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2011年10月01日
なぜコスプレはどんどんAVに似ていくのか?AVメーカーはなぜコスプレ作品を撮るのか
網易ゲームチャンネル、2011年9月29日
コスプレ文化の起源は日本ではないが、現在、その影響力はきわめて多大である。1970年代末、コスプレは日本で発展を始めた。ただし当時はアニメ、マンガ愛好者の枠を超えないものであった。
1980年代の日本コスプレ文化はまだ未成熟であったが、しかしそれゆえにより純粋なものだった。1990年代になると、コスプレ文化はアダルト産業への浸透を始める。「怪蜀黍」(ロリコン、変態中年)のニーズに応え、コスプレを売りとしたAVが大量生産され、人気シリーズも生まれた。
ここでコスプレ文化が日本古代から続く階級制度に由来することに触れざるを得ない。その厳格な制度はたんに着る服だけではなく、色まで厳しく規定された。異なる社会階層の異なる役割を持つ人々は、それぞれ独自の衣服を着ていたのだ(冠位十二階の拡大解釈か:Chinanews)。明治維新後、和服と洋服の別は価値観や階層、地位を示すシンボルとなった。階級観念は日本に根深く残っており、今でも日本人は階級と職業の区別を示す制服に異常なまでに敏感だ。これがコスプレ文化が日本で勃興した背景となっている。
1990年代、日本のラブホテルの多くは、争うようにコスプレ衣装レンタルサービスを導入した。顧客らは自分の好きな服で楽しめるばかりか、記念撮影まで できる。ただしこうしたコスプレはアニメやゲームよりは、ナース副、巫女服、女性警官、あるいは中学生のセーラー服に集中していた。
1990年代末にコスプレ喫茶が登場。若い女性店員がメイドなどの特殊就業者やアニメキャラクターに扮した店舗が急増した。男性顧客の注目を集めるため、コスプレキャラの含意や背景を理解することはもはや優先されなくなり、セクシーさを追求したデザインが流行。アダルト・コスプレの風潮が次第に形成されていく。
世紀の境を超え、2003年、2004年ごろになると、レイヤーたちの衣装はますます薄くなっていった。この傾向は、インターネットによる情報爆発とデジタルカメラ危機の普及とも関係している。以前はファンの間でだけ手渡しで出回っていた写真が、簡単にネットで公開できるようになったのだ。高品質のコスプレ写真はあっという間に人々の人気を集め、一夜にしてレイヤーが知名度を得ることもあった。2006年にセクシーな姿と無表情さで人気を集めた「牛島好肉」(うしじまいい肉)がこの時期のアダルト・コスプレの代表である。
台頭したばかりのアダルト・コスプレと伝統的なアニメ・マンガやゲームのコスプレとの最大の違いは、レイヤーたちの多くは交流会などのイベントではなく、ネットを通じて人気を集めるようになったことにある。また、アダルト・コスプレのレイヤーと伝統的なレイヤーでは、コスプレ対象理解の源泉も大きく異なる。アダルト・コスプレは同人誌に素材を求め、伝統コスプレはマンガ、小説、アニメに原典を求める傾向にある。
21世紀初頭を分水嶺として、日本のコスプレは正式な産業化、職業化の段階を迎えた。職業レイヤー、あるいはコスプレ団体はすばらしい演技と衣装、小道具で有名となり、彼女たちの写真は雑誌や出版物に形成されるようになった。より有名なレイヤーは自分の写真集やデジタル写真CDを販売するようになった。もちろん、この段階にいたっても、相当数のレイヤーは趣味としてコスプレを楽しんでいる。
アダルト化が今や日本コスプレ界の潮流となっていることは否定できない事実だ。観衆はレイヤーに整った顔だけではなく、セクシーな体、露出度の高い衣装、さらに挑発的な演技まで求めるようになっている。これこそコスプレとアダルト写真、AVの境界が次第にあいまいになっている要因である。
サブカルにアダルト・コスプレが蔓延し始めてからというもの、観客の「軽度化」(軽薄化)という現象も見られるようになった。露出が高ければ高いほど観衆も増える。多くのレイヤーたちの活動はモデルが男性向け雑誌でやっている活動と一緒である。この悪性の循環が始まってから、レイヤーたちのショーが引き起こすものは観客によるバーチャル・キャラクターとの共鳴ではなくなり、たんなる性の衝動となった。これこそが東京ゲームショーの通路での押し合いへし合いが年々悪化する要因である。
もちろんアダルト傾向にあるコスプレもアダルトそのものというわけではない。大多数の女性レイヤーは公開の場でパンツを見せ、撮影させるようなことはしないからだ。とはいえ、大差ないものではあるが。