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海賊版に激怒し中国市場撤退を決めた東野圭吾と東野を嘲る中国ミステリ業界(阿井)

2011年11月28日

■東野圭吾の決断から4ヶ月、一体何か変わったのか■

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


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*2011年の外国人作家印税収入ランキングで5位となった東野圭吾。写真は星島環球網より。

百度でミステリ系のネタを探していたら、以前このブログでも取り上げた『東野圭吾の版権売却一時停止問題』に関する記事が見つかった。と言ってもこの問題が話題になったのは3ヶ月も前の2011年8月だ。しかもこの記事自体が1ヶ月も前の10月に書かれたものだから、わざわざ翻訳してまで紹介するには話題と内容ともに旬がとうに過ぎている。
(関連記事:「東野圭吾の中国市場撤退問題を考える=海賊版を当然と考える中国の消費者―北京文芸日記」2011年8月28日)

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*東野圭吾の中国語翻訳作品33冊セットのiPhoneアプリ。250円。もちろん海賊版だが、Appleの審査は通過している。

とはいえ、この記事には版権一時停止以降の中国人の反応が、やや偏った形で記されている。一時撤退を決めた東野圭吾を、中国人読者がどのように見ているのかを知る上で一読の価値があると考える。そこで記事内容を紹介したい。


■「ネット時代では第二のマルケスにはなれない」

『版権を渡さないのか、それとも金が余っているのか?東野圭吾が中国に抱くやりきれなさ』

中国ミステリマーケットのパイオニアとして、東野圭吾が著作権保護戦争を仕掛けた。しかしインターネット時代では第二のマルケスになれるはずがない。

いきなりガルシア・マルケスの名前が出てきた。やはり中国人にとって今回の決断を下した東野圭吾の選択は、『百年の孤独』を中国で出版させることを頑なに拒否し続けたマルケスと被るようだ。

Gabriel Garcia Marquez  百年の孤独 (Obra de Garc〓a M〓rquez (1967))
Gabriel Garcia Marquez / mansionwb
*左:ガルシア・マルケス。右:代表作『百年の孤独』。2011年中国外国人作家長者番付でハリー・ポッターのJ.K.ローリングを抑え堂々の1位。約1億3200万円の印税を単年で稼ぎ出している。詳細はこちら「2011年作家長者番付」を。

【ガルシア・マルケス】

Gabriel Jose Garcia Marquez, 1928年3月6日 - )は、コロンビアの作家・小説家。架空の都市マコンドを舞台にした作品を中心に
魔術的リアリズムの旗手として数々の作家に多大な影響を与える。1982年にノーベル文学賞受賞。

『百年の孤独』『コレラの時代の愛』が2002年、ノルウェイ・ブッククラブによって「世界傑作文学100」に選ばれるアメリカ合衆国で活動する映画監督のロドリゴ・ガルシアは実の息子である。
wikipedia

東野圭吾の中国市場撤退問題を考える=海賊版を当然と考える中国の消費者―北京文芸日記(2011年8月28日)

実は今年の6月頃から書店で平積みになっている『百年の孤独』を見る機会が増えました。今更こんな名作をアピールする必要性があるのだろうか、と訝しく 思っていたのですが、その原因がようやくわかりました。  百度百科の情報で恐縮なのですがここにガルシア・マルケスと海賊版の闘争の歴史が記されています。(百度百科:百年の孤独
 
マルケスの代表作『百年の孤独』はこれまで少なくとも4度中国でその翻訳版が刊行されました。しかしその全てが実はマルケス側の許可を取っていない海賊版だったのです。その海賊版の多さは1990年に中国の書店を訪れたマルケスに「オレが死んで150年経ってからじゃないと中国に版権は渡さねぇ、『百年の孤独』だったら尚更だ」と言わしめたほどです。

「第二のマルケスになれるはずがない」という挑発的な書き出しの後、記事は版権差し止め事件の概略を紹介。人気外国人推理小説が何人も中国を訪問する中、最大の人気作家である東野圭吾が中国を訪問するどころか、中国語版出版差し止めを決断するという驚きについて説明している。そして、その後、なんともふざけた文章が続いている。


『東野先生、ツンデレっスね!』
『東野先生、ツンデレっスね!』

「東野圭吾です。この2日間、みんなと同じく「とあるニュース」に悩まされている。私が中国の出版社に二度と版権を売らないと宣言したという、あのニュースだ……。あの日は気分が良くて、二階堂くんと銀座まで飲みに行った。酔いに任せて適当なことを喋っていたが……まさかヤツの仕業か?

私の他に中国でうまくいっている日本人作家は数人いる。島田はいま読んでいる本が「彼が最も期待している21世紀のミステリ」なんだろう。乙一は最近ますます映画撮影にハマっている。宮部は日本と台湾じゃ私の最大のライバルだが、中国大陸では私に負ける。三津田はあのわざとらしい刀城シリーズが終わった後は何をするつもりだろう。

京極は、正直言って彼が何を書いているのかわかった試しがない。伊坂…いや待てよ。あの日アイツによく似た男が私の部屋の前を通り過ぎたが、まさかアイツなんじゃないだろうか……。多分そうだ、アイツはいま中国でノリに乗っている。訳書も10冊は出してるし……。もし私が中国から撤退したら、一番得をするのは多分アイツだ……。」

なんだこの文章?!
……と驚いてニュースソースを探そうとしたあなたは真面目です。これは大偵探論壇という中国ミステリのBBSに投稿された完全創作の文章である。
(関連リンク:「【専題】 東野圭吾給中国読者的一封信 」大探偵フォーラム)

大偵探論壇には他にも『東野圭吾の苦悩』や『二階堂黎人的告白』などのSS(ショートショート)が投稿されているので気が向いた方は目を通して欲しい。記者はこのようなネットの反応を紹介して、東野圭吾の一大決心もネットが主力になった今の世の中では、良いように弄ばれるだけだと分析する。

ネット掲示板に続き、今度はミステリ業界関係者の微博書き込みを紹介し、中国ミステリ業界が東野圭吾の決断を醒めた目で見ていると暗に伝えている。

このニュースを聞いてもさほど驚きはしなかった。まさか「東大」は中国の読者の入れ込み具合をご存じないのか?日本ミステリ翻訳組という言葉を聞いたことはないのか?断筆しない限り、あなたの読者であるミステリ翻訳者が日本語の原文を中国語に翻訳して、みんなに分け与えるんだ。しかもタダでな!

天蠍小猪(ミステリ評論家)

東野が今回、版権受け渡しを停止したことは、(伊坂幸太郎をはじめとする)その他の推理小説家にチャンスを与えたことにならないだろうか?(中略)現在、日本の出版社の関係者が東野先生に発言を撤回してもらうよう説得に回っているらしいが、1、2年はこのままだろう。誰が行っても無駄さ。

鐘擎炬(『鳳凰雪漫』編集長)

『東野先生、ツンデレっすね!』という不思議なタイトルは彼らのコメントから来ている。東野圭吾の撤退は中国ミステリ業界に手痛い一撃を与えたどころか、逆に中国人読者が海賊版を読む良い口実となるか、東野の後塵を拝していた日本人推理小説家の活躍の場を広げるだけ。

「べっ、別に伊坂幸太郎のために中国から撤退したわけじゃないんだからねッ!勘違いしないでよね!」というツンデレ行為にしか見えないというわけだ。


■東野圭吾、新作の版権料は1冊1000万円

その後、記事は東野作品が中国でどれだけ売れたのか、販売冊数を提示。東野が受け取ったであろう印税も算出している。また版権料についても、「最初は30万だったのが、2010年の競売では600万、当初の20倍にまでつり上がった」と書いている。

いや、それ以上の値段がついたという話という暴露ネタのソースとして再登場するのが、上述の口が軽い出版関係者・鐘擎炬。彼自身が東野の版権停止宣言1ヶ月前に行われた、新作『麒麟の翼』『真夏の方程式』の版権競売に参加していたが、「(版権料は)最高で1冊1000万円までになった。人民元に換算すると80万元(約960万円)だ」と明かしている。

麒麟の翼 (特別書き下ろし)真夏の方程式


■故意か、単なる書き忘れか


さて、印税や版権料の暴露などゴシップ風味の怪しい方向に記事は向かっていくのだが、読者のミスリードを誘う、恣意的な記述漏れがあるので訂正を求めたい。「最初は一冊たった30万の版権料だった……」という部分だが、通貨単位を記載していないため、30万円なのか30万元なのかわからない。

この答えだが、第一財経週刊の記事「瘋狂的推理小説」(狂った推理小説)に書かれている。日本円で30万円(2万5千元程度)が正解だ。東野圭吾といえど、初期から優遇されていたわけではないのだ。

通貨単位も明記してくれないと、読者が考え違いをしてしまうだろうに。何故なら記事ではこの後に、現時点では中国最後の東野作品である『カッコウの卵は誰のもの』の版権を落札した新星出版社午夜文庫副編集長・褚盟の次のようなコメントが続いているからだ。

「他の推理小説家、特に日本の作家に30万も払ったら頭がおかしくなる」

これではまるで新星出版社が30万円程度も払えない零細企業だと誤解されかねない。
(関連記事:「日本有名作家の推薦文を捏造か=推理小説史『謀殺的魅影』問題について―北京文芸日記」2011年7月22日)

カッコウの卵は誰のもの


■「海賊版がダウンロードされるたびに5セントもらってたら今ごろ大金持ちだぜ」

ここまで見れば、新周刊記事の論調はもう理解していただけただろう。東野の決断は無意味だとおちょくり、さらに中国の事情をわかっていない「金持ち」の考えだとあげつらっているのだ。

記事では、「東野圭吾はAppStoreに海賊版電子書籍が売られていたという事実よりも、その価格が3ドル程度だったことに腹を立てている」とどこから仕入れたかよくわからない話を書いている。電子書籍が3ドル(約231円)だろうが30ドル(約2310円)だろうが、しょせん海賊版なので東野圭吾の手元には1セントも入らないことを知らないのだろうか。まったく的外れな皮肉である。
(関連記事:「中国ならiPhoneで海賊版小説を読みホーダイ=あの著名日本人作家がキレた?!―北京文芸日記 2011年8月23日)

Where my 5cents go.
Where my 5cents go. / lejoe


そればかりか、「東野圭吾は日本での印税だけで毎年2億円は稼いでいるから、はした金同然の印税しか寄越さない中国市場など考慮しなくて良いようだ」「何作品も映像化されている東野圭吾にとっては2億円の印税収入すらはした金」と叩き続ける。

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■海賊版は庶民の味方であり、自己表現の手段である


この記事は2011年10月15日発売の『新周刊』に掲載された。

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新周刊第357期2011年10月15日

スティーブ・ジョブズ追悼特集がカバーストーリーの号で、AppStoreに端を発した東野圭吾版権一時停止問題を取り上げたことには、ある意味敬意を表したい。

しかし、東野圭吾を中国に無知な被害者として扱うだけならまだしも、中国と日本での収入を天秤にかけて、より稼げる方を選んだ銭ゲバとして捉えるのは間違っているだろう。そもそも東野圭吾が中国市場から撤退した原因は自分が許可していない電子書籍が中国に存在していることに憤りを感じたからではないか。

記者は中国で儲けている外国人作家に嫉妬し、その決定を嘲るよりも、海賊版に敗北した中国の出版環境を恥じるべきである。

だが、記事内容はあながち間違ってはいないのが中国ミステリの現状ではある。微博の東野圭吾コミュを覗いてみると、記事に登場する関係者のコメントを補強するかのように、自称翻訳者が新作に向けて早くも準備運動を始めている様子がうかがえる。

東野圭吾が中国から一時撤退を決めたあの日から、彼と中国人読者の心は離れつつあるのだろうか。中国人読者は、作家の人格を無視した海賊版電子書籍とのみ結びついていくのかもしれない。


■新作出してないのに売れてんな、と逆に顰蹙を買いそうなランキング

さて、先日11月21日に2011年度中国で最も稼いだ作家ランキングが発表された。外国人作家部門で昨年2010年は10位だった東野圭吾だが、今年はなんと5位にランクアップしている。もっとも絶対額で見ると、去年より50万元(約600万円)少ない480万元(約5760万円)ではあるのだが。
(関連記事:「【作家長者番付】印税王はあのイケメン作家、黒柳徹子快進撃の怪―中国」2011年11月23日)

儲かっているということはそれだけ人気があるということを意味している。その人気を捨ててまでも海賊版書籍の存在が許せなかった東野圭吾の決断。中国人読者はこのランキングを見て、決断の意味をもう一度考えてみるべきではないだろうか。

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*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


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