中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2012年02月08日
ギャワ・カルマパ17世ウゲン・ティンレー・ドルジェの声明2月6日ブッダガヤ
先ほど、東チベットで1日に3人ものチベット人が焼身したとの報告がもたらされた。先月のチベット人4人の焼身抗議と、抗議デモにおける発砲と銃殺という報告に続くものだ。
緊張が高まる時、中国当局は事態を憂慮し原因を理解しようする代わりに、さらなる武力弾圧をもって応える。チベット人の死を伝えるニュースは常に私を非常に苦しめ、悲しみに突き落とすものだ。一日に3人ともなれば、それは耐え難いものである。犠牲が空しいものとならず、チベットの兄弟・姉妹を救済する政策変更に繋がることを私は祈る。900年間続く伝統ある転生の系譜を継ぐカルマパという名を私は与えられた。この系譜はこれまで政治的活動を避けて来た。この伝統を敢えて変えようという意図はない。しかし、1人のチベット人として、同胞に対し大きな共感と愛情を持つ。彼らが苦しいの中にある時、沈黙し続けることに疑問を感じる。彼らの幸、不幸は私の最大の関心事である。チベット人たちの抗議デモと焼身抗議は、深く、しかし十分に認識されていない不満の徴候である。もしもチベット人たちに自分たちの意思にしたがった生活を送り、自らの言語、文化、宗教を守ることができる、偽りのない機会が与えられているのならば、デモや焼身抗議をすることはあり得ないであろう。
1959年以来、我々チベット人は想像を絶する損失を被った。そんな否定的状況の中においても我々は利を見つけた。多くの者たちがチベット人としてのアイデンティティーを再確認した。チベットの3地域(ウツァン、カム、アムド)の(同じチベット人としての)国民的連帯を再発見した。そして、ダライ・ラマ法王の人格の下に統一的リーダーとしての価値を見いだした。このような要素は我々の大いなる希望への基礎となる。中国はチベットに物質的発展をもたらしたと主張する。確かに私がチベットにいた時も物質的な不自由はなかった。しかし、チベット人たちは繁栄と発展をもっとも価値あるものと見なしてはいない。物質的充足は内的満足を伴わない限りほとんど意味を持たないのだ。
当局にとってチベット人たちは常に疑惑の対象である。力ずくで良心に反した行動をとらされ、ダライ・ラマ法王を非難することを強要される。中国当局は常にダライ・ラマ法王を敵として描く。チベット・中国問題を平和的に対話により解決しようとする法王の度重なる努力を中国は拒絶する。彼らは全てのチベット人が抱くダライ・ラマ法王に対する心からの信頼と忠誠心を無視する。
ダライ・ラマ法王の亡命から数十年後にチベットで生まれたチベット人たちも、今生だけでなく来世にまでわたるガイドであり帰依所として法王を見なしている。したがって、ダライ・ラマ法王を敵対的言葉で表現し続けることは、誰をも利することができない。チベット人の信頼の核心を攻撃する事で、チベット人の信頼を得ることを損なうもの。何の効果もなく賢い方法とはいえない。私は北京政府に訴えたい。地方の役人たちが報告する、うわべを飾るだけのレポートを信用してはならない。チベットにおけるチベット人たちの真の人間的苦境を認識すること。チベットで起きていることに全面的責任を負うことが、チベット人と中国政府の間の相互信頼を築く賢明な基礎となるのだ、と。問題を政治的敵対と見るのではなく、人間の基本的福祉の問題と見なすことを求める。この困難な時期に、私は本土チベット人に対して要請する。自分自身に忠実であれ。苦難を前に平静であれ。長期的視野を維持せよ。あなた方の命は人間として、チベット人として大きな価値を持っているということを常に忘れないように。チベットの新年を前に、チベット人と中国の兄弟・姉妹、そしてインドや世界に散らばる友人、支援者全てが永続する幸せと真の平安を見いだすことができるよう祈りを捧げる。新年が、お互いと我々の共通の家であるこの地球への愛と尊敬に特徴付けられた調和の時代への幕開けとなりますように。ウゲン・ティンレー・ドルジェ17世ギャワ・カルマパ