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「中国人は政府を信頼していない」のウソ=中国共産党の変化と未来(岡本)

2012年07月26日

■中国の一般民衆(人民)は共産党・政府を信頼している<岡本式中国経済論39>■

*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年7月21日付記事を、許可を得て転載したものです。



Tiananmen Square Memorial
Tiananmen Square Memorial / IvanWalsh.com

今日のネタは「経済」とは違うのですが,政治経済学的なネタです。

世間では,中国共産党や政府に対する批判をネットから取り出して,「すわ,民主化の動きか!?」,ということもよく言われるのですが,私は,中国の一般民衆(人民)は共産党や政府に対する信頼は意外に高いと思っています。経済が発展してきて,中間層が台頭し,価値観が多様化するようになって,自分の意見を発表する人々が増えているのは事実です。

とくにネット空間では中国共産党や政府に対する批判は普通に出されるようになってきています。世論を誘導すべく共産党に指示されて党・政府を擁護する五毛党(ネット評論員)が出現するなど,ネット空間では党・政府対民衆が意見の自由空間を奪い合っているような感じになっています(例えば,遠藤2011)。

とはいいながら,中国の一般民衆は共産党に変わりうる政権野党をもたない以上,共産党・政府を批判することによって党・政府を監視しているだけであって,転覆を望んでいるわけではないようです。その根拠をあげてみたいと思います。


1.民衆意識

園田(2008)は社会調査を実施して,中国の一般民衆の民意に迫ろうとしています。7割以上の回答者はテクノクラシー(専門家による支配)を支持し、中央政府を信頼し、言論の自由への制限を容認しています。(園田2011でも似た結果が出ている。)

佐藤(2011)は,北京大学の白智立の調査を紹介しながら,共産党支持率は消極的ながらも高い,と指摘しています。社会調査では,共産党しか政権を担えない以上,混乱を望まないならば現政権を支持せざるを得ないということを示しているといえるかもしれません。


2.烏坎事件

党・政府を信頼している事例として烏坎事件があげられます。事件の経緯を遠藤(2012)に沿って紹介します。
烏坎村事件は,地元政府と農民の争いで,最終的には上層地方政府(省政府)が農民の要求を認めたという事件です。

土地問題を中心とした政府の腐敗に怒った烏坎村の農民が2011年9月21日に村民委員会に陳情しますが,武力で蹴散らされてしまい、逮捕者も出る事件が発生しました。村民は15名の村民代表を選び,陸豊市政府に三つの条件を提出します。

内容は「1. 土地売買状況を明確にすること2. 村民委員会選挙の実態を明らかにすること3. 村民委員会の業務と財務状況に関して公開すること」の3点です。

9月29日には烏坎村の村民が自主的選挙を行い、烏坎村村民臨時代表理事会が結成されます。村民たち自らが代表を決めるという下からの民主化の動きが発生し,世界的にも注目されました。

これに焦った市政府は烏坎村の共産党支部書記、副書記(村民委員会主任)を辞任させます。一方で村民たちが決めた臨時代表理事会の幹部を拘束し,その活動を非合法化しました。村民の抗議活動は過激化していきます。

12月20日広東省党委員会が全面譲歩することとなります。その省の決定が村民に伝わり,22日省党委員会副書記の朱明国が烏坎村に入ります。すると、村民は「共産党を支持する」と大歓迎しました。共産党支配に反対する民主化行動の動きにまで拡大せず,むしろ村民は共産党を支持していることを表明したのです。

この事件は,真に民意を重視して要求に応えても社会主義国家は崩壊しないことを政府は学んだ,と遠藤(2012)は述べています。


3.党・政府に信頼が高い理由

さて,一体なぜ党・政府に信頼があるのでしょう。

一つは歴史的なものがあるのかもしれません。呉軍華(2008)も指摘するように,中国のメンタリティーには聖君賢相、聖なる君主と賢明な宰相に期待しようとする人々の心理があります。

佐藤一郎(2007)も,中国の歴史は革命の歴史であり,革命は有徳の君主によって指導されなければならない,という原則がある主張します。この原則は古代から現代まで一貫しており、中国における理想の政治とされているようでする。『易経』にも変革肯定の思想と賢君を政権の中心に据える伝統が垣間見える,といいます。

もう1つは党の変容です。

リチャード・マクレガー(2011)は,中国共産党が経済成長を続ける中国を統括できたのは、共産主義のスタイルである独裁的な政権と政治制度を維持しながら、イデオロギーを脱ぎ去ることに成功したからだ,と主張します。2001年には,三つの代表が打ち出され,企業家であっても入党できることとなりました。農民とプロレタリアートの党であった共産党は,広範な利益の代表であると,実質的な共産主義を脱ぎすてることとなります。また近年の新しい党員は,エリートや企業家との人脈が持てるというのが入党の動機になっているといいます。

呉軍華(2008)は,天安門事件以降、共産党はイデオロギー政党から開発独裁型政党に転換し、同じく江沢民の三つの代表で、既得権益層や中間層を取り込むとともに,ナショナリズム教育は共産党への求心力にもつながった,と述べています。

北村稔(2005)は,中国共産党は本当の共産主義を体現していない,歴史的な統治スタイルにあっているだけであることを指摘しています。中華人民共和国の出現は社会主義の衣を着た封建王朝であり,性急に外来の社会主義イデオロギーを導入し、咀嚼せずに社会に適用した結果、伝統の変革もならず、社会主義の実現もならなかった,と述べます。

つまり「共産主義」という思想にこだわらない,開発独裁型兼歴史的統治スタイルをもっている政党が中国共産党であるといえそうです。


4.今後の展望

でも,多くの論者(呉軍華2008,唐亮2012)が民主化は進まざるをえないであろうと予想しています。しかしどのように民主化の流れが起きていくのかは難しいです。

唐亮(2012)は,国力、公共サービスの充実、格差の縮小、中間層の成長など初期条件が整ってこそ民主化が可能であり,民主化による社会的混乱の軟着陸が可能だとしています。初期条件も整わない中で,「迫られた民主化」は,コリアー(2010)が指摘しているように,大混乱に陥り,結局独裁に逆戻りするケースもあります。

温家宝首相も前回の全人代終了後に強調していたように,共産党自身も政治改革の必要性を認めています。政治とは利益の再分配の調整への参加であり,その調整メカニズムに何かしらの民衆の意見の反映が必要になってきているのは間違いがありません。

<参考文献リスト>
遠藤誉(2011)『ネット大国中国――言論をめぐる攻防 』岩波新書
遠藤誉(2012)『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち 』朝日新聞出版
北村稔(2005)『中国は社会主義で幸せになったのか 』PHP新書
呉軍華(2008)『中国 静かなる革命 』日経新聞出版社
佐藤一郎(2007)『新しい中国 古い大国 』文春新書
佐藤賢(2011)『習近平時代の中国―一党支配体制は続くのか 』日経新聞出版社
園田茂人(2008)『不平等国家 中国―自己否定した社会主義のゆくえ 』中公新書
園田茂人(2011)、「人の移動と社会の安定性:天津市におけるサーヴェイ調査からのアプローチ」渡辺利夫・21世紀政策研究所・朱炎編『中国経済の成長持続性: 促進要因と抑制要因の分析 』(『21世紀政策研究所叢書』)勁草書房
ポール・コリアー(甘糟智子)(2010)『民主主義がアフリカ経済を殺す 最底辺の10億人の国で起きている真実 』日経BP社
リチャード・マクレガー(小谷まさ代)(2011)『中国共産党 支配者たちの秘密の世界 』草思社

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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年7月21日付記事を、許可を得て転載したものです。


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