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中国「道徳崩壊」の象徴、彭宇事件の意外な「真相」=捏造の連鎖は続くよどこまでも

2012年01月16日

2006年12月の彭宇事件は中国の「道徳崩壊」の象徴として語り継がれてきた。事件から5年、南京市政法委員会の劉志偉書記は、真相はネットやメディアが伝えたものとはまったく違うと明らかにした。


南京奥体中心体育场/Nanjing Olympic Sports Center
南京奥体中心体育场/Nanjing Olympic Sports Center / JunChen

■彭宇事件とその影響

2006年11月20日、南京市のバス停で64歳の女性・徐寿蘭さんが転倒し、骨折する事故があった。それを見ていた親切な青年・彭宇くんが助け起こしてあげたところ、 徐寿蘭さんは彭宇くんに突き飛ばされて転んだのだと主張。賠償金を求めて裁判になった。

裁判所は「助け起こしたのはやましいところがあったからに違いない」との理由で、彭宇くんの責任を認定。治療費など4万6000元(約55万円)を支払うよう言い渡した。

この話がネット、メディアに取り上げられ、「善意で人を助け起こすと有罪になるのか」と大変な騒ぎとなった。裁判は二審へと進んだが、開廷することなく和解で終結。その条件については明らかにされていない。しかし、世間の注目を集めた彭宇事件の影響は大きく、「転んだ人を助け起こすのは危険」という意識が広まった。

出歩く時には「私は訴えませんから転んだら助けてください」というプラカードを首から提げている老人の話が報じられたほどだ。昨年10月には車にひかれた2歳の少女を通行人十数人が見て見ぬふりをして通り過ぎるという悲惨な事件もあったが、これもまた彭宇事件の影響、あるいは延長線上にある「道徳崩壊」として受け止められてきた。


■明らかにされた裁判の経緯

ところが雑誌『瞭望新聞週刊』に掲載された劉志偉・南京市政法委員会書記のインタビューはまったく異なる彭宇事件の「真相」を伝えている。

南京市のバス停で、バスから降りてきた彭宇さんと徐寿蘭が接触。徐寿蘭さんは転倒し負傷した。彭さんは徐さん及びその家族と一緒に病院に行き、当面の治療費200元(約2400円)を支払ったという。ところが後に徐さんが骨折していることが判明。数万元もの高額な治療費が必要だと判明して、両者は治療費の支払いをめぐって裁判で争うこととなった。

2007年4月26日、1回目の審理には彭さんの妻が代理人として出席。「原告の負傷は被告が原因ではなく、責任は負えない」と述べるにとどまった。6月13日の2回目の審理には彭さんが出席。「バスから降りる時に誰かとぶつかったが、それは原告とではなかった」と証言した。

そして問題の3回目の審理が7月6日に開催された。その2日前、彭さんはあるネット掲示板管理人に電話。虚偽の罪で訴えられていると訴え、この事件にメディアは注目して欲しいと伝えた。管理人は南京市のメディア、ネット記者に連絡。多くの記者が6日の裁判を傍聴した。

3回目の審理ではぶつかったのか、いなかったかという事実関係が焦点となった。ここで警察の大変な落ち度が明らかとなる。事故当日に警察がとった調書が紛失していたのだ。かわりに徐さんの息子が写真で撮影していた調書が提出されたが、原告側が警察調書の写しを提出するという事態は疑念を招くものとなった。

南京街景
南京街景 / tomleetaiwan


■判決と和解

9月3日、一審判決が下された。調書の写し、さらに治療費を彭さんが払っていたという事実から裁判所は彭さんと徐さんが衝突したと認定。「転んだ人を助け起こしただけ」という彭さんお主張を却下した。一方で故意ではなかったこと、混雑しているバスからの下車という状況をかんがみ、40%の責任に相当するとして、治療費など4万5000元(約54万円)の支払いを命じた。

この判決が大きな反響を呼び、大変な騒ぎとなったのは上述のとおり。原告、被告ともに控訴し、裁判は二審へと進んだが、南京市警察に事故当日の通報メモが残されており、「両者が衝突した」などの記述があったことも判明。結局、両者は二審が始まる前に和解し、彭さんが徐さんに1万元(約12万円)を支払うこと。双方はこの件に関する一切の情報をメディアに明かさないことが取り決められた。

最近になって、彭さんも実際に徐さんとぶつかったことを認めており、和解には納得だと話しているという。


■素直な解釈:中国ネット広告代理店の闇

「善行を行った若者が無実の罪を着せられた」と伝えられ、中国社会に大きな影響を与えた彭宇事件。ところがその真相は「罪を逃れようとゴネただけ」だったとはなんとも驚きの話。中国でも瞭望新聞週刊の記事は他メディアに転載され、大きな反響を呼んでいる。

3回目の審理の前にネット掲示板管理人に電話したというくだりが面白い。彭さんを過度に悪者にしないようにとのきづかいからか、さらりと書かれているが、管理人との間に金銭の授受があったとみるのが普通だろう。ネットとメディアを通じて大騒ぎにして、自分の罪を軽くしようとしたのである。

俗に「ネット水軍」と呼ばれる中国のネット広告代理店は、ありとあらゆる問題を「炒作」(注目を集め、事件を作り出すための誇張報道)すると言われている。ライバル会社の製品をおとしめる話題作りから、今回のような民事裁判、さらには官僚の不正を大々的に宣伝するようなことも含まれるのだとか。

彭宇事件、そして中国の「道徳崩壊」もまた、そうした中国ネットの闇が作り上げたものかもしれない。


■うがった解釈:「道徳崩壊」を否定するための宣伝工作

上記が瞭望新聞週刊記事を読んでの素直な解釈だ。続いてうがった解釈を。

なぜ事件から5年以上が過ぎた今、この「秘話」が公開されたのだろうか?しかもメディアのスクープではなく、官僚の発言という形で。中国社会にこれほど大きな影響を与えた事件について、どこのメディアも取材しなかったのだろうか?この「真相」はむしろ中国共産党にとって望ましいもので、情報を検閲する必要はなかったはずではないか?

今年1月、中国共産党中央委員会の雑誌『求是』に「我が国の社会現段階における道徳状況を正確に認識しよう」という論文が掲載された。中国社会は「道徳崩壊」していないと主張する内容だ。記事を受け、他の官制メディアにも「道徳崩壊」否定論が掲載されるなど、ちょっとしたキャンペーンが貼られている。その直後に突然、登場した彭宇事件の「真相」。あまりにも出来すぎのタイミングだ。

「彭宇事件はネットとマスコミを使った捏造事件だった」と捏造するための記事ではないか。などとうがった見方をしてしまうのは私一人ではない。ツイッターやネット掲示板を見ると、同様の感想を持つ中国ネット民も少なくないようだ。いや、こんな風に根拠がない疑念を書く行為こそ、事実の捏造というものだろうか?

かくして彭宇事件と「道徳崩壊」をめぐる捏造の連鎖は無限に続くのであった。

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 コメント一覧 (2)

    • 1. 啊啊男
    • 2012年01月16日 21:13
    • 90年代末に上村幸治さんが書いた本に、転んだ老人を助けた日本人留学生が訴えられた話が出てくるので、彭宇がどうだろうと、こういう事件は昔からあったんだと思う。
    • 2. Chinanews
    • 2012年01月16日 23:35
    • >啊啊男さん
      ありがとうございました。なるほど、彭宇事件前との連続性については意識が抜けてました。あの事件が画期として語られることが多いのですが、それ以前との連続性についても注目したいと思います。

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