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言論統制の未来をゲーム理論で考える=中国共産党と五毛党(岡本)

2012年08月03日

■言論の自由と五毛党<岡本式中国経済論40>■

*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年7月28日付記事を、許可を得て転載したものです。


今日は五毛党(ネット評論員)はなぜ存在するのか?なぜ共産党は五毛党を使って世論をコントロールしようとするのか,について考えてみます。


1.経済主体としての共産党

経済主体として中国共産党を見た場合,どのような行動原理で動いているのでしょうか。それは党という政治思想を1つにしてまとまっている集団である以上,支持を拡大する「支持最大化」という行動原理があると思われます。

毛沢東時代でも,自力更生路線,大躍進政策など,諸外国に頼らない国力の増強が目指されました。国力を増強するためには国が豊かになる必要があります。鄧小平時代における改革開放路線は,文化大革命で疲弊した経済を立て直し,国力を増強するための路線転換でした。毛沢東,鄧小平どの時代も党の指導によって国力の増強を目指したといっていいでしょう。

この国力増強のためには,政治支配の及ぶ範囲に住む国民(人民)の生活が豊かになる必要があります。国民の生活が満足行くものになれば,国民は政治を行う政党を支持するようになります。

つまり共産党の支持最大化という目的のためには,手段として国と国民の富の最大化が必要となります。一方で,党である以上,党勢の拡大すなわち党員の増加が必要で,これにより共産党政権が安定します。したがって党員数の最大化という手段も支持最大化には必要です。

ただし支持最大化における国と国民の富の最大化,そして党員数の最大化には2つの相反する利益が存在します。国民の富を最大化することには何の問題もありませんが,党員数最大化のためには党員になるメリットを提供しなければなりません。そのメリットが党員・官僚になってうまい汁を吸うという期待であったりしますし,事実上党員・官僚になることは(灰色収入などを得て)豊かになることであります。

国民全体の富を拡大することと,党員の富を拡大することは矛盾します。前者は,国全体が豊かになることなので何も問題はありません。ところが後者は国全体の富を党員に「有利に配分」する必要があります。ここで党と国民の利益が対立する可能性が存在します。

胡鞍鋼(2007,101-102)もこの問題を指摘しています。共産党施政の歴史過程において,党は始終「疎外」と「最大利益化」の問題に直面しています。「疎外」とは共産党が私的利益の追求手段に転化することを指し、「最大利益化」とは共産党が与党の地位を利用して党の利益を追求する利益集団化を指します。

2004年に新しい『中国共産党規約』が採択され、共産党は「プロレタリア階級および民衆の利益」を追求する以外に、自身の特殊利益を追求しない政党であることを公約しています。

しかし,現実の中国共産党は「人民のために奉仕する」顔と権力や動員できる資源を通じて「人民を略奪する」顔を同時に持ち合わせている,と胡鞍鋼は指摘します。そして,政権与党としての期間が長期に及べば及ぶほど疎外の可能性が高くなり、人民を略奪する傾向が強まる,ともいいます。


2.中国の言論統制

経済学的に定義すれば,政治とは国内利益の分配メカニズムのありようです。一党独裁は,国の利益分配を党が決めることができます。民主主義社会においては,国の利益分配に国民が選挙という制度において参加するシステムになっています。

中国共産党は,上記の国民と党員の相反する利益を調整しなければなりません。この利益調整に失敗すれば,共産党は支持を失い,政権が転覆される恐れがあります。

中国の言論統制は,国民と党員の相反する利益調整を側面的に支える役割を持ちます。党員や官僚ばかりが豊かになっているという世論が形成されるようになると,それが真実であれデマであれ,党への支持を失いかねません。

そのため,支持最大化のために中国共産党は言論を統制し,「正しい」世論を形成する必要に迫られます。


3.世論の誘導

中国の世論誘導は2つの方法があります。

1つは党中央宣伝部におけるマスコミ支配です。テレビ,ラジオ,新聞などの伝統的マスメディアは宣伝部の検閲下に置かれています。したがってマスメディアから流される情報は,共産党支持最大化の行動原理に沿ったもの,つまり党に不利なものは流されません。

もう1つは,匿名性というところから自由な発言がされているネット空間の言論統制,世論誘導です。ツイッターやFacebookは禁止されているとはいえ,中国国内版ツイッターである微博(ミニブログ)は多くの国民の自由な意見表明の場となりました。またネット掲示板なども国民の自由な意見が書き込まれますし,時には政府批判もあらわれます。

過激な発言や政府批判に対しては,書き込みを削除したり,政治的に敏感な語句は検索不能にしたりするという露骨かつ強制的な言論統制が取られますし,これは伝統的手段です。でもこの強権発動は逆に国民の反感を買う恐れもあります。

中国独特の世論誘導に「五毛党」が存在します。五毛党というのは,政府に有利な書き込みやつぶやきをすることによってお金をもらう人たちのことです。(一回の書き込みにつき5毛(≒7円程度)と言われています。五毛党やネット世論については前のエントリ「中国のネット世論と政府の監視」もどうぞ。)

五毛党として活動する人たちも,職業がIT系であったりするので,やるからにはただ政府翼賛的に発言するのではなく,知識人であるがゆえに愚昧な大衆を導いていくというそれなりの自己実現的な活動のようです。ただ政府を擁護するのではなく,自分自身もポジショントークを展開しながら,全体の流れが変わった時には五毛党としてばれずに世論形成に成功したという達成感はありそうです(五毛党の活動をする人のインタビュー記事が古畑康雄さんの解説でのっています→「ネット用語で読み解く中国(11)五毛党(続)」)

政府に雇われて,政府を擁護する発言を展開していく,という五毛党の活動は,非常に珍しい存在だと思います。もちろん日本でもお店の評判などに「さくら」が書き込むというケースがありますが,政府が雇用し堂々と世論形成を行おうとする五毛党という存在は珍しいといえるように思います。


4.五毛党の経済学

中国でなぜ五毛党のようなネット世論の形成の担い手が存在するのか,ゲームで考えてみたいと思います。

20120803_写真_中国_ネット_検閲_

一般民衆が政府を批判する書き込みをするにせよ,しないにせよ,中国共産党が世論の誘導を行うことにはメリットがあります。それは支持の最大化という原理が働いている以上,一般民衆の言論を統制し思想を党寄りにすることによって,政権が安定するからです。ゲームでいうと展開図の右の政府の出方では,ネット世論に介入する方が介入しないよりも利得が大きくなっています。

民衆の側からみてみましょう。民衆が政府を批判しないことはありえませんので,右下への選択は現実的ではありません。民衆が政府を批判する,そして政府が五毛党を使って言論に加入するというのはここではナッシュ均衡になっています。(利得が政府1,民衆1のところです。)

このゲームの構造をよくみてみると,民衆が政府批判をする,政府がそれに介入しない,というのがもっとも理想的です。民衆は自由に意見を述べることができますので,民衆の利得が3になっています。党政府にとっては政権与党でなくなる可能性があるということで負(-1)の利得になっています。総利得は(-1+3=)2ですので,民衆が政府批判し,政府が五毛党で統制するというゲームと同じ利得になります。

社会的な利得はどちらも同じくらい得になっています。この意味では民衆の政府批判→政府が介入,民衆の政府批判→政府が介入しない,のどちらも社会的には最適です。民衆の政府批判→政府無介入,という言論統制がないときに,民衆の利得が3以上になれば,それは言論の自由を得たということでもっとも社会厚生の大きい社会になります。

しかし,ここでは民衆がネットで政府批判を展開しても,政府がそれに動じないことも,政府が五毛党で介入することもまったく同じ利得になっているにもかかわらず,五毛党による世論形成は,政権支持の安定という面からも政府利得が大きいので,民衆の政府批判→政府の介入が均衡になるということが言えそうです。


5.言論の自由な社会はこないのか?

このように政府が世論誘導するのは,政府と民衆という二つの経済主体間のナッシュ均衡です。民衆の側もネット上とはいえ,政府に言いたいことをいえるので,満足感はあります(利得が1)。とはいえ,あまりにも激しい政府批判を展開すると政府の取り締まりをうけてしまうので,この利得がマイナスになる可能性も存在します。民衆がネットで政府を批判し,政府が介入をおこなって五毛党による世論誘導を認めるというゲームの解の組み合わせは2より小さくなる可能性さえ存在します。こうなると,ますます政府による世論誘導を認めることになります(政府の利得が上昇する)。

やはり,民衆は政府を批判するが政府はそれに対してなにも介入しないというのが社会にとって最適です。図ケースではパレート最適でもあります。政府に介入させないためには,政府が言論を取り締まらなくても共産党政府は転覆しないよというコミットメント(約束)を民衆の側から提示する必要があります。

烏坎事件(前のエントリ)は,民衆の側から地元政府に抗議はするけれども,政権与党としての共産党支持を打ち出した一つの大きなコミットメントでした。

この事件によって,党政府は,民衆の意見を取り入れても,政権の不安定さにつながらないことを学んだといわれます(遠藤2012)。共産党への支持最大化を目指す世論形成に力をいれなくても,党政府は支持されていることがわかる大きなきっかけだったといえるでしょう。

とはいえ,共産党や政府にとって,民衆がどこまで党政府を支持しているのかを把握することは困難です。民衆に対する疑心暗鬼は,さらなる言論統制や世論誘導につながる可能性もあります。

言論統制が強くなるのか,言論の自由が広がるのか,これは党と民衆のゲームの構造で決定し,ゲームの構造が変われば,言論の自由化が進む可能性が存在します。

<参考文献リスト>
遠藤誉(2012)『 チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』朝日新聞出版
胡鞍鋼(王京濱)(2007)『国情報告 経済大国中国の課題』岩波書店
古畑康雄(2011)「ネット用語から読み解く中国(11)「五毛党」(続)

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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年7月28日付記事を、許可を得て転載したものです。


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