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中国の未来を決める都市農村一体化改革、農民の民主的意志決定を引き出す「成都モデル」(岡本)

2013年12月29日

■都市農村一体化と土地制約■

Yangshao
Yangshao / Eugene Regis

前説:
「中国の都市農村一体化改革について世界一詳しい日本語サイト」=金鰤。岡本信広さんに新たな記事を投稿していただき、さらにパワーアップしました。

中国の農業問題は様々な因子が絡む多元方程式です。

「共産主義国として農地の集団所有は守らなければならない」
「リカードの罠、中国の場合では食糧が希少に→メシ代高騰→労働コスト高騰→都市の近代産業が儲からない、を避けるために一定の耕地面積を確保しなければならない」
「中国全体の一人当たり所得を上げるためには農村人口の都市移転が必要、でも土地が足りない」
「農民を都市に移転させるには莫大なコストがかかるがその原資はどこに」
「農業近代化のためには土地集約化、農家の大規模化が必要だが、どうやって零細農民に土地を手放させるのか」

などなどの課題があります。

とりわけ「都市民を増やしたいけど都市用地を拡大すると、耕地面積が食料安全保障絶対防衛ライン(18億ムーレッドライン)を割り込んでしまうのですが……」という問題が喫緊の課題ですが、解決策として「農民宅地を節約(集住化、高層化)して耕地に転換。その分を都市用地に利用」という取り組みが続いています。

しかし農民にとっては引っ越しを強要させられるというリスクもあり、社会不安の要因ともなります。そうした問題をマーケットを通じて解決しようという試みが注目されています。その1つが薄熙来失脚で注目を集めた「重慶モデル」。もう一つが「成都モデル」です。とりわけ後者は農民の自発的意志、民主的意志決定を重んじるという形で上述のリスクに対応している点で、大変興味深いものです。

中国社会にとっては将来を占う重要な問題であることは間違いありませんが、同時に「農業経営大規模化を目指しているけどうまくいかないでござる」が課題となっている日本にとっても、興味深い事例と言えるのではないでしょうか。
(以上は高口康太)

中国の都市化で欠かせないテーマは,「統籌城郷」(都市農村一体化)です。この方針は2003年の第16期三中全会で打ち出されました。都市と農村の一体化の具体的内容は,農民の都市住民化,農地の都市建設用地化です。

中国の都市化では,「人の都市化」という戸籍制度を代表とする二元制度の制約の打破が1つの焦点です(「新型都市化と「人」の都市化」)。もう1つの焦点は耕地の保護という制約の元での都市化です。土地供給に制限のある中でどのように都市化を行うのか,中国の事例は他の途上国の都市化を考える上で,非常に参考になります。


■18億ムーの耕地を保護する

中国の土地管理は,2002年の土地請負法,2004年の憲法,土地管理法の3つの法律によって行われています。基本的内容は,都市の土地は国家所有,農村の土地(宅地も含めて)は農民集団所有という二元制度になっているということです。

農村の農地は,土地経営請負制度によって農村の集団や個人での使用が認められています。そして農民のこの土地使用権は譲渡可能になっていますが,非農業建設用地としての利用は制限されています。都市化に必要なマンションや住宅の建設用地は国家所有に変更しないと利用できないことになっています。(土地管理法の関連エントリは「中国の土地問題」,土地経営請負制度の関連エントリは「中国の土地請負制度とインセンティブ」)

なぜこのような複雑な制度になっているのでしょう。それは農業を保護するために,18億ムー(1億2000万ヘクタール)の耕地を保存するという重要な国策があるからです。農業の発展は経済発展にとって土台です。農業の生産性が向上しないまま工業化が行われると,工業化原料を供給する農業部門製品の価格が上昇し,工業の利潤を減少させ,再投資を不可能にします(これをリカードの罠という)。農業と工業のバランスとれた発展が持続的成長に不可欠なのです。そのため,工業化による土地の乱開発を抑えるため,農地の所有権を農村集団所有という形にしています。(これを農村の管理という側面から支援しているのが戸籍制度)。


■都市化による土地需給問題

中国の耕地面積は減ってきています。19.88億ムー(1985年)から19.14億ムー(2001年)へ,それが2005年には18.31億ムー,2010年には18.26億ムーと2000年代前半に大きく減少しました。耕地はすでに18億ムーというレッドライン(紅線、死守すべき一線)すれすれという状態になっています。

それに対して,都市建設用地の需要は高まっています。都市建設用地面積は2001年から2010年までの10年間で14081平方キロメートル(≒0.21億ムー)の増大です。これは過去最高の数字でした。

国土資源部が2011年に通達した建設用地の指標は670万ムーです。ところが全国31省の用地需要の合計は1616万ムーでした。つまり国家が用意する建設用地の供給は潜在需要の40%しかないということになります。

葉裕民(「中国城郷建設用地流轉的原因与効果」アジア経済研究所研究会配布資料,2013年11月25日)の推計によると,2030年までに都市化水準の目標が70%,総人口が15億人とすれば,都市人口は10.5億人になります。2010年の年人口が6.6億人ですので,都市人口はこれから3.9億人増加させる計算です。

都市の面積/人口が1平方Km/万人とすると,単純に3.9万平方kmの都市建設用地が必要となります。2010年の耕地面積は18.2億ムーです。つまり18億ムーのレッドラインまであと0.2億ムー(≒1.33万平方km)しか残っていません。つまり今後都市化をする上で,2.57万平方kmの土地が足らないということになります。


■新農村建設

2006年に国土資源部は,都市農村建設用地増減リンク制度を試行し始めます。これは農村の土地を土地建設用地にした場合,どこか別の場所に農地を用意して,建設用地の増加と農地の減少のバランスをとるというものです。

足らない都市建設用地をどのようにかき集め,農業用地をどのように維持するのでしょうか?その答えが新農村建設にあります。簡単に言ってしまうと,城鎮レベルで進められる新農村建設とは,農民を新しく開発したマンションという一部の地域に移住させ,分散していた農民の宅地や行政機関を耕地に転換していくという政策です。

都市化率70%に向けて,不足する2.57平方kmの土地は新農村建設によって生み出す必要があります。農民一人当たりの建設用地が200平方mとして計算すると,1.28億人を新農村建設で移住させる必要があります。中国の行政村1つあたりの人口は900人ですので,約14万村(村庄)にあたる広さになります。中国には現在69.2万の行政村がありますので,約1/5が新農村建設を積極的に進めないといけないことになります。別の言い方をすると,約1/5の行政村が都市化で消える(小都市に生まれ変わる)運命にあるということです(推計は同じく,葉2013)。


■成都の事例

2007年に成都は都市農村一体化総合改革試験区に指定されました。成都は,土地増減リンク,都市化を市場経済化,民主化したやり方で比較的成功した事例を提供しています(Ye, Yumin and Richard LeGates, Coordinating Urban and Rural Development in China: Learning from Chengdu, Edward Elgar, 2013)。

成都の土地増減リンク,都市農村一体化の手順は,農村で土地の財産権を確定し,それを農村財産権取引市場で売買する,というものです(関連リンク「成都の土地改革」)。

新農村建設にあたっても,農民が財産権をどうするかは農民自身に委ねられています。新しくできた街の中心部のマンションに移転することを希望する場合,財産権を取引市場で販売し,現金に変えて移動することが可能です。農業に残る場合,財産権を販売せずむしろ他の農民が売る財産権を購入して,農業の大規模化を行うことも可能です。

成都の財産権売買と重慶の地票取引の違いは,財産権(重慶の場合は開発権)取引にあたっては,農民自らが取引市場に参加できるかです。成都の場合,小規模な土地であっても農民が財産権売買を行うことができます。重慶の場合は,土地区画の整理,販売,購入,すべてが国有企業によって行われ,農民が参画する余地が限られています。したがって,重慶には土地の収容,販売にあたって強制的,強権的になされる可能性が残っています。成都の場合は,農民の意思決定が尊重される形となります。

柳街鎮では,農民の意見を聞きながら,鎮の中心部を再開発することになりました。企業が9800万元を投資して,土地整理と新型社区の建設に乗り出します。これにより約208ムーの集団建設用地指標を節約することができました。その節約した指標分だけ都市建設用地が生まれます。鎮中心部の開発がすすみ,周辺部は現代農業用地として開発されました。


■成都の事例は全国に展開可能か?

2013年11月に開催された第18期三中全会では,農村の財産権取引を進める,と明記されました。成都の事例を全国に広げる形です。葉裕民によれば,土地増減リンクと都市農村一体化で重要なのは,基層レベルの民主的意思決定だそうです。

他地域では,国土資源部の指標にしたがって,土地を強制収容し,都市建設を進める基層政府が多く,これが土地問題と都市化を複雑にしています。直接の原因は基層政府幹部の成績評価は(1)耕地面積は減少させない,(2)建設用地は増加させない,という二項目が入っているために,政府自らが土地増減リンクと都市農村一体化を進めるというインセンティブになっています。農民の生活要求を満たすことを考えずに都市化をすすめてしまう結果になります。

結局,中国の都市化は,限られた空間を効率的に利用すること(土地増減リンク),それにあたっては市場経済化による農民の民主的な意思決定の尊重が必要ということになりそうです。

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*本記事はブログ「岡本信広の教育研究ブログ」の2013年12月21日付記事を、許可を得て転載したものです。

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