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中国民主化クラスタが絶賛する什邡市環境デモってなんだ?ネット検閲と90後と環境ダンピング―中国

2012年07月12日

2012年7月1日、四川省徳陽市什邡市で、銅モリブデン工場の建設に反対する住民と警官の衝突が起きた。猛烈な抗議運動に地方政府は工場建設の停止を発表。総工費100億元(約1300億円)の大型プロジェクトの撤回を勝ち取った住民の勝利に、中国民主化シンパ・クラスタは沸き立っている。


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*画像はマイクロブログで流された現地負傷者の写真。

■什邡市デモの経緯

中国のデモの町、当局が懐柔に躍起…党大会控え
読売新聞、2012年7月10日

1日から3日にかけ、住民約1万人が建設反対を叫んだ市政府庁舎近くの商店。生後5か月の男の孫を抱いた女性客(60)が、店の前を頻繁に巡回する警官に険しい視線を向けながら憤った。

デモの発端となった金属工場建設は、2008年の四川大地震の復興プロジェクトで、総工費104億元(約1300億円)。だが、デモに参加した飲食店店員の男性(19)は「環境や健康に影響が出たら何の意味もない」と冷ややかだ。

この男性らによると、建設に際し住民に説明はなく、6月29日の起工式を伝える報道で初めて建設を知った人たちがインターネット上の呼びかけに応じて抗議に参加した。中高生など若者の姿も目立ったという。

デモでは当初、死者が出たとの情報もあったが、現地で確認することはできなかった。ただ、警官隊の制圧で血まみれになったデモ参加者もいたとの目撃談もあり、負傷者はかなりの数に上った模様だ。

殴打され入院中の少年(16)は「後ろから蹴られて倒れた後、何人もの警官が蹴ったり警棒で殴ったりした……」と声を震わせた。

抗議活動が起きたのは7月1日のこと。その2日前に市政府は工場の着工式を終えたばかりだった。現地を取材した作家の李承鵬さんのブログ(すでに削除済み。リンク先は新唐人テレビによる転載)によると、高校生が横断幕を手に街中をデモしたという。

これを警察が暴力的に弾圧。数十人を逮捕した。死者が出たとのデマが流れたこともあり、住民は反発。1万人規模の群衆が市庁舎を囲み、工場建設撤回と逮捕者の釈放を求めた。当局は徹底的に武力で対抗し、催涙弾やトウガラシスプレー、殴る蹴るの暴力で弾圧したが、この動画や写真がネットで流れ、当局への批判が高まった。

3日、当局は工場建設を永久的に撤回すると約束、事態の沈静化を図ったが、なおも逮捕者の釈放を求め散発的に抗議活動が起きているようだ。中国ネットの民主化シンパ・クラスタの間では什邡市の勝利を高く評価。アモイ、大連に続く第三の環境民衆運動の勝利と評価する声もある。


■中国民主化クラスタが絶頂大喜びした理由

さて、今回の什邡市の住民抗議。中国語圏のツイッターやウェイボー、ブログ、体制外メディアなどを追っている人は何回も目にした話題のはずだ。先日、日本を訪問していた天安門事件の学生指導者・王丹も折に触れ、什邡市の話題を取り上げていた。

めぼしいものだけひろった私のEvernoteでも、30件以上の関連記事がストックされている。一部クラスタの間では大変な盛り上がりとなったのだが、それがなぜなのかが理解しがたい。というわけで、今回の事件のトピックとはなんだったのか、簡単に抑えておきたい。


◆住民が勝利した

年間10万件以上の群衆事件(暴動、デモ、ストライキなど人が集まる事件を総称する中国独特の用語)が起きる中国。近年は環境問題、公害による健康被害が注目されるようになり、環境問題をきっかけとしたデモは少なくない。そうした意味では什邡市の事件は何も珍しいものではないのだが、住民側が短期間で勝利を収めた事例は少なくない。アモイ、大連に続く第三の勝利といわれるゆえんだ。

しかし勝利の背景には住民側の力以外の要素が見え隠れする。抗議活動が始まるや否や、当局は催涙弾など暴力的な鎮圧という手段を選んだのだが、その写真や動画はネット検閲で削除されることなく中国のネットをかけめぐった。ショッキングな映像が流れることで什邡市当局批判の大きな流れができたというべきだろう。

検閲がかからなかった理由として、什邡市トップを失脚させるための政治闘争があったのではともネットではささやかれている。その真偽は定かではないが、住民の勝利の背景には「ネット検閲がなかったこと」(後に一部記事は削除されるようになるが)があったのは間違いない。

個人的には中国のネット検閲はなにげに有効性を持っているのだと改めて認識させられた事件であった。私の友人は逆にネット検閲が存在しなければ、ありふれた暴動がすさまじいばかりの破壊力を持ってひろがることが証明されたのでは、と評している。どちらにせよ、外から眺めている立場から見ると、住民の力というよりも、行使されなかったことでむしろ日常的に機能しているネット検閲の力が証明される一件だったようにも見える。


◆90後の覚醒

中国の人気作家・韓寒は「もうやってきていた主人公」というブログエントリーを発表。「90後」(1990年代生まれ)の高校生たちが抗議活動の口火を切ったことで、中国の未来を担う若人たちが市民意識を備えていることが証明されたと絶賛している。同様の感想を持つ者も多いようだ。

今回が「90後の覚醒」だとしたら、「80後の覚醒」と評されたのが四川大地震だった。わがまま放題に育てられた一人っ子たちが、ボランティアや募金など公益活動に積極的に身を投じている。80後捨てたものじゃない、という話が盛り上がった。

什邡市の活動が高く評価されている理由の一つに、90後の活躍というものがあるようだ。中国の未来を担う若人が、この個人主義の社会を生きる若人が、実は熱き公共心を持っていたのだ、ばんざーいというもの。

もっとも個人的にはこうした観点にも否定的だ。というのも社会に出ていない学生たちはやはり理想に燃えて動きやすい存在だからだ。一人っ子政策で甘やかされたかどうかは問題ではない。むしろ理想主義に燃えていた若人たちが就職して数年もたつと、いつマンションを買うのがお徳かという話しかしなくなり、社会の現実にしっかり適応してしまう……という、日本も中国もあまり変わりのない状況があるだけではないか。と個人的な経験からは思う次第。


■環境ダンピングの時代の終わり

さて、遠く離れた地域からネットの住民たちがどのような評価をつけたかはともかくとして、什邡市の人々にとって新たな重金属精錬工場の建設強硬は耐えがたい暴挙だったことは間違いない。什邡市周囲には多くの重金属採掘場があり、いわゆる「ガンの村」も少なくないという。

これは持論だが、現在、中国の抗議運動にとっての焦点は「民主」ではなく、「民生」(生活問題)である。その中でも環境問題は大きな比重を占めるようになってきた。住民の意識が高い北京、上海、広州では新たなゴミ焼却場を建設することすら難しい状況だ。

日中間、そして世界的な問題となったのが中国のレアアース輸出規制だが、そもそも中国が世界のレアアース市場を独占するにいたったのは環境ダンピングの力であった。すなわち環境負荷や公害を無視した乱開発によって、低価格のレアアースを生産。他国のレアアース産業を壊滅させたのだ。

今、中国の環境ダンピングは限界を迎えつつある。もちろんいまだにひどい公害垂れ流しが続く地域も多いが、環境住民運動のノウハウは拡散・普及し、人々は戦う武器を手に入れつつある。それが一足飛びに中国の民主化につながるとは思えないが、経済運営の大きな岐路にさしかかっていることは間違いないだろう。

昔ながらの暴力的弾圧を加えて抗議を鎮圧しようとしても、スマートフォンで撮影された動画や写真が広まれば、それは地方政府を転覆させかねない圧力となって跳ね返ってくる。暴力的弾圧をするにしても、まずはネット遮断やネット検閲の準備を十分に整えてから、というのがこれからの地方官のたしなみと言えよう。

民主化シンパ・クラスタのバカ騒ぎにはどこか違和感を感じつつも、そうしたバカ騒ぎ自体が地方政府に対する圧力になる中国社会。四川省のド田舎であっても環境問題では命を決して立ち上がるという権利意識。政治闘争があったかなかったかは別にして、ネット検閲がいったんほころびれば大きな輪となって広がりかねない情報社会。

什邡市の住民抗議はきわめて示唆に富んだ事件として記憶されるにふさわしいものとなった。

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