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恐怖の選挙日、投票に行かないとやってくる「背広のおじさん」―ロシア(タチアナ)

2011年12月10日

■ソ連時代の選挙■

*当記事はブログ「ロシア駐在日記」の許可を得て転載したものです。


2011年12月4日にロシアの下院選挙が行われました。「選挙しなくても結果がわかるから」と会社のみなさんは無関心で、選挙が話題にのぼることはありませんでした。うちのベビーシッターはプーチンのファンなので、投票する党が前から決まっていたみたいです。タチアナはというと……このブログではこのような話はしないと決めていますので、内緒にしておきます。
(関連リンク:「ロシア下院選、ゴルバチョフ元大統領が「やり直し」求める」AFPBB News、2011年12月8日)


Fascinating Mr.Putin
Fascinating Mr.Putin / Binder.donedat



■ソビエト時代の選挙

選挙と言えば、ソ連のとき(1970年代後半)の思い出があります。当時子供だったので、あくまでも子供目線の話です。

一つは、「選挙」と言えば「普段お店で売ってないような食べ物が手に入ること」でした。選挙に一人でも多くの人に来てもらうために国は各投票所で売店を設けて様々な食料品を出しました。タチアナも必ず母親についていって、一緒に行列に並んで買い物をしました。こうしたごちそうは、ソ連の選挙のちょっと楽しい思い出です。


■投票に行かない父親、家にやってきた「背広のおじさん」

Near shoes

Near shoes / live-14zawa


しかし、ちょっとこわい思い出もあります。

当時は立候補が一人しかないということが普通で、選挙といっても国民が「選ぶ」余地が与えられていない形だけの行事でした。母親は黙って投票に行っていたのですが、父親はそういう選挙をバカバカしいと言って絶対に行きませんでした。しかし、投票していないことがどこかにバレるといけないから、母親はいつも父親の身分証明書を持って代わりに投票していました。しかし、ある選挙のとき父のパスポートが見当たらなかったのか、母は自分の分しか投票しませんでした。

そうしたら夕方になってうちに選挙管理委員会の人が二人やって来ました。投票率を極力100%に近づけようと、選挙に来なかった人の家を回って投票させていたようです。私は小さかったけれども、今でもそのときの家族の緊張感を覚えています。委員会のおじさん二人が投票するように説得してきましたが、父親は拒否し続け「こんな無意味な選挙に参加するもんか」と怒っていました。そういうゴタゴタがいつまでも続いたので、私と妹は家の外に出されました。

選挙管理委員会のおじさんたちは何回もうちにやって来ました。砂場で遊んでいた私と妹は、背広姿のおじさんたちがうちに向かって歩くいてくるたびにとても緊張しました。よく覚えているのは、母親が私たち姉妹を指差して「この子達のことを考えてる?」と父親に言っていたことです。父親が選挙に行かないと、私たち家族に何か悪いことがあるかもしれないと子供ながらに分かって、とてもこわかった記憶があります。

結局どうなったのか私たち子供たちは教えられていません。父親の性格からすると、折れることは考えにくいのですが、家族に何らかの制裁があったということも特に記憶にないです(そこが同じソ連でも1930年代とは状況が全然違います。1930年代のソ連で父親のような行動をしたら命がなかったことは間違いないです)。そして、次の選挙のとき、母が父に隠れてまたまた二人分投票していたのをよく覚えています。


■隠していた米国製ラジオ、子供にも聞かせられない会話


タチアナが大学1年生のときソ連が崩壊していますので、ソ連時代の思い出はすべて今回の話のような、子供目線になっています。父親がとても大事にし、お客さんに見られないように隠していたアメリカ製のラジオ。両親が台所で話をしているなか、子供たちがやってくると急に話題を変える。しかし、聞こえてきた断片からは、よそでしゃべったらまずい内容だったと子供ながらにわかって不安になる……。

あんな時代が二度と来ないように祈るばかりです。

bringing back the cassette
bringing back the cassette / emma.maria


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関連リンク:
ロシア下院選めぐる抗議、米国がけしかけた=プーチン首相(Reuters、2011年12月8日)

*当記事はブログ「ロシア駐在日記」の許可を得て転載したものです。


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