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『ホームズ全集』注釈盗作疑惑(3)=中国推理小説界が負った痛手―北京文芸日記

2011年09月26日

■中国で起きたホームズ全集注釈問題 その3■

「ホームズの盗作スキャンダル」シリーズも3回目の今回で完結です。
豪華版ホームズ全集に盗作疑惑=国際的出版社のやることかと痛烈な批判―北京文芸日記
『ホームズ全集』注釈盗作疑惑(2)=批判された注釈者が出版社に責任転嫁―北京文芸日記

評論家の陳一白が新聞紙面で、「豪華版ホームズ全集」の注釈はレスリー・S・クリンガー氏の著作から盗用したものと批判したのが第1回。注釈者の劉臻が「引用元を削った出版社の問題」「客観的事実を書いた注釈は一々明記することなく引用することが可能」と反論したのが第2回でした。

第3回では、陳一白が最後通告とも思える強烈な再反論を加えています。

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*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


陳一白『こじつけの弁解では剽窃の事実を変えられない』(狡辯、改変不了剽窃的事実)
東方早報、2011年9月11日

「ホー ムズの盗作スキャンダル」を執筆した時、「ベルヌ条約」「中華人民共和国著作権法」及び「出版管理条例」に重大な違反行為をした新星出版社が『ホームズ全集』を回収するなどとは思いもしなかった。また、劉臻氏自らがレスリー・S・クリンガー氏や全集を購入した読者に剽窃をお詫びをするなどとも期待していなかった。

「上海書評」欄に私の批判文が掲載された後、新星出版社は案の定、亀のように首を引っ込め、だんまりを決め込む作戦を採った。返事をしないで有耶無耶にする厚かましい態度を取る一方で、京東ネット上で共同購入の形式で違反出版物を安く投げ売りしている。

率直に言えば、これらは私の予想を出ないものだった。しかし、劉臻氏が「上海書評」欄に反論文『「ホームズの盗作スキャンダル」に対する返答』を掲載したことに、私は深い同情を覚えると同時に、訝しさを感じずにはいられなかった。 

ここまでが冒頭部分。長文記事なので、以下、かいつまんで紹介します。この後、劉臻の問題点を取り上げていくのですが、その焦点は劉臻の「事実性のある資料、例えば人物や場所や物の名前などに関しましては客観的に述べるに留まり、出所は書きません」という主張の是非に当てられています。客観的事実に関する注記については出所を示さずに引用できるという慣例は本当に存在するのか?その「慣例」が事実ならば、海外のホームズ研究家であるベアリング・グールドやクリンガーも劉臻同様、先人たちの成果を盗用していたのか?という単純な疑問を投げかけているのです。

この疑問を確かめるために陳一白は驚きの行動に出ます。以下はまた抄訳です。

やむを得ず、私は劉臻氏も賞賛を惜しまないアメリカの著名なホームズ研究家レスリー・S・クリンガーにメールを送った。質問したのは次の2つの問題だ

第一クリンガーの注釈とウィリアム・ベアリング・グールドの注釈はどこが違っているのか?という点。第二に新星出版社と劉臻氏が著作権違反をしたとクリンガー氏はみなしているのかどうかという点だ。

メールを送って10時間もしないうちにクリンガー氏は返信してくれた。第一の質問に対する返答を翻訳して紹介する。

―――――――――――――――――――――――――――――――
『クリンガーの返答』
 
ベアリング・グールドの作品は非常に重要です。私は常日頃、自分の著作は「彼の肩の上に立っている」と言ってきました。ベアリング・グールドが注釈を付けている個所には私も注釈を付けるのが、私の基本的な方針です。

私はベアリング・グールドの注釈の引用元を調査しましたが、残念なことに彼の注釈の多くは引用の出所が書かれていませんでした。グールドは著作の出版前に死去されたので、本来ならば解決していた問題だったのだろうと信じているのですが。

私の『ホームズ参考文庫』では、引用資料の出所を明記することに配慮しました。第三者からの引用句は非常に多いのですが、その一つ一つに出典を明示しています。

ベアリング・グールドは膨大な時間と注釈を「年表」(注:原文では系年)、つまりストーリーが起こった日付の確定に費やしていました。私はこの方面についてあまり興味がなかったので、年表については関連資料を付録とするにとどめました。その資料は15部もの年表を参照して作ったものです。
 
(中略)私はもちろんベアリング・グールドの作品を参考にしていますが、それ以外にも多くの本を参照しました。私の参考書目録は40ページ以上の長さになっています。
 
(中略)細かい計算はしていませんが、私がつけた注釈のうち、オリジナルのものは5%~10%程度でしょう。1902年以来、ホームズ研究は続けられてきました。現在、新しい知見を示すことは非常に困難です。それでも、少なからぬオリジナルの意見を加え、議論の題材とされていることをホコリに思っています。

なんと陳一白は、
劉臻のネタ元であろうレスリー・S・クリンガーを引っ張り出してきました。注釈の付け方について、クリンガーと劉臻の仕事ぶりを比較し、「本物のホームズ研究者」がどのように仕事するのかは一目瞭然だと断じています。


■クリンガー「著作権侵害だ」


続いて第二の質問、すなわち新星出版社の『ホームズ全集』が著作権侵害にあたるかという問題についてもクリンガーの返事を得ています。

もちろん著作権侵害にあたります。私はすでにノートン出版社に通知済みです。あとは同社の法務部が取るべき行動を取るでしょう。
 
記事では、さらに劉臻の反論を一つ一つ取り上げては再反論を加えています。しかし、今後は海を越えて、出版社同士の話し合いになる可能性が高いこの話題で、個人同士の応酬をこれ以上取り上げる意味はないでしょう。

そもそも、陳一白の批判も劉臻の弁明も根本的な問題からずれたものばかり。相手の言葉尻だけを捉えたものが多いのです。


■まるで子供の喧嘩
 
劉臻ですが、ゲラも見せられることなく、勝手に文章を削除されたという新星出版社の仕打ちはひどいもの。情状酌量に値します。しかし、陳一白に不備を指摘されるまで、不手際な処理をした新星を訴えもせず沈黙していたこと、それにもかかわらず「批判は理解が足りない」と反論するのはあまりにも自分本意すぎます。読者は書物からしか事情を汲み取れないですから。
 
そして陳一白は、劉臻は句読点の使い方を理解していない、だから、「先人の見解をまるで自分の意見のように書いているように見える」との大人気ない批判っぷり。また国際的な新聞のバックナンバーはネットで検索して読める、という劉臻の反論を受けて、

2000年1月1日以前の『The Times』がネットで検索できるんだったら発言を撤回しよう。逆にもし見つからなかった場合は盗用を認めるしかないぞ。

と返答していますが、まるで子供の喧嘩です。


■新星が序文と参考文献リストを添削したのはなぜ?

 
さて、アメリカにまで飛び火したこの『ホームズ全集』注釈盗用問題。劉臻の言葉を信じるのなら、序文と参考文献リストが削られたことが原因です。なぜ新星出版社は削除したのでしょうか。ページ数超過のためという半ばやむを得ない処置だったとしても、執筆者である劉臻に一言声をかけるべきでしょう。

第2回で取り上げたように、劉臻と新星出版社編集者はSNSサービス・豆瓣で、契約書の中身についてお互い異なる主張を展開するという醜態を演じましたが、契約書には「校正後の原稿は作者に確認し校了のサインを貰う」という規約は盛り込まれていなかったのでしょうか。


■新星と劉臻、責任はどちらに?

著作権侵害で訴訟と言うことになれば、気になるのが責任の所在です。発行元の新星出版社と注釈者の劉臻、この問題の責任を負うのはどちらなのでしょう。

クリンガーの注釈本も新星版『ホームズ全集』も未見ですので、実際に盗用された注釈がどれだけあるのかはわかりません。また、削除された参考文献リストにクリンガーが参照した原典が記載されている可能性も否定することはできません。

ただ望むのは、著作権侵害としてクリンガー側から訴えられたとしても、両者には誠実な対応を心がけて欲しいということ。今回の一件で中国の推理小説界から再びいろんなものが失われました。しかしそれでも、新星と劉臻(ellry)の今までの活躍と功績を知っている読者は見捨てずに支えてくれているわけです。彼らのためにも1日も早い真相の解明が望まれます。

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


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