■早急な葬儀を強要されナンドルは夜中火葬/焼身抗議者発生地地図と簡単まとめ■*本記事はブログ「チベットNOW@ルンタ」の2012年2月20日付記事を許可を得て転載したものです。
バルマ郷のザムタン・チョナン僧院(サムドゥップ・ノルブ・リン)の側で焼身し死亡したナンドル。遺体は僧院内に安置された。付近の僧院からラマたちも集まり法要が行われていたが、当局はできるだけ早く遺体を処分するよう命令。従わない場合は遺体を持ち去るために僧院内に突入すると脅した(
TibetTimes)。
チベットの慣習に従えば、遺体は数日間の法要を経て鳥葬、または荼毘などに付される。だが、中国当局の部隊に囲まれた僧院は命令に従うしかないと判断し、遺体は19日夜中過ぎに僧院裏の丘で火葬に付された。
■家族や友人たちよ、悲しまないで欲しい
現地と連絡を取った在印チョナン福祉会のツァンヤン・ギャンツォによると、ナンドルは遺書を残していたという。「私は雪山チベットのために命を投げ出すのだ。だから家族や友人たちは私の来世を心配したり、死を悲しまないでほしい」と書かれていたという。
葬儀にはザムタン・チョナン僧院の僧侶のみならず、付近の僧院、尼僧院からも1000人以上の僧尼が集まり、俗人も大勢集まった。これに対し、当局は部隊を派遣し、葬儀場の周辺を取り囲んでいるという。
■チベット人焼身抗議者*ツァンパ・レボルーションによる焼身抗議の発生地点一覧。2009年の焼身は含まれていない。
チベット人による焼身抗議者について簡単にまとめたい。焼身抗議者の氏名などについてはブログ「
チベット式」がリストを作成している。
2009年2月27日の僧タペーの焼身以来、焼身抗議のチベット人は23人に達した。うち15人が死亡。ただし、これには2月3日のセルタの3人(うち1人死亡)が未確認であるとして含まれていない。この3人を入れれば焼身抗議26人、死亡16人という計算になる。以下の一覧にもこの3人は含まれていない。
年別
2009年、1人:ンガバ州ンガバで1人。
2011年、計12人:ンガバ州ンガバで8人、カンゼ州タウで2人、カンゼ州カンゼで1人、自治州チャムド地区カルマで1人。
2012年、計10人:ンガバ州ンガバで6人、ゴロ州ダルラで1人、ジェクンド(玉樹)州ティドゥで1人、ツォヌップ州テムチェンで1人、ンガバ州ザムタンで1人。
地域別アムドで18人、カムで5人。
性別及び最高年齢、最少年齢男性20人、女性3人。最年長40才代前半、最年少17歳。
僧侶、尼僧、一般人、俗人の類別高僧(リンポチェ)1人、その他僧侶10人、尼僧3人、俗人9人。
焼身抗議後死亡確認15人、7人当局に連れ去られ生死不明、1人僧院内治療中。