種になっている現状を懸念していると訴えています。

在来種子であっても、条件を整えれば、十分な単収を得られるというのが李氏の主張です。また、土着種子を全体の3割以上を確保すべく、国は法律で規定すべきとも訴えています。

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*農作業の機械化も含め、中国の農業生産コストも上がる一方。(写真は寧夏のある農家の農機)


農家の声の代弁者か、科学技術への無知か

著名な袁隆平への「反論」と捉えられたためでしょうか。中国のネットでは賛否両論、激しい議論が行われています。「農家の声を代表する良心の声だ」と支持する意見がある一方、「遺伝子組換えとハイブリッド米を併論するなど、科学技術のことを分かっていない」などといった反論・反応もあります。

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【考えたこと】

あの李昌平が河北大学で研究をしているというのは聞いていましたが、10年前と同じく「三農レター」で世間の耳目を集めるとはなんとも面白い。今回は総理よりは垣根は低そうですが、それでも科学者としては大物中の大物に対する意見具申、しかもこちらもその10年前のレターで有名になった李昌平の意見ということが重なり、一見地味にも見えるこの話題も脚光が集まったのはとても良いことだと感じます。

ハイブリッド米が化学肥料、農薬などの投入を増加させているという指摘は、いわゆる「緑の革命」という1960年代における議論を思い起こさせます。世界の食糧危機を救う水稲単収増加に期待が高まり、それを満たす改良品種が現れたことが歓迎された一方で、問題も明らかになりました。

「緑の革命」の成果を享受するには、肥料、農薬の増加も受け入れねばならず、その初期コストに耐えられる比較的裕福な農家のみがその恩恵を受けることができたのではないか。貧困農家はかえって貧しくなったと後に批判されました。また化学肥料、化学農薬の投入増は、環境負荷への懸念にもつながっています。

ただ、公開レター発表後の李昌平のインタビュー(4月28日付京華時報)を読んでいると、李氏は決してラディカルな主張をしているわけではありません。何も今普及しているハイブリッド米を止めろと言うわけでもなく、在来種子も大事にしながらのバランスを取れという趣旨のようです。在来種30パーセントという目安を提示したりと現実的な提案に感じます。生産増加をもたらしてきてくれたハイブリッド米を肯定しつつも、過剰なハイブリッドへの依存に懸念を示しているということなのでしょう。

市場の論理は合理的な資源配分をおおむね促すものですが、一方で独占状態は健全な競争を阻害する悪い状態として規制する法律があるくらいです。自然を相手にする農業では一旦淘汰してしまうと戻ってこないもの(種の保存などの問題)があるので、ハイブリッド米と在来種の違いを明確にしつつ、実際に農業を行う農家に選択肢を残すことが重要でしょう。


*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。



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