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中国経済の見えない規制=国有企業を肥え太らせる「ガラスドア」現象(岡本)

2012年08月13日

■国進民退という現象<岡本式中国経済論41>■

*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年8月11日付記事を、許可を得て転載したものです。


中国企業の世界での躍進が目覚しいです。フォーブス誌での世界企業ランキングで中国企業数はアメリカ,日本についで第3位になりました。

フォーブスの世界企業2千社 中国企業は136社
朝日新聞デジタル、2012年4月20日

米国誌「フォーブス」は18日(現地時間)、最新の世界企業上位2千社ランキングを発表した。中国企業は136社がランク入りし、国別ランク入り企業数で米国、日本に次ぐ3位となり、利益は世界トップだった。上位10社をみると、中国工商銀行が5位、中国石油天然気集団公司が7位に入っている。「新京報」が伝えた。

このランキングは各企業の売上高、利益、資産、時価総額などの各種指標を総合的に評価検討して作成されたものだ。

▽中国企業数は世界3位

工商銀行は昨年は上位25位以内にも入らなかったが、今年は5位に躍進した。売上高は826億ドル、時価総額は2374億ドルだ。昨年6位だった中国石油は、今回は1つ順位を下げて7位になった。 「フォーブス」中国語版の周建工編集長によると、ランク入りした企業のほとんどを国有企業が占めており、四大銀行、二大石油企業、複数の電力会社がいずれも上位に入った。次いで多かったのは、宝鋼集団有限公司、上海汽車集団株式有限公司、神華集団といった大型の国有企業だ。

でもランクインする企業の大部分が国有企業です。国有企業が民営企業を圧迫しているのではないかという意見が見られます。とくに2008年の世界金融危機をきっかけに実施された4兆元の財政出動の結果,事業の引き受け手の主体が国有企業であったために,国有企業の経営がよくなっているという意見があります。これらを総称して「国進民退」と言われます。


1.国有企業改革の流れ

改革開放以降,郷鎮企業や外資系企業に比べて,国有企業の業績は悪化・低迷していました。その理由は,政府の企業介入,そして医療,学校や住宅などの社会的機能を負っているために負担が重たいというものでした。

1980年代には国有企業内部での利潤留保が認められるようになり,1984年には経営請負制が導入され,工場長が経営者として判断できる部分(ボーナス,生産品目や生産量など)を増やしていきました。それとともに「社会的機能」(医療,学校,住宅など)を国有企業から切り離し,社会が行うものは社会化が行われ,事業性のあるものは独立した経営主体として国有企業から切り離されていきました。

1992年には「現代企業制度」が導入され,所有制改革が本格化します。「政企分離」の形として経営には関与しないが所有に関与する形となります。また1990年代半ばから国有企業の戦略的改組が実施され,競争的な業種(紡績,食品,電機電子など)では民営化,中小企業の売却などを徹底させ,国有企業は重要な分野(航空,軍事,資源,銀行など)だけに残るようになります。その結果,現在では中央政府が直接関与する国有企業は117社のみとなっています。


2.「国進民退」はない?

胡鞍鋼(2012)は『「国進民退」現象の偽を証明する』と題する論文を発表しています。中国統計年鑑の数値から国進民退の現象はないと主張します。例えば,

20120813_写真_中国_国進民退_
*国有企業は国有コントロール企業を含む。

国有企業は優遇されているという批判があるものの、税収でみると、

国有企業及び国有コントロールが71.7%、私営企業が14.6%(2010年)となっており、私営企業の方が税収面での負担が少ない,と指摘しています。全体的な流れは国「退」民「進」であると強調します。

胡鞍鋼は国有企業と民営企業の役割の違いを強調しています。国有企業は「大而全」から「強而精」への発展が目指されており,資源やインフラ関連の戦略的産業で集中している,民営企業と相互に補い遭いながら,競争しながらともに成長している,と強調しています。

たしかに寡占の問題はあります。例えば,タバコ産業(99%)、石油と天然ガス採掘業(94%)、ガス生産と供給(92%)、石油加工,コークス及び核燃料加工(71%)、水生産と供給(69%)石炭採掘業(56%)などの産業では,国有及び国有コントロールが50%以上を占めています(生産額)。

これらは自然資源の上流産業であり,準公共財としての公共サービスを提供するインフラ業種であり,この分野で国有企業が主導的な位置にあることは,提供される商品の質を保証し,安定した供給や価格などの市場秩序を維持するためには必要であろう,としています。胡鞍鋼は企業の世界ランキングにも触れ,中国企業とアメリカ企業が争っているのであり,国有企業が上位にあるものの民営企業も増加すると予想しています。


3.「国進民退」とは,何が問題なのか?

では「国進民退」は実際には存在しないのでしょうか?フィナンシャル・タイムズ中文ネットの呉暁波(2010)は,「国進民退」の特徴を3つに整理しています。

一つは資源独占,二つ目は「楚河漢界」(注),三つ目はガラスドア現象です。まず資源独占についてみてみましょう。2009年には中国国有資本の資源・エネルギー分野における大規模躍進の状況が明らかに4つ見られたといいます。

一つは鉄鋼,石炭,航空,金融などの資源性分野であきらかに民営資本を追い出す現象がでています。中でも山東日照鋼鉄と山西煤炭の統合案は最も注目された事例です。二番目は4兆元の金融危機対策において国有資本が政府購入やプロジェクトのほとんどの重要案件をとり,鉄道,道路などのインフラ建設は国有企業が活躍したという状況です。

三つ目は大量の中央国有企業が不動産分野に参入し,「土地王」現象とまで言われるようなったということです。四つ目は民営資本の株式持ち合い等において,国有企業が大株主になる,参入する,合併などの現象が起きているということです。呉(2010)は,この4つの現象が国有企業の大規模躍進の事例だと指摘します。これにより二番目の特徴「楚河漢界」(「楚河漢界」とは,項羽と劉邦の戦いの中で,楚(項羽)と漢(劉邦)の間で引いた境界線)が現れます。

それは「国進民退」は全業種に発生するのではないく,民間資本と分離しているということです。例えば,2001年以降,国有資本は食品飲料,紡績服装,家電などの産業にはほとんど参入していません。中国の産業界では「楚河漢界」という言葉が使われるようで,国有企業集団は少数の上流産業に集まり,寡占独占的地位にあります。

そして企業数も減少しており,その分利潤獲得能力が増加しています。もっとも問題なのはこのような独占が市場競争における効率追求のための結果ではなく,政府の政策や金融規制,ミクロ的な関与によってなされたことです。

数量で圧倒的に多い民間企業が上流産業に攻め入ろうとした時に,政策的な打撃にあうといいます。政策的打撃の大きい時期はマクロコントロールの時期,例えば2004年夏秋,2008年末から2009年の間でした。マクロコントロールのゆえに民間企業に開放されることがないわけです。このように「国進民退」の波は確実に発生しているのと同時に,十分奇異な現象が起きています。

それは中央文献の中にも「国進民退」という文字は現れないし,上でも見たように,多くの政策決定者はこの現象を否定しており,経済学者でさえこの見方を否定する人がいます。これを「ガラスドア現象」と呼んでいます。「ガラスドア」という言葉を「発明」した全国協商会議副主席全国工商連合会主席黄孟復は以下のように言っています。

ある業種や分野においては参入政策で公開的な制限は存在しないが実際の参入条件や制限は非常に多い。主要なものは参入資格に対して資格を設定し高い障壁となっている。人々はこれを「名業の開放,実際の制限」と呼んでいる。

これが「ガラスドア」現象です。見ると開いているようですが実際には入ることができないし,入ろうとすると壁にぶつかります。この「国進民退」の3つの特徴の形成は,2004年のマクロコントロールから発生していると呉は指摘しています。

当初,民営企業家たちは以上の現象について無自覚であったけれども,2年のマクロコントロールが終わったあと,人々はこの事実が形成されていることに気づいたといいます。2006年春,民営企業家の冯仑は「歴史を超える河の流れ(跨越歴史的河流)」という文章でこう言っています。

「民間資本は今までずっと国有資本の付属あるいは補充であった。そのため自分を守るもっとも良い道は国有資本の独占領域から遠く離れ,隅のほうで小さな商売をし,積極的に行い良く道路を補修し橋をかけるようにする。国有資本に対しては,民営資本は始終協力の態度をとり,競争をしない,補充であってそれに代わろうとしない,付属であって超える立場ではない態度を取り続けることによって,進退が自由にそして発展が持続できる」と。

結局,ポイントは,民間資本は産業の下流分野で追いやられ,資源などの上流分野は国有部門が独占しており,その分野も開放されているように見えても民間は参入できないということになりそうです。


4.「ガラスドア」現象の経済学

民間資本と国有資本の間には見えない参入障壁があります。これが国有資本の一部分野(資源,金融,通信など)の寡占独占を生み出しています。これをゲームでみると以下のようになります。

20120813_写真_中国_国進民退_2

民間資本が国有資本の分野に参入すると決断すると,国有資本は政府とともに参入阻止に向かいます。民間資本を受け入れて,競争が生まれると経済全体としては得(1+1=2)なのですが,現実は参入阻止に動くほうが国有資本のメリット(2)になり,民間資本は政府に睨まれることによって損(-1)をします。

となると最初から参入しない方が,双方ともに問題がない(2,0)という状態になります(「楚河漢界」)。ゲームの構造をみると,民間資本は公有制を中心とする経済の補充の位置にあること,参入しようにも国有資本の参入阻止がカラ脅しになっていないため,参入できないガラスドアになっていることがわかります。


5.政府の役割

関志雄(2012)は,一部の分野で発生している国有企業のシェア拡大,民営企業のシェア縮小を指摘し,以下の問題があると主張しています。

①大型国有企業は独占の利益を維持するために,行政当局に圧力をかけ,市場参入の壁を高くする。(銀行融資が国有企業に集中し,民営企業に回らない)

②独占企業は容易に利益をあげられるために,利潤向上のためのインセンティブが存在せず国際市場の競争力を欠いたままである。(世界ランキングに入る国有企業は輸出に貢献していない) 

③国有企業の利潤が内部留保されているので労働分配率の低下により消費が抑えられる。(中国における資本形成比率は高く,投資効率も悪い)

そのため,「国進民退」は中長期的に中国経済の成長を抑える可能性があると指摘します。

また,関志雄(2012)は,政府は介入すべきではないところまで介入している(中国語で「越位」),本来果たさなければならない役割を十分に果たしていないのではないか(「缺位」),を議論しています。例えば,「越位」とは,土地売買,基幹産業も国有企業,権限をもつ官僚の自由裁量などをあげています。「缺位」として,幹部腐敗,格差拡大,資源枯渇,環境破壊,内需不足などの現象を指摘しています。「国進民退」はまさに政府の「越位」になっているといえるでしょう。

<参考文献リスト>
関志雄(2012)「中国,問われる国家資本主義 「体制移行のわな」克服急げ」『経済教室』(日経新聞2012年5月24日)
胡鞍鋼(2012)「“国进民退”现象的证伪」《国家行政学院学报》
呉暁波(2010)「“国进民退”的分界线」『英国《金融时报》』2010年3月16日

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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2012年8月11日付記事を、許可を得て転載したものです。

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