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内陸部の発展が沿海部の求人難を作り上げた
何氏はこの「ルイスのターニングポイント」が、現在中国で深刻化している「用工荒(求人難)」の問題の原因の1つであると指摘したのです。何氏は「中国の都市部の労働需要は衰えていないが、豊富にあったはずの農村の余剰労働力はすでに『余剰』ではなくなっている現状がある」としています。しかし何氏はこの分析で、農村の余剰労働力が「余剰」でなくなった原因を明確には説明していません。
そのかわりに何氏は、「用工荒(求人難)」の問題が深刻化しているもう1つの原因として、政府主導の新たな西部大開発プロジェクトにより、中西部地域にも多くの企業が進出し、沿海地方に出稼ぎに行かなくても中西部地域で労働雇用をまかなえるようになったことを指摘しています。
実のところ、何氏が指摘した1つ目の原因と2つ目の原因は連動しているとわたしは考えています。改革・開放以降の数十年間にわたり、四川省を始めとした内陸部の多くの農民が出稼ぎ労働者として沿海で働き、中国の経済発展に大きく貢献しました。
しかしその一方このような状況に伴い、内陸部での離婚率の増加や、両親が出稼ぎに行ってしまったあとに取り残された子どもの心身上の健康問題や生活問題など、家庭における労働者の個人のさまざまな問題が表面化していきました。家族と離れてまで仕事をするのは不本意であるというのは、多くの労働者が抱いていた本音なのでしょう。
そこへ来て近年の政府主導による西部大開発で、内陸部での企業誘致が活発化したのです。自分の住んでいる近くで仕事が見つかるならば労働者もそちらを選ぶのは自然のなりゆきとなります。
沿海部に求められる構造転換と内陸部経済の課題
かくして沿海部に出稼ぎに出る労働者が滞りがちになります。滞りがちになれば、沿海部における企業の労働力の供給が減り、需要が高まるわけですから、賃上げ圧力が高まり、沿海部の出稼ぎ労働者と経営者との間で賃上げ運動が盛んになります。その結果企業は賃上げせざるを得なくなります。
賃上げすれば、やがて沿海部の企業は労働力のコスト増大に耐え切れなくなり、工場を内陸部に移すという決断をせざるを得なくなります。
そうして内陸部にまた労働力供給の場が提供されることになり、沿海部に出る労働者がまた減るわけで、中国の現在の労働者の流れはまさに、この「悪循環」の真っ只中にいるのだということが分かります。
何氏は大企業が中西部に会社を移転している状況や、沿海部で求人難になっている状況は、いわゆる中国における経済構造の転換の過程の1つであるとし、「沿海部はすでに労働集約型の企業による経済の発展、輸出の牽引を見込めなくなっている」と指摘しています。つまり、「労働集約型の企業に頼る経済構造から脱却しない限りは、沿海部のこれからの発展は難しいだろう」というのが何氏の主張ではないかとわたしは感じました。
ただ内陸部は沿海部と違い、輸送の問題が立ちはだかっています。沿海部は「中国の工場」としてではなく、今後急速に発展する内陸部の輸送中継地点としての役割をもっと強調した戦略を立てていくべきなのでしょう。
*当記事はブログ「中国語翻訳者のつぶやき」の許可を得て転載したものです。