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中国の“真珠の首飾り”戦略を止めた、安倍首相のバングラデシュ訪問とその狙い(田中)

2014年09月08日

■異例の親密さ、日本とバングラデシュの首脳外交

日本とバングラデシュの外交関係が活発化している。今年だけでも3月に岸田外相がバングラデシュを訪問。5月にシェイクハシナ首相が訪日。そして9月6日に安倍首相がバングラデシュを訪問した。この活発な外交はいったいどのような成果をあげたのだろうか。

安倍首相のバングラデシュ訪問における主要議題は以下の2点だ。

1)ベンガル湾産業地帯構想、チッタゴン港湾地域の超臨界石炭発電所、深海港、石炭貯炭場など総合開発について、6000億円の経済協力。そのほか、400億円の日本向け経済特区の開発。
2)2015年の国連安全保障理事会非常任理事国選挙の不出馬と日本支援の約束取り付け。1978年の選挙で日本はバングラデシュに負けたことがある。アジア太平洋地域の立候補表明国は日本とバングラデシュの2カ国だけ。バングラデシュが不出馬となれば日本の選出は間違いない。

もっともこの成果を字面だけ追っていては異例の密度の首脳外交の背景は理解できない。背景にあるのは中国の「真珠の首飾り」戦略を牽制しようとする日本の外交戦略だ。

Little girl sailing a boat in Rangamati Lake, Chittagong
Little girl sailing a boat in Rangamati Lake, Chittagong / mijaved


■“真珠の首飾り”の要、バングラデシュは地政学的要衝


活発な外交、その真意を読み解くヒントは安倍首相の発言に隠されている。今回の訪問で安倍首相は、バングラデシュを「東南アジアからインドに抜ける要衝にあり、地政学的に重要な役割を果たす国」と評価した。また前回のハシナ首相の日本訪問では、「政治安全保障の分野において、両首脳は政策対話の強化のため,外務次官級協議を立ち上げるとともに、(中略)PKO及び平和構築の分野において協力を更に強化していくことで一致しました。」(外務省HPより抜粋)とある。

つまり日本にとってバングラデシュは地政学的な要衝であり、バングラデシュと安全保障の分野において協力を進める必要があるというのが安倍首相の認識だ。

背景にあるのは中国の真珠の首飾り(パールネックレス)構想である。インドが将来的に外交上の脅威になり得ると考えている中国は、インドの周辺国を利用しての封じ込め戦略を構想している。周辺国とは具体的にはパキスタン、スリランカ、ネパール、ミャンマー、そしてバングラデシュである。

中国は以前からチッタゴン周辺での深海港整備に関して、バングラデシュに秋波を送っていた。現在のバングラデシュの海の玄関チッタゴン港は喫水が浅く、大型船が入港できない。エネルギー供給上も軍事利用上も制限が多い。そこでチッタゴンの南、コックスバザールに人口掘削港を作ろうという考えだ。

深海港を整備し、かつ昆明からミャンマーのマンダレー経由で高速道路をつなぐことができれば、中国はマラッカ海峡の制海権を気にすることなく、中東からのエネルギー供給やアフリカからの資源を利用できるようになる。さらにインド洋の制海権にも足掛かりを作ることができる。

ちなみに中国はミャンマーでも同様にシットウェー港の開発を目指していたが、この開発権はインドにかっさらわれている。


■19世紀の日本、21世紀のバングラデシュ

中国は深海港整備について、これまでバングラデシュ政府と交渉を繰り返してきた。ここ数年の新聞報道を見る限り、深海港は中国が手がけるというのはほぼバングラデシュ国内のコンセンサスとなっていた感がある。

それをひっくり返したのが日本だ。インド洋をめぐる制海権は中東からのエネルギー供給が欠かせない日本にとって死活問題である。インド洋の制海権が中国の手に渡れば、外交的な敗北にほかならない。安全保障の面から言えば発電所よりも経済特区よりも、深海港の建設が最重要課題であった。安倍首相の訪問の真の目的はここにある。8月末のインド・モディ新首相の訪日。そして今回の安倍首相によるバングラデシュとスリランカ訪問は、対中国安全保障政策という意味でつながった外交政策である。

バングラデシュ側からすれば、シェイクハシナ率いる与党アワミリーグは元々親インド派である。歴史的にもパキスタンからの独立でハシナの父シェイクムジブはインドの支援を受けて独立を果たした。ハシナ政権はインドの爪先を踏みつける様な行為はしたくないという考えもあっただろう。

安倍首相は独立記念公園やシェイクムジブが横死した実家も今回訪れているが、あるいはインドの支援を受けた独立の流れを思い出せ、中国ではなくインドをパートナーにせよとのメッセージだったのではないか。

5月のハシナ首相訪日の段階で、日本によるチッタゴン近郊、マタバリ深海港整備の約束は交わされていたが、風見鶏的なバングラデシュ人気質をよく知る人ほどまだ安心出来ないと考えられていた。しかし今回の訪問で約束はほぼ間違いなく実行されるだろう。イスラム教徒にとって一度母屋に入れた人間を裏切ることはほとんどありえない。

かたや袖にされた形の中国であるが、別の形でバングラデシュを支援し取り込みを図ることになるだろう。結局のところ対インドを考えれば、バングラデシュを味方につけるしかないからだ。

19世紀後半、欧米列強は弱体化した清帝国を食い物にしようとしのぎを削っていた。自らの立場を有利にするべく各国が味方に引き込もうとしたのが日本であり、その支援が日本に発展のチャンスを与えた。現在のバングラデシュは当時の日本とよく似た地政学的ポジションを占めているのである。

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■執筆者プロフィール:田中秀喜
1975年生まれ。メーカー勤務、青年海外協力隊、JICA専門家を経てバングラデシュでコンサル業を起業。チャイナプラスワンとして注目されながらも情報の少なさから敬遠されがちなバングラデシュの情報源となるべく奮闘中。

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