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中国の推理小説がダメな3つの理由=島田荘司絶賛の推理小説史『謀殺的魅影』―北京文芸日記

2011年07月18日

老練な80後ミステリ編集者 『謀殺的魅影』(褚盟著)

中国に新星出版社という会社がある。

翻訳ものを数多く取り扱う出版社で、とりわけ推理小説に関しては圧倒的な量を刊行している。世界中の名作を時代の新旧かかわわらず出版しているのだ。日本人作家では島田荘司、東野圭吾らビッグネームを、最近では米澤穂信の作品などを世に出している。

本エントリーでは、同社に勤める80後(1980年代生まれ)の編集者・褚盟が出版した世界ミステリー小説史本『謀殺的魅影』(謀殺の魅惑)をご紹介する。

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*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


彼がこれまで手掛けた海外ミステリ作品は数え切れない。エラリー・クイーン、ローレンス・ブルック、ヴァン・ダイン、松本清張、島田荘司、東野圭吾、二階堂黎人、麻耶雄嵩らの著作など彼が扱った小説は100部を超える。島田荘司の『占星術殺人事件』》が中国で正式に翻訳出版されたのも彼の功績である。


■超豪華!日本人作家の推薦文


表紙の裏には彼が手掛けた日本人作家たちの推薦文が載っている。翻訳してご紹介するが、日本語から中国語に訳した文章を再び日本語に戻しているので、発言者の意志を必ずしも完全に再現できていないかもしれないが、ご容赦願いたい。

褚盟さんが本を出版したと聞いて、自分の本が受賞したと知ったときよりも嬉しくなった。
2011年直木賞受賞者 道尾秀介
 
この本からは推理小説に関する豊富な知識を学ぶことができる
西澤保彦


褚盟さんは中国で最高の推理編集者だ。きっと読者に人気を集めるだろう。
二階堂黎人


世界推理文学通史として、この本は前例のないものになるだろう
米澤穂信


褚盟さんは私が出会ったなかで最もマニアックな推理小説編集者だ。
山口雅也


推理小説の読者として褚盟さんの本は是非読んでみたい。
有栖川有栖

さて、日本の著名小説家たちの覚えめでたき褚盟の作品は、いったいどのような出来に仕上がっているのだろうか。


■ジョン万次郎は日本推理小説には重要な存在だった

本書は世界の推理小説の概要書である。各章ごとに、ポーやドイル、松本清張など有名な小説家を取り上げて、彼らの出現がミステリの歴史にどのような影響を与えたのかを豊富な資料をもとに書き起こしている。

有名どころを押さえているので、推理小説というジャンルに興味を持ち始めた読者が読むには最適のマニュアルだろう。また褚盟の意見は卓見なのか私見なのか判別がつかないけれど、眼を見張るものが確かにある。

なかでも日本の章でジョン万次郎が日本の推理小説に重大な意味を持っているという説には衝撃を受けた。褚盟が言うには『江戸川乱歩、横溝正史、松本清張、そして島田荘司は日本の推理小説の歴史を語るときに必ずジョン万次郎を取り上げた』らしいが、それは本当だろうか。


■中国の推理小説

世界推理小説と銘打っているだけあって、世界の一部である中国の推理小説にもきちんと言及している。だが、中国のパートではどうも筆が重いようだ。“中国推理小説の父”程小青が活躍していた時代こそ、同時代の日本よりも推理小説のレベルは優れていたかもしれない。だが、それ以降全然パッとしないのだ。その理由について彼は冷静に分析している。

本当はあまり触れたくない話題なのかもしれないが、褚盟にとって一番親しく詳しいはずの現代中国のミステリ界はイヤでも触れざるを得ない問題であるのだろう。

中国の推理小説不振の理由については、同作の終章「我不想和這個世界談談」(この世界と話したくない)でまとめられている。本当は翻訳してご紹介したいところだが、かなりの分量になるので、現在中国ミステリ界が不振に陥っている3つの原因についてのみ抜き出したい。


■その1、文化の違い

中国文化は比較的に人文学を重視し、自然科学の発展は西洋や近代日本と比べて遅れている。また、中国人はガチガチのロジックの特訓や実践を軽んじて、“悟り”(注:直感みたいなものか?)というものを信じている。この文化は中国小説家が知識を蓄え思考する上で重大な欠陥を招くことになった。この2つが推理小説の執筆にとってどれほど重要なのか言うまでもない。


■その2、創作における根本的な欠点

日本の小説家は往々にして驚くべき知識量を持っている。自分が興味のあるジャンルでは専門家と遜色のないぐらい博識なのだ。

いくつか例を挙げてみると、京極夏彦は妖怪文化に対して造詣が深く、伊坂幸太郎は音楽や映画に詳しく、道尾秀介はフロイトの知識があり、三津田信三は民俗学の理解がある……。日本の小説家は博覧強記を背景に想像力を大胆に働かせて自らの知識を想像の中に注ぎ込み、絢爛豪華な推理世界に生み出す。

中国の小説家はこれとは真逆だ。彼らの知識量は絶対的に不足しており、一般的な知識すらも抜けている。筆者はかつて『氷をプールの底の排水溝に詰める』という“トリック”を読んだことがある!

 また、知識量のみならず想像力にも限界がある。その上、大量の外国作品を参考にした形跡がありありと見える。自分なりの路線を走ることができないのだ。もし日本の作家の創作のプロセスが“思いきり良く想像し、注意深く証拠を探す”だとするならば、中国作家たちの創作の過程はまさにその正反対である。

 
■その3、環境が極端なまで功利的

中国の読者は自分好みの傑作ができるだけ早く世に現れることを期待している。これは疑いようもないほど大きな力である。だが現段階ではこれらの期待は作家と出版社への軽々しい否定にもつながり、攻撃的な悪口にもなる。個人の好き嫌いによってその作品の良し悪しが決まってしまう。客観的な基準と寛容な心のない『ほめ殺し』であれ『殴り殺し』であれ(注:原文では捧殺(ほめ殺し)と棒殺(撲殺?)で掛けている。出典は魯迅らしいのだが資料がないからよくわからない)、どちらも作者の成長の手助けにはならない。

出版業界が目先の利益のために急いでいることも見え透いている。現在に至るまで中国大陸には作者のやる気が出るようなミステリ賞の類は一つとして存在していない。比較的マニアックな推理文化を紹介する新聞や雑誌も一冊としてなく、中国の京極夏彦や中国の東野圭吾を育てようとする出版社も一社もない。

中国で海外ミステリの名作がいくら翻訳されようが、推理小説を書くことに中国人の小説家自身が慣れなければいつまで経っても傑作は生まれない。そして実力と想像力を培った彼らの受け皿をきちんと用意することこそが、出版社が現在取り組むべき緊急の課題なのだ。

中国推理小説の不振の責任を負うのは書き手側だけではない。数多の海外作品に触れることができ、誰よりも客観的な視座を養えた編集者・褚盟だからこそ、このように現状に対する根本的な不満を感じているのだろうか。


■先生よく出てくるなぁ

和洋東西、時代の隔てなく、推理小説の歴史を簡潔にまとめあげた本作品。締めは島田荘司のあとがきだ。

筆者の褚盟とも面識があり、彼に30以上の作品を翻訳出版してもらった島田荘司はこの本の出版を非常に喜んでいる。そして1人の推理小説家として、36歳も年の離れた褚盟に敬意を払っている。

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 ※褚盟と島田荘司のツーショット写真


 ■終わりに

褚盟が中国国内の推理小説家だけで1冊の本を著せるようになるまであと何年かかるのだろうか。そのときこそ褚盟の名前が日本のミステリ読者の間の共通名詞となる時であり、海外の小説を中国語に翻訳するのではなく、中国の小説の翻訳を委託する時となるだろう。


※補足
内容について不満は特にない。しかし欲を言えば、これだけの本を書くために集めた参考資料リストをぜひ載せてほしかった。

<続報>
この記事を受け、『謀殺的魅影』推薦文に記載のある日本人作家の一人、道尾秀介氏がtwitter上で身に覚えがないとの発言をされました。思わぬところで発覚した推薦文捏造問題……。下記記事に続きます。

日本有名作家の推薦文を捏造か=推理小説史『謀殺的魅影』問題について―北京文芸日記(KINBRICKS NOW、2011年7月22日

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。

 コメント一覧 (3)

    • 1. @accolynx
    • 2011年07月20日 15:38
    • twitterで、道尾秀介氏ご本人がこう書かれています。

      @michioshusuke 道尾秀介
      まったく憶えのない僕のコメントが新刊の装丁に印刷されている…!どうして僕が、見ず知らずの人の出版を大喜びしなきゃならんのだ。すごいなあ中国。なんかもう、カッコいいとさえ思えてしまう。bit.ly/o4gyDM
    • 2. Aceface
    • 2011年07月20日 16:25
    • 上の道尾さんのコメントを読んだあと、中国の推理小説がダメな理由が4つになったように思われ。
    • 3. 阿井
    • 2011年07月22日 00:21
    • @accolynxさん

      報告していただきありがとうございます。
      中国ではTwitterが見られないので助かりました。

      しかし、この件はいったいどんな真相なんでしょうね。正直理解に苦しみます。


      Acefaceさん

      確かに。新星出版社で海外小説の正規版を中国で出し続けている褚盟さんには、現在の中国の出版業界で横行している海外作品の無断掲載や海賊盤について何かひと言欲しかったです。
      著書の中ではそのことについて言及していなかったので。

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