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『くまのこうちょうせんせい』とスターリンの「幸せな子ども時代」―ロシア駐在日記

2011年05月20日

「子供は明るく元気が一番」はロシアで通用するのか?

日本で暮らしていたとき、プレゼントで絵本『いつもいっしょに』(こんのひとみ/作、いもとようこ/絵)をいただきました。絵も文章もとても気に入ったので、本屋に行って、同じ著者たちのもう一冊『くまのこうちょうせんせい』という絵本を買いました。

 
*こんのひとみ/作、いもとようこ/絵


日本にいてもロシアにいても、私はよく本屋に行きます。ロシアもかわいくて素敵な絵本がいっぱいありますけれども、この二冊のように、人の悩みや物事の見方・考え方についてこれだけやさしくシンプルに書かれている絵本は私はまだ見たことがありません。だから、こういう絵本なら、ロシア語に翻訳したいと私は思いました。絶対ロシア人の心にも響くと思います。文化の壁は関係ありません。

*当記事はブログ「ロシア駐在日記」の許可を得て転載したものです。

あっ、でも「文化の壁は完全にない」……と言うとウソになります。特にこの2冊のうち『くまのこうちょうせんせい』の内容はそういう「壁」というか、「今どきの日本らしい」ところがあると思いますので、ここでお話します。

この絵本の内容はだいたい下記の通りです。

ひつじ君の挨拶するときの声が小さいので、『頑張って大きな声を出してね』とくま校長先生にいつも励まされています。しかし、ひつじ君はどうしても大きな声は出ません。くま校長先生は病気になりました。病気で声が出なくなってしまい初めて気づきました。大きな声を出したくても出せないときもあるんだ。

この絵本のメッセージは後書きの中でまとめられています。

「子どもはあかるく元気がいちばんと、大人はおもいこんでしまいます。でも本当は、子どもはちいさくてよわいものなのです。子どもたちのいたみをわかちあうのが、大人の役目だとおもいます」

それで思ったんですけど、ロシアでは「子供は明るく元気が一番」という発想はないと思います。そもそもこの言い方をロシア語に訳そうとしても、大人が子供たちに何かを押しつけているようにしか聞こえません。考えてみたら、この発想は、子供たちの個性や一人一人の事情を無視した、大人たちの勝手にすぎません。そして、絵本のくま校長先生は病気をきっかけにまさにそのことに気づくのです。

そういえば、ロシアで何か近い発想……と色々考えているうちに"счастливое детство" (直訳:幸せな子供時代)という発想がソ連時代にあったことを思い出しました。ソ連はすべての子供たちに「幸せな子供時代」を与えてくれる国だったので(???)、国のイベントがあるたびに、子供たちはそういう幸せそうな様子をアピールするよう、要求されていました。スターリン時代だと、みんな大きな声でこう叫ばなければなりませんでした。

≪Спасибо товарищу Сталину за наше счастливое детство!≫
(私たちの幸せな子供時代のことを、スターリン同志に感謝!)


多分ほとんどのロシア人はこのセリフを知っていると思います。ま、これはソ連の話なので、今は「幸せな子供時代」なんて言い方は、自分のことを語るときにぐらいしか使われていないと思います。

子供が幸せに暮らせるようにできるかぎりのことをするという"счастливое детство"という言葉の背後にあった大人たちの発想はすばらしいです。その点、日本の「明るく元気」の原点も基本的に一緒だと思います。ただ途中からソ連の「幸せな子供時代」は中身を伴っていない言葉だけになった。日本の「明るく元気」も一歩間違えたら子供たちに一定の行動パターンを押し付けるようになりかねない。

話を絵本に戻すと、今のロシアには日本の「子供は明るく元気」に近い発想はないと私は思います。

ちなみに、ロシアの学校では(少なくとも私が小さかった頃)大きな声で挨拶するように指導されることはありませんでした。声が大きかろうが小さかろうが、「挨拶した」という「事実」さえ確認されれば、よし。「挨拶の仕方」そのものは注意されることはありませんでした。ま、元気のいい挨拶はロシア人の耳にも「優等生らしく」聞こえるので、威勢のいい挨拶の方が「印象がいい」という点では日本と同じみたいです。


Boys on the Street - Irkutsk - Russia / Adam Jones, Ph.D.


だから、もしこの絵本のロシア語版が出版されれば、ロシア人たちは日本人とはちょっと違う受け止め方をすると思います。つまり、日本と違って「子供は明るく元気が一番」だとか「挨拶の言葉は大きな声で言うべきだ」と考えるのは一般的ではないので、たまたまこの「くま校長先生」は声の大きい子が好きだったんだ、そういう捉え方になると思います。

もちろん、だからといって、この絵本を読んで感動しない、ということにはなりません。ロシア人から見てもとてもやさしくて色々考えさせてくれる素敵な絵本だと思います。

……本当に翻訳しようかな?

*当記事はブログ「ロシア駐在日記」の許可を得て転載したものです。


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