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台湾の抗日展示を見てきた=中台が奪い合う「歴史」(犬大将)

2014年08月03日

台湾というと親日のイメージが強いようですが、それだけではありません。「大日本帝国と戦い勝利した栄光の歴史」は中華民国ナショナルヒストリーの重要な一部分。抗日の歴史は台湾ではどのように顕彰されているのか、中国本土とは何が違うのか。犬大将さんがレポートしてくれました。
 

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■最新の台湾抗日展示を見てきた

ここ二週間ほど台湾にいた。帰国する日、土産の鳳梨酥をカルフールで買って台北駅の方へ歩いていくと、途中で中山堂という建物の前を通った。日本時代に清の台湾布政使の役所跡をとりこわして台北の公会堂として建てられたものらしい。

その中山堂の近くに七七がどうこうという展示の幟がたっている。七七といえば盧溝橋事件。あー台湾の抗日展示か。せっかくだから見ていこうかなぐらいの気分だったが、一気にテンションを上げるものが目に入った。

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「抗日戰爭勝利暨臺灣光復紀念碑」
(抗日戦争勝利及び台湾復帰記念碑)

中山堂の向いにある記念碑だ。手前に書物を模したオブジェがあるが、大陸の抗日記念物ではよく見る「歴史のお勉強」スタイルである。しかも2011年の中華民国建国100周年に建てられたばかり。国民党もとうとう中国共産党の軍門に降ったのか……。 さぁ気分が盛りあがって参りました(笑)。

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■共産党抜きの抗日史

展示の正式名称ですが「鐵血抗戰榮耀七七 抗戰勝利暨臺灣光復紀念特展」(鉄血抗戦栄光の七七(1937年7月7日盧溝橋事件の77周年) 抗戦勝利及び台湾復帰記念特別展)です。展示は大きくわけて、「台湾の抗日」「中国抗戦」の二つにわかれています。

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「台湾の抗日」の方は日清戦争後の台湾割譲の結果成立した台湾民主国にはじまる一連の抵抗と「原住民」の近代支配に抵抗する戦い、さらには台湾の議会設置請願運動までも「抗日」というフレーズでひっくるめて連綿とつづく日本への抵抗史として展示しています。まぁ、歴史なんて何でも切り口次第ですからいいんじゃないですかね。ここのポイントはあたりまえながら日清戦争が起点ということです。

「中国抗戦」はいわゆる「八年抗戦」(日中戦争)が中心。展示では満洲事変から始まってますが、偽書として知られる田中上奏文を堂々と展示しています。田中上奏文をとってきたとされる台湾の蔡智堪は「蔡智堪志士」として紹介されてますが、まぁ当時からも「日本の中国侵略の計画書」として扱われていて今でも扱いやすいから、偽文書かどうかとか関係ないんでしょうね。日本の中国侵略の野心の発露として日露戦争も紹介。「八年抗戦」がメインにしてはその前が結構詳しいです。

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「八年抗戦」の開幕、盧溝橋事件について。蒋介石の廬山宣言を紹介し、これから始まる長い戦争の指導をアピールしています。もちろん中国共産党が翌日出したとされる通電なんかは一言も紹介されません。上海での戦いは日本の「速戦速决、三月亡華」の迷夢を粉砕した、とあります。これもよくいわれることですね。あと南京大虐殺は当然のごとくでてきます。

「八年抗戦」はパンフレットでは戦略防御(1937/7~1938/11)、戦略相持(1938/11~1941/12)、全面反攻(1941/12~1945/8)の三段階で説明されます。全面反攻はちょっと無理があるような気がしますが日本軍の主力と戦っていたのは間違いないのでまぁいいんじゃないでしょうか。展示の方ではそこまではっきりと区分してないですが、1939~1942の長沙会戦で大局が変わったとしています。戦略として日本軍を消耗させ、第二次世界大戦での勝利に貢献した、と中国の役割をアピールです。

大陸の抗日展示を散々観たものからすると、ここでおもしろいのはやはり共産党が一つもでてこないこと。たとえば台児荘の戦いは紹介されているのに、共産党が宣伝している平型関の戦いはちっともでてこない。それに相当するものとして1937/10~11の忻口会戦が紹介されています。

「忻口会戦は、第二戦区司令長官閻錫山の指揮する太原会戦の主要な戦役で、山西北部へ侵略する日本軍を攻撃した最初の大規模な戦役です。戦略としては、敵を誘い深入りさせて戦場を拡大し、大量の日本軍を分散且つ消耗させて日本軍の速戦速決の目的を達成させず、さらに河北の中国軍隊を南方に撤退させ戦力を保存するというものでした」

平型関の戦いはこの忻口会戦の前哨戦のようなものですが、平型関自体はその閻錫山が指揮する軍隊が守って日本軍と戦い、その戦闘の一部として共産党軍は少ない戦力で日本軍の兵站の小部隊を前線の後方で叩き、戦果を過大に宣伝して勝手に離脱したのがいわゆる「平型関の勝利」なわけで、戦争を指揮した方からすれば紹介するほどでもないのはまちがいない。

この展示、中共様におもねるものかと思ったのですが実際は真逆。抗日の正統はこっちと強く主張する国民党の姿が見えました。



■中台抗日展示の比較から考えたこと

中国と台湾、両方の抗日展示をみてまわった人間として比較をしますと、大きな点で違いがあります。この展示で中国共産党が一切黙殺されているのに比べ、中国の方は抗日戦争における国民党の存在を徐々に認めつつあるということです。

中国は昔はいざしらず、今は「正面戦場を国民党が戦い、後方戦場を共産党が戦った」という表現に変わりつつあり、控えめながら国府軍の戦いを紹介しつつあります。台児荘の戦いは国民党が宣伝する勝利ですが、今台児荘にいくと巨大な新しい博物館が建って盛んに観光客を招いている一方で、昔あった共産党のことだけ展示している博物館は入れないようになっています。

戦後蒋介石から冷遇された孫立人などはビルマ戦線で戦った抗日英雄としてドラマまで作られています。こういったことは、うがった見方をすれば、将来国民党のいる台湾を中国の一部として迎えるための作業だということもできます。そのような見方をするなら、最近中国が尖閣や南シナ海でがんばったり、近代史の記述を日清戦争を基点にした抗日戦争史に重点を移しているのも、資源の確保や共産党の正統性の確保といった目的以外に、台湾をとりこむための作業の一環という面もあるかもしれません。釣魚島(尖閣諸島)や南沙といった事はもともと国民党が言ってたことですし、台湾が大陸の政権から分離したのは日清戦争の敗北から始まるわけですから。

もっとも台湾や香港には本当に無茶苦茶なことを言う人たちがいるので、中共様もそういう人たちにふりまわされている面もあるんじゃないですかね。日本にもふりまわされている人がいそうなのであまり人のことは言えませんが。

あとこういう中華民国的正統史観を常時展示しているところとして國軍歴史文物館というのに行くべきでしたが、近くの国家図書館には何度も行ったにもかかわらずこっちは結局行きませんでした。すべて暑いのがわるいんだ。

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*本記事はブログ「メモ@inudaisho」の2013年7月23日付記事を許可を得て転載したものです。

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コメント一覧

    • 1. pleco
    • 2014年08月03日 21:38
    • 抗日もあり、2.28記念館もあり。やはり台湾は面白いですね!

      国内向けガイドブックには載っていない(見落としているだけかも)と思われるので、次回の訪台の楽しみが増えました。
      繁体字得意ではないので、少し骨が折れそうですが…

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