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カム、リタン(ལི་ཐང་理塘)県の警察は3月22日、2008年以降指名手配されていた、バタン(འབའ་ཐང་巴塘)出身のチベット人ドカル(རྡོ་དཀར་)を逮捕した。この情報は亡命チベット議会議員ケルサン・ギェルツェン氏を介し現地からもたらされたもの。
2008年にバタンのガンリ・ルンウェー・リゴル (སྒང་རི་ལུང་པའི་རི་འགོར་)と呼ばれる聖地にチベット語と漢字で書かれたチベット独立を要求する幟が立てられているのが発見され た。ドカルはこの件に関し容疑が掛けられたのを知ると、山に逃げ隠れた。
ケルサン・ギェルツェンは「ガンリ・ルンウェー・リゴル村で中国語が書けるチベット人は彼しかいなかったので、彼を犯人と断定したのだ」という。
2009年3月17日にはバタンのポグルシ(སྤོ་གུར་གཤིས་)郷に新しく建てられた警察署に爆弾が投げ込まれたという。建物にはまだ誰も勤務しておらず、負傷者もいなかった。この事件はラサで2008年3月14日に起こった大蜂起一周年の数日後に起こった。当局は別に特別の証拠が在った訳ではないが、ドカルの仕業と決めつけ、彼の指名手配を強化した。
ドカルの父親はアゴ・ツェリンといい。母親はアケルという。2人は離婚し、その後ドカルは母に連れられて北京に行き、そこで中国語を習ったという。
警察は彼の家族や親戚の家を定期的に捜査し、家を荒らし、「ドカルの逃亡を助けたら酷い目に遭わすぞ」と脅した。さらに「彼の罪はテンジン・デレック・リンポチェ(སྤྲུལ་སྐུ་བསྟན་འཛིན་བདེ་ལེགས་རིན་པོ་ཆེ་)と同じだ。死刑だ」とも言っていたという。
彼は長い間、奥深い山や森に身を隠していたが、3月22日、リタンの近くの遊牧民地区に親戚を訪ねに行く途中マジャタン(རྨ་བྱ་ཐང་)で発見され逮捕された。彼はすぐにバタンの警察に引き渡された。
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人のいない警察署での爆発が本当にはどのようなものであったのか?本当に彼が犯人なのか?何もはっきりしていない。
はっきりしている事は、彼を犯人に仕立て上げるために、彼が今激しい拷問に遭っているということだ。
参照:RFAチベット語版 RFA 英語版 Phayu.com
テンジン・デレック・リンポチェ解放キャンペーン:記事1 記事2
*当記事は4/6付ブログ「チベットNOW@ルンタ」の許可を得て転載したものです。