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中国式「法治」とはなにか?社会主義法理論で読み解く(高橋)

2014年11月13日

2014年10月23日に行われた中国共産党第18回中央委員会第4次全体会議で「依法治国を全面的に推進することに関する若干の重大問題の決定(中共中央関于全面推進依法治国若干重大問題的決定)」が可決された。これを我々の常識で読めば、中国は法治国家をより強く目指すことを決定したと言える。しかし、その常識は本当に中国政府の意図と同じものなのだろうか。この決定を少々深読みしてみよう。


■「法治」ではなく「社会主義法治」

まず、議論の前提として確認しておかなければならないことがある。それは「法」と「法律」は異なる概念であるということである。法学的には「法=政府が国民に対して強制するルール」であり、「法律=議会を通過した活字形式のルール」である。日本は法と法律が限りなくイコールに近いので、理解が難しいかもしれないが、議会を通過した活字形式のルール以外のルールを政府が国民に強制することがある国も往々にしてあるのである。

その意味で「依法治国」の「法」をどう捉えるかというのは非常に大きな問題なのである。単なる「法」を言うのか、「法律」を言うのかである。ここでもし「依法治国」の「法」を「政府が国民に対して強制するルール」としているならば、政府のルールで国を治めるという当たり前のことを言っているにすぎないことになる。

注意すべきは四中全会報告における「法治」とは、正しくは「社会主義法治」であるという点だ。これを理解するためには社会主義法理論について知る必要がある。


■社会主義法理論では政策も「法」の一部

社会主義法理論では、政策にも法としての効果を認めるという理論がある(1)。つまり「法律」ではない「政策」も「法」の一部であることを明確に認めるのである。そして政策は法律よりも優先されるのである(2)。なぜ国家のルールとして、法律の効果が政策に劣るというのは理解し難いかもしれない。しかし、中国法の定義を知ればごく当たり前のことなのである。

日本では法律は「国民の信託を受けた議会を通過した国民の総意によるルール」と定義できるだろう。つまり主権者たる国民が選挙で選んだ国会議員が作成したものであるので、間接的には国民が作成しているので最高位の「法(ルール)」なのである。当然に民主主義が達成されていない中国ではこの定義は通用しない。中国での法律の定義は「確定した政策」であるとされている(3)。

「法律が確定した政策」とはどういう意味であろうか。それは以下のように説明される。中国は国土が非常に広大なので法律を制定・改正をして、もしそれに基いた社会運営が失敗したら大変なことになると考える。なので、法改正案があった場合、それをまず一地方で政策の形で施行し、実験を行ってみる。そして実験が成功だと判断された場合に、全人代に持っていき、法律化する。これが簡単な中国における「法律」の定義であり、作成手順である。そのため、「法律」は中国全土に適用される原則的なルールなのだが、新しい実験が始まった場合、実験施行地方という中国の一地方のみ局所的に見れば、実験の効果確認のために政策が優先されるというのはごく当たり前のことなのである。


■習近平の発言まで「法」に

なぜ法律がこのような定義になるのかと言えば、これも民主化が達成されていないことが原因と言える。日本の場合、妙な法律を作りそれで社会運営がうまくいかなくてもそれは結局、そんな法律を作る議員に投票してしまった国民の責任である。しかし、中国はそのような社会体制ではないので、法律作成や社会運営に失敗するわけにはいかないのである。「常にいいことをする共産党」が演出できなくなり、中国国民の支持を得られなくなったら体制転覆につながるからである。その意味で実験を行い、「いい政策」だけを全国に原則として適用される法律にすることもごく当たり前なのである。

このような社会主義法理論がいまだ堅持されているのかにつき中国政府は明言はしていない。しかし、1990年代にも「政策の法源性」は確認できるとされているし(4)、2000年代に入っても変わらないように見受けられる(5)。さらに2011年には「中国の特色ある社会主義法体系」では、民主化を認めないということを明言しており(6)、「民主がない=法律は確定した政策である」理論を強化するものになっている。

このように考えると、中国の「依法治国」や「社会主義法治」は日本人の想像する「法治」とは大きな隔たりがあるのではないだろうか。すなわち、ここに言う「法」には「政策」を含んでいるということである。それはつまり、「法律」よりも優先されるルールが存在することを認めているということである。さらにここで問題なのは、「政策」の範囲が実はよく分かっていないということである。

「活字になった政策」のみを言うのか、習近平をはじめとする国家首脳の言った一言までをも政策に含めるのかという問題である。例えば、APECで習近平の言った「隣国をパートナーと見なし、友好的で周囲を安心させる外交政策」もひょっとしたら既に中国では法的効力を持っている可能性があるということである。

このような中国法の構造を説明すると、やはり「人治国家」だと言う意見が聞かれるかもしれない。しかし、「法」に「口頭での政策」も含むと解釈すれば、ある意味これも立派な「法治」なのである。日本語一般の「法治」の定義とは異なることは筆者も認めるが……。


■注目すべき変化、「徳治」の強調

さて、このように考えていくと、四中全会の決定でも中国は「今までと何ら変わらない」と読み取ることができそうだ。中国の政策を読む場合には、相当の深読みが必要である。「中国の国情から」「中国的特色をもった」という言葉を使い、我々の知る定義とすり替えている場合が多々あるからである。

では「今までと変わらない」のになぜ新たな講話や決定を出したのだろうか。従来のケースでは「社会主義法・中国法理論を知らない中国人や外国人に対して、中国も改革をやっている」と宣伝しているのではないかと考えられてきた。

ただし今回の決定には注意すべき点もある。「依法治国」と「以徳治国」の結合を堅持するとして(7)、法(=法律および政策(口頭のもの含む))以外のモノで国を治めることを明言し、これを「中華伝統美徳」とまで言い切っている点だ。

表向きは社会公徳、職業道徳、家庭美徳などの道徳建設を法律によって促進するなどとあり、国民の道徳規範向上を目指すもののようにも見える。しかし、これまで形式的であれ「法治」を強調してきた中国が明文化しえないあやふやな「徳」を統治のツールとして取り上げたことは注目に値する。

(1)福島正夫『中国の法と政治―中国法の歴史・現状と理論』日本評論社、1966年、26~30頁。(2)田中信行(編)『最新中国ビジネス法の理論と実務』弘文堂、2011年、9頁。(3)福島正夫・前掲註1)27頁。(4)髙見澤磨「中華人民共和國における法源」『法制史研究』(40号)104頁。(5)拙稿・高橋孝治「中国における製造物責任法と挙証責任―日本企業の経験から中国での戦略を考える」『第5回シンポジウム講演論文集(一般社団法人グローバル経営学会)』61頁。本稿はシンポジウム論文であるが、近日中に一般にも公開される雑誌にも掲載予定である。(6)「呉邦国委員長在形成中国特色社会主義法律体系座談会上的講話」全国人大常委会法制工作委員会研究室(編著)『中国特色社会主義法律体系読本』中国法制出版社,2011年、3頁。「中国特色社会主義法律体系的形成具有重大的現実意義和深遠歴史意義」『人民日報』2011年3月11日付2面など。(7)「中共中央関于全面推進依法治国若干重大問題的決定」『人民日報』2014年10月29日付1面。

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■執筆者プロフィール:高橋孝治(たかはし・こうじ)
日本文化大学卒業。法政大学大学院・放送大学大学院修了。中国法の魅力に取り憑かれ、都内社労士事務所を退職し渡中。現在、中国政法大学 刑事司法学院 博士課程在学中。特定社会保険労務士有資格者、行政書士有資格者、法律諮詢師、民事執行師。※法律諮詢師(和訳は「法律コンサル士」)、民事執行師は中国政府認定の法律家(試験事務局いわく初の外国人合格とのこと)。『Whenever北京《城市漫歩》北京日文版増刊』にて「理論から見る中国ビジネス法」連載中。ブログ「中国労務事情」を運営。

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