中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
はじめに御手洗熊猫の経歴と作品を簡単に紹介したい。
デビュー作『異想天開之瞬移魔法』が2008年6月号の『歳月・推理』に掲載されたとき、彼は大学生であった。スランプに陥った推理作家島田荘司が御手洗潔のモデルである旧友の御手洗濁に20数年前の未解決事件について相談するという始まりは、中国の島田荘司ファンには衝撃だっただろう。
その後『歳月・推理』と『推理世界』で数々の御手洗濁シリーズを発表し、2009年には『御手洗濁的流浪』という短編集を出版する。彼は作品に登場させる人物の名前を実在する日本の推理小説家から借りている場合が多く、『異想天開之瞬移魔法』冒頭の『読者への挑戦』は西村京太郎の『殺しの双曲線』の文章を引用しているなど、島田荘司だけではなく日本ミステリのフリークでもあることがわかる。
『島田流殺人事件』は島田荘司を作中で『推理小説の神』とまで崇拝する御手洗熊猫の集大成ともいえる作品でもある。『占星術殺人事件』や『斜め屋敷の犯罪』など御手洗潔シリーズの5作品を下敷きにしているものの本作のストーリーはあくまでオリジナルであり、バラバラな場所と時代に起こった奇妙な事件の数々を一つの物語に収斂させている。
作者は08年の夏から本作に着手し、同年11月には既に一次原稿を書き上げている。そして知人の推理小説家に読ませていくつかの感想を書いてもらっていた。彼らの評論を合わせると、本作には確かに細かな記述ミスやトリックの些細な矛盾が目立つものの、それをもって余りある驚くべき結末と震えるような派手なトリックが用意されているそうだ。出版を控えた今となっては彼らが危惧したミスは既に修正されているだろう。
渾身の作品を自費出版という手段で世間に広めることについて、熊猫はSNSサイト豆瓣でコメントを残している。抄訳すると、『島田流殺人事件』がどこかの出版社で印刷される見込みは薄く、次回作の『渾濁館殺人事件』はとある理由によりもっと不可能に近い。『渾濁館殺人事件』に可能性がない以上、『島田流殺人事件』で道を模索はすることはせず、自費出版という道をとる、という。
その結果、表紙の装丁まで自分の納得いくデザインにした『島田流殺人事件』はその長さから上下巻となり、現在は豆瓣で予約購入者を募り、来年初頭に淘宝で販売される予定だ。更に『推理小説の神』である島田荘司本人へ渡す手はずも整っているらしい。
この小説が中国の書店に並ぶ日はおそらく来ない。しかし、日本ならばどうかと考えてしまうのは筆者のひいきに過ぎないのだろうか。
今現在、御手洗熊猫の作品で日本語訳されたものは一作もない。だがアジアミステリリーグというWikiサイトで『島田流殺人事件』の日本語訳のあらすじを読むことができる。豆瓣に掲載されていた中国語のあらすじをサイトの管理人であるDokuta氏が作者の了承を得て、筆者と共同で翻訳したものだ。
二人とも翻訳のプロではないので作者の意図を掴み損ねている箇所もあるだろうが、ご覧になった方が中国ミステリに関心を持っていただければ幸いだ。