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歴史的役割を終えた一人っ子政策が廃止されない理由=罰金財政と一票否決制―中国

2012年06月24日

2012年6月、香港誌・亜州週刊は、陝西省安康市の強制中絶事件をとりあげた。一人っ子政策の罰金が貧しい基層自治体の財源であり、また地方官僚の業績を左右するというシステムが作り上げた「制度的殺人」だと指摘している。


China portrait child
China portrait child / jadis1958


■7カ月の赤ちゃんが強制中絶されるまで

馮建梅さんは内モンゴル自治区出身の女性。2006年9月に陝西省安康市出身の鄧吉元さんと結婚した。結婚登記証には馮さんは1985年生まれと記載されているが、本当は1989年生まれ。17歳、つまり結婚法定年齢である20歳(男性は22歳)に満たないうちに結婚したことになる。

また2006年1月、結婚登記前に女児を産み、以来夫の実家である安康市鎮坪県曾家鎮で暮らしてきた。結婚前の出産と結婚年齢のごまかしという二重の違反を犯したことになるが、これまで問題になることはなかった。今回、2人目の赤ちゃんを身ごもるまでは。

各地方によって細則は異なるが、中国では農村戸籍者の場合、1人目の子どもが女児だった場合、2人目を生むことが許される。しかし馮さんの戸籍が内モンゴル自治区だったことから規定は適用されず、計画生育(一人っ子政策)当局は罰金の支払いを求めていた。

2012/06/25追記:馮さんは現地戸籍への変更を申請中で、それが認可されれば罰金は発生しないことになる。だが当局は保証金としてとりあえず金を払うように求めていた。戸籍が変更されれば返金する、変更されなければそのまま押収するというやり方だ。

社会撫養費と呼ばれる一人っ子政策違反の罰金は居住地の平均可処分所得に基づいて決められる。陝西省の場合は2009年公布の「社会撫養費徴収管理実施弁法」によって「所在地の県級人民政府統計部局が公表した県・市・区住民の前年度平均可処分所得、あるいは所在地の郷村における前年度の農民一人当たり純収入を基準とし、その3~6倍の社会撫養費を一括で徴収する。本人の実際の収入が基準を超えていた場合は超過分の2倍以内を追加する」と規定されている。

鄧吉元さんは建築現場の親方として月4000元(約5万2000円)の収入を得ている。当局は当初、10万元(約130万円)の支払いを求めていたが、値切り交渉の末に5万元(約65万円)、3万元(約39万円)と下がっていったという。

しかし6月1日、馮さんが一度、監視する当局の目を盗んで脱走した後、この金額は4万元(約52万円)に増額された。しかも翌日までに金を用意できない場合には中絶を強行すると通達してきた。鄧さん一家はもう1日待って欲しいと頼み込んだが、当局は強硬な態度を示し、馮さんを車で連れ去った。

妊娠6カ月以上が経過してからの強制中絶は禁止されている。お腹から出てきた赤ちゃんの遺体はすでに人間の形をしていた。鄧さん一家は病院のベッドで寝ている馮さんと赤ちゃんの遺体の写真をネットで公開し、当局の非道を訴えた。これが大きな反響を呼ぶこととなった。
(ブログ「政治学に関係するものらしきもの」がこの写真を掲載している)


■一人っ子計画財政

鎮坪県を調査したこともある中国青年政治学院法律学部の楊支柱・副教授は計画生育の不合理、違憲性を指摘している。同氏自身、2人目の子どもを産んだことで停職、銀行口座凍結処分を受け、24万642元(約310万円)の社会撫養費を強制的に引き出された。

社会撫養費は法律で許されている以上に生んだ子どもに公共サービスを提供する代償として徴収されるとの触れ込みだが、それならば子どもに戸籍が与えられる前に一括で支払うのはおかしいのではないか。また徴収された社会撫養費が児童福祉予算とリンクしていないのはおかしいではないかと強く批判した。

その一方で貧しい地方では「一人っ子政策財政」が常態化している事実もよくわかっている。貧しい郷鎮では財政収入の3分の1以上が社会撫養費など一人っ子政策関連の収入によって支えられているという。こうした罰金は上級政府にいったん上納されるが、その後一部が基層自治体に返還されるという。その比率は最高で50%。すなわち罰金の半分は基層政府の収入となる。

こうした問題はなにも一人っ子政策に限定されたものではない。例えば環境保護部局では環境違反がなくなり、誰も罰金を払わなくなれば収入が途絶えてしまう……といった問題が指摘されている。


■一人っ子政策と地方官僚の業績

一人っ子政策、そして強制中絶を進める動力は財政問題だけではない。地方官僚の政治業績と大きくかかわっている。

一人っ子政策の目標を達成できなければ、自動的に担当官僚が昇進できず、あるいは降格されるという「一票否決」制度は1991年から中国各地で導入されている。陝西省でも1995年に導入された。「一人っ子計画関連の各種指標でワースト3となった県にはイエローカードを与え、全省に通達する。イエローカードを受けた県の主要指導者・担当指導者・計画生育委員会主任は3年間、昇進・異動が認可されない。連続3回イエローカードを受けた場合には県の主要指導者・担当指導者・計画生育委員会主任を罷免、または降格する」と定められている。

2001年、2002年と曾家鎮は2回連続でイエローカードを受けている。また今年、一人っ子政策の目標を達成できなければ、県委書記、県長の昇進にも影響が出る可能性もある。かくして馮さんのお腹の中の赤ちゃんは地方官僚の「政治業績防衛戦」のターゲットとなった。


■一人っ子政策はなぜ廃止されないのか?

昨年来、一人っ子政策の緩和、または廃止に関する議論が関心を集めている。中国の労働力人口はすでにピークを過ぎ、今後は減少に向かうこと。急激な高齢化が予想されることから、人権の観点ではなく、経済的・社会的観点から一人っ子政策の修正を求める声が少なくない。

また中国人民大学の顧宝昌教授、杭州師範大学人口研究所の王涤所長が2009年に江蘇省、浙江省、上海市、広東省で基層自治体の一人っ子政策担当者に対して実施したアンケート調査によると、74%が緩和するべき、18%が不必要だと回答したという(財新網)。

一人っ子同士の結婚の場合子どもは2人まで産むことが許されるが、都市部ではあえて子どもを一人しか作らないと選択する者が多い。農村でも3人以上子どもを出産するケースは少なく、一人っ子政策当局の活動は政策外出産(馮さんのように農民戸籍と認められないケースでの2人目の出産)の取り締まりが主要な任務になっているという。

一人っ子政策改訂の経済的・社会的条件はすでに整ったかのように見えるが、中国政府はいまだに行動を起こそうとしない。そればかりか今回の事件や、あるいは人権活動家・陳光誠氏の事件のように、国際イメージの低下にもつながりかねない酷たらしい強制中絶などの暴行を見過ごしている。

その理由はなぜか。究極的には「一度作り上げられ、運用されているものを変えることは難しい」ということに尽きる。広大な中国の津々浦々、すべての村々に一人っ子政策担当職員が存在する。この巨大な組織と人員、そして利権に手を付けることはたやすいことではない。

社会的・経済的な視点から見てもすでに役目を終えたかに見える一人っ子政策。しかしこの政策が過去のものとなるにはまだ時間がかかりそうだ。

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