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台湾を揺るがす“政治素人”、「柯文哲現象」とはなにか?(黒羽)

2014年02月19日

■【時事メモ】柯文哲現象■

Taipei 101, Taiwan, 20100607
Taipei 101, Taiwan, 20100607 / daymin


台湾の台北市長選挙がヒートアップしている。焦点となっているのは、台湾大学病院の外科医、柯文哲だ。世論調査によると野党候補としての人気はダントツのトップ。実は台北市長選挙が行われるのは今年の12月頃でまだまだ先の話なのだが、ずぶの素人が政治の世界に乱入したことで一つの社会現象にまでなっている。

こうした「柯文哲現象」については、すでに朝日新聞1月17日朝刊の記事「台湾政界、素人の乱台北市長選、54歳医師が有力」で報じられている。

台北市市長といえば陳水扁、馬英九と現職、前職の総統を生み出した政治の要衝。医師出身の政治素人が台湾政界の台風の目となるのだろうか?


■既存の政治社会システムに対する不信感の代弁者

柯文哲は1959年生まれ。祖父は日本統治時代に中学校の教師をしていたが、二二八事件で拷問され、釈放はされたものの1950年に亡くなった。柯文哲が生れる前のことである。彼の父親は二二八事件受難遺族としての暗い記憶を抱えているため、息子が政治の世界へ入ることには反対しているという。

台湾では戦後しばらく国民党による一党独裁が続いたが、そうした権威主義体制がもたらした二二八事件や白色テロといった恐怖政治に対する批判として民主化運動が胎動、政治体制の中枢は外省人によって独占されていたことへの反発から台湾独立の主張もここに重なった。1986年には民進党が結成され、中台統一派の泛藍陣営(国民党や、国民党から分裂した新党、親民党など)、台湾独立派の泛緑陣営(民進党や李登輝を支持する台湾団結連盟など)という二大勢力が対立する政治構造が形作られてくる。

柯文哲は二二八事件受難遺族に生れたという出身背景から分かるように、政治意識としては明確に泛緑陣営に立っている。入獄した陳水扁の支持者でもあるし、昨年12月に東京で講演した折には李登輝へのシンパシーを語っている。なお、この東京講演の時点ではまだ立候補の正式表明はしていないのだが、日本の選挙でよく見かける片目が空白のダルマを贈られている。

他方で、泛藍陣営と泛緑陣営の対立構造がすでにマンネリ化して、政治的争点を効果的に汲み上げられなくなっていることに対して国民の不満も根強い。柯文哲は国民党だけでなく民進党も含め、既存政治すべてに対して歯に衣着せぬ発言をしているため、そこが一般の人々からは受けているらしい。

2011年に台湾大学病院でエイズ感染者の臓器を誤って移植してしまう事件が起こったとき、柯文哲も監督責任を問われた。ところが、行政も含めたシステム全体の問題を一方的に押し付けられたことに対し彼は臆せず発言したため注目を浴びたという。いずれにせよ、既存の政治社会システムに対する不信感を彼が代弁しているとみなされているのだろう。


■最大野党・民進党も支援に

こうした動向を民進党もかなり意識している。現在の党主席・蘇貞昌は独自候補擁立にこだわっていたが、かつて総統選挙に立候補した経験のある有力者、蔡英文や謝長廷が柯文哲を支持する意向を表明し、蘇貞昌も「柯文哲現象」を無視できなくなっている。民進党は必ずしも一枚岩の政党ではなく、有力政治家同士の足の引っ張り合いも頻繁に見られるから、そうした党内パワー・バランスの影響があるのかもしれない。いずれにせよ、柯文哲に対して民進党への入党を条件に正式な候補者とするという話も出たが、無所属のまま民進党は支援するという方向で落ち着きそうだ。

台北市長は任期四年、再選は1度までしか認められていないため、現職の郝龍斌は出馬できない。国民党から出る対立候補としては連勝文の名前が取り沙汰されている。連戦・元副総統の息子というサラブレッドである。そう言えば、郝龍斌も郝柏村・元行政院長の息子という世襲政治家だ。「政治素人」柯文哲の存在がいっそう引き立つ。なお、2010年に連勝文が銃撃されて負傷するという事件が起こったが、その時に救急外科医として対応したのが柯文哲だったという因縁もある


■柯文哲の勝算は?

柯文哲に勝ち目はあるのだろうか? 台北市長選挙の動向について考えてみるが、過去のデータや分析については小笠原欣幸(東京外国語大学、台湾政治)「2010年台北・新北市長選挙の考察――台湾北部二大都市の選挙政治」を参照させていただく。

台湾の選挙では北部は国民党が強く、南部は民進党が強いという色分けがくっきりと出る。台北市に関しても、(1)外省人及びその第二世代、第三世代の比率が高い。(2)公務員・軍・教育関係者の比率が高い。(3)一人当たりの平均所得が高い、という特徴がある。こうしたことから、国民党は台北市で固い基礎票を持っており、民進党はもともと劣勢だと指摘される。

1994年に陳水扁が当選できたのは、当時の李登輝総統に反発して国民党を離党した人々が結成した「新党」が独自候補者を擁立し、泛藍陣営が分裂していたからである。この時以外は国民党の候補(馬英九、郝龍斌)が50%以上の得票で当選しており、陳水扁は二期目を阻まれ、民進党から出馬した謝長廷(2006年)や蘇貞昌(2010年)といった有力政治家も敗れている。

上記の小笠原論文では藍緑両陣営の基礎票を捉える指標として台北市議員選挙の得票率について考察されている。1994年から2010年にかけての両陣営の得票率の推移を見ると、泛藍陣営は低下傾向(60.8→54.8%)にある一方、泛緑陣営は増加傾向(30.1→39.0%)にある。トレンドとして見ると、基礎票のレベルで両者の差は徐々に縮まりつつあるようだ。

となれば、こうした基礎票を固めつつ、浮動票を取り込む戦術を効果的に実施することができれば、民進党系の候補者にも可能性がないわけでもない。その点、柯文哲の場合には「素人」という世論受けする持ち味が武器になる。

いずれにせよ、台北市長選挙はまだまだ先のことで、情勢も色々と変化するだろう。柯文哲の勝敗はともかくとして、彼の得票率には藍緑両陣営に飽き足らぬ無党派層の投票行動が反映されることになるように思われる。そこから、台湾における政治社会の一定の変化を垣間見ることができるのかもしれない。

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*本記事はブログ「ふぉるもさん・ぷろむなあど」の2014年1月24日付記事を、許可を得て転載したものです。
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