中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2010年11月21日
日本にいるとイスラム教への理解というものがなかなかしにくい。インド映画ではたびたびイスラム教のことが描かれたりもするが、どちらかというとヒンドゥー対ムスリムの図式、あるいは敵国としてのパキスタンという描かれ方が多い。
この映画では普通の生活をしていたパキスタン人たちの、それぞれのイスラム教との関わり方がとても上手に描かれている。外国在住のパキスタン人、その親と娘の意識の違いや、同じ兄弟でもふとしたきっかけでタリバンの尊氏の言葉に心酔してしまい自分の意思に反して道をどんどん踏み外していく様子、911テロ 後のインド人やパキスタン人の差別などが丁寧に描かれている。内容は盛りだくさんなのだが脚本が良いせいか、見ていて話を見失うこともなかった。こうした 作品はえてして説教じみたり、どちらかが良い悪いという結論になりがちなのだが、そのような押し付けがましさもなかった。
全体的にシリアスで決して明るい映画ではない。ただ救いなのが音楽の良さ。いわゆるダンスシーンはないものの、BGM的に音楽が組み込まれている。さらに ミュージシャンだった弟の奏でるアザーンが本当に美しい。インドでもムガル帝国時代のタージ・マハルやモスクなどの建築、美しいアラビア文字などイスラム教にはすばらしい文化が存在している。にもかかわらず一部の組織により怖い、危ない宗教との認識が強くなっている。
この映画の感想を書こうと思ったのは映画の余韻も冷めぬ7月11日、以下のようなニュースを見つけたからだ。
死者100人超に=タリバンが犯行声明―パキスタン自爆テロ
実際にこの映画の主人公の一人である弟のように普通の青年がタリバンに入るケースもあるらしい。そういえばオウム真理教でも普通の、しかも高学歴な若者が 入信していたというケースは今でも記憶に残っている。テロは決して許されることではない。しかし何かのはずみで加担してしまう可能性と、ヒステリックにイ スラム教が悪であるという誤認による差別の両方を認識したうえで、正しくニュースを見る目を持ちたいと思う。
無宗教の人が多い日本人だが、ある者にとって(むしろ世界の多数派か)宗教とは自分のアイデンティティそのものである。そうした宗教観の違いに加え、パキスタン人監督から見たイスラム教、アメリカ、自国の捉え方がインド映画やアメリカ映画を見る機会が多い私からするととても新鮮だった。暗いトーンの中にも わずかな希望が持てる終わり方で、後味も悪くない。
まさに映画祭向けの作品で、尊氏の説法や裁判のシーンなど、日本語字幕がないとなかなか理解しづらいが、機会があれば是非観て頂きたい良作品だ。