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1000人が命を落とした縫製工場ビルの崩壊がバングラデシュを変えた(田中)

2014年11月19日

発展途上国はその発展過程に於いてしばしば大規模な産業事故を経験することになる。過去日本においても炭鉱事故などで大きな労働災害を起こしてきた。その経験をもとに法規制や安全意識の大きな変化が発生してきた。別の言い方をすればある種の犠牲なくして発展することはさけられないとも言える。

国土が狭く人口密度が高いバングラデシュでは、縫製工場でも平屋建てになることは殆ど無く、5階建て程度のビル構造になることが多い。それが、バングラデシュ特有の労働災害を引き起こしていた。

例えば、2012年11月ダッカにあるタズリーンファッション社の衣料品工場の火災で117人の労働者が死亡した。原因はむき出しの電気配線へのホコリ引火だがそれに加えて避難経路の問題が犠牲者の数を増やした。
このような100人規模の労働災害は過去にもなんどかあったが、それでもこの国は変わらなかった。だが、2013年4月に起きたラナプラザ崩壊事故はバングラデシュに大きなパラダイムシフトを引き起こすインパクトを与えたのである。

今回は、この事件後の顛末と現地の変化について、記述したい。

Street Lives of Old Dhaka
Street Lives of Old Dhaka / Shafiul_Azim


■1000人超が死亡、ラナ・プラザ崩壊の悲劇


2013年4月末、バングラデシュの首都ダッカ近郊のサバールで、8階建てビル「ラナ・プラザ」が倒壊。この事故では1129人が死亡し、バングラデシュで過去最悪の産業事故になった。ラナ・プラザには、当時5つの縫製工場が入り、3千人以上の従業員がいたという。

ラナプラザは地元の有力政治家の所有物だった。違法な増築を数度繰り返し、建物の強度に問題を生じていた。この政治家は自身の権力を使い、法律を曲げて違法建築物を建てさせた疑いがある。さらに、倒壊前日に亀裂が発見されたにもかかわらず、工場経営者が操業を強制的に継続させたため、被害を大きくした。つまり、この事件はさまざまな法令遵守意識、安全管理意識の欠如がもたらした重大災害だったのだ。また、この建物から欧米の大手アパレルメーカーの商品が発見されたことからファストファッションと呼ばれるビジネスモデルにさえも疑惑の目が向けられる。

この事件により、発展途上国の安い労働力を利用した日本を含む欧米先進国の「搾取の構造」があるとも報道されたのである。


■海外アパレルメーカーの対応、欧州と北米の違い

事件後、ヨーロッパ勢と北米勢はそれぞれ違うアクションを取った。 事故の3週間後、国際労働機関やNGOが中心となり、 バングラデシュ縫製工場の安全性確保のための国際合意「アコード(バングラデシュ火災・建物安全合意)」が創設された。日本企業からはファーストリテイリング社がアコードに参加している。北米勢はこれに参加せず、 独自の同盟「アライアンス(バングラデシュ労働者安全同盟)」を発足させる。

アコード、アライアンスでは、参加企業よりファンドを募り、独自の調査派遣チームを使って工場を検査し、必要な基準を満たすよう要求する一方でファンドによる資金補助や技術支援も行うことになった。

これにより、アコード、アライアンス合わせて2000社以上の欧米バイヤーの協力工場に調査チームが派遣されることになった。工場の構造強度、防火対策、非常階段の設置など避難経路の確保、従業員への飲み水の確保などが検査され、基準を満たすまで発注をうけることができなくなる。

一方、バングラデシュには5000を越える縫製工場が存在すると言われている。アコード、アライアンスの対象にない残りの工場については誰が見るのかという疑問もあった。

だが、政府は本気で労働災害に対して対策を取り出したようだ。地元縫製業者の話では、かつては、従業員100人以下、十台にも満たないミシンで住宅街の一室を借りて零細縫製工場を営むような業者がいた。 このような工場用の専用の建物を持たない、電気系統に問題があるなど基準を満たせない工場は廃業をしていかざるをえない状況にあるという。この事は、安全基準の強化がアコード、アライアンスの対象にある補助金がもらえる大企業と、それ以下の企業の格差を生み出す側面もでてきている。

ヨーロッパブランドの大手企業は現地事務所を構え、オーダーを管理しているが、これまでサブコントラクト(下請け)に手を焼いていた。直接の提携企業の工場は基準に合致していたとしても、その工場がキャパシティを超えた場合には発注は下請けに流れてしまう。それらの下請け工場は基準以下のところが多い。その下請け工場で事故が起きれば発注者の責任が問われてしまう。


■悲劇がもたらした改革

ところが、その下請け工場にしても急速に状況は改善してきている。コンプライアンスを守らなければオーダーを取れないというコンセンサスが縫製業者の中で確実に広まっているという。某ヨーロッパ現地事務所の従業員は、ダンピング企業が減ってこれまでよりずっと仕事がしやすくなったと発言している。一方、コストはこれまでと大きく変わっていない。コンプライアンスを守るようになったらコストとして跳ね返ってくる部分も大きいのではないかという疑問があるが、これまでは工場経営者がピンはねしていた部分が大きかったようである。他の国との競争もあるなかで、そう簡単に値上げをしていられないのだ。

事件後アコードとアライアンスの二つの制度ができたばかりでなく、ヨーロッパと北米勢では若干姿勢に違いがある。オーダーを継続しながら抜本的な対策を採るよう要求してきた ヨーロッパ勢と、まず途上国関税特恵を停止、対策の効果が見えるまでオーダーを見合わせざるをえない姿勢をとった北米勢でバングラデシュ側の印象は大いに変わった。

当然ながらヨーロッパシンパが大いに増えた。バングラデシュ側の見方では、搾取をしているのは地元の一部の悪徳資本家であり、欧米バイヤーではないという認識だ。彼らからのオーダーがなければ食べていけなくなる。北米企業はコンプライアンスを守るという自分かわいさに仕事を与えないという選択肢をとった。ヨーロッパ企業は対策を採るように要求しながらもその間の仕事についても責任をもってくれた。この違いは大きい。

バングラデシュの法律は労働法にしても建築基準法にしてもそれなりに整備されている。問題は法律があっても、だれも守ろうとしてこなかった点にある。「だってここはバングラデシュだ。(This is the Bangladesh)」が象徴的な常套句だろう。少しでも利益を上げるために、ありとあらゆる手段を尽くす。法令違反もその選択肢の一つ。管理する側の役人も袖の下を渡されれば検査に行くこともない。これが当たり前だったのだ。

しかし、1000人を超える同胞の死を見て全体の意識が変わった。目先の利益ばかりにこだわってばかりいてはならない。もう二度と悲劇を起こしてはならない。政府も経営者も自分たちは途上国という言い訳を使うことなく守るべき法律は守るのだという意識が芽生えてきた。こうした意識の芽生えと具体的な改革こそ、瓦礫に押しつぶされた労働者達の無残な死を慰める唯一の方法だろう。

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■執筆者プロフィール:田中秀喜
1975年生まれ。メーカー勤務、青年海外協力隊、JICA専門家を経てバングラデシュでコンサル業を起業。チャイナプラスワンとして注目されながらも情報の少なさから敬遠されがちなバングラデシュの情報源となるべく奮闘中。

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