中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2011年04月18日
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昨年11月にトウモロコシが市場に出回りだして以来、値上がりが続いている。中華食糧ネットワークデータセンターによれば、2010年10月7日の全国におけるトウモロコシの平均買取価格は1854元/トン。それが3月17日には2014元/トンにまで上昇した。価格上昇に伴い栽培意欲は高まり、吉林、遼寧の播種面積は増加。さらには気候的には両省と比べてトウモロコシ栽培に向かない黒龍江省でも、播種面積は7300万ムーから7780万ムーに増えている。
農家の製造意欲が高まる中、それでもなお価格上昇が続くのは消費サイドに要因がある。中でもエタノールや澱粉加工(中国語は「玉米深加工」)業者が価格上昇の大きな原因と指摘されている。2010年のトウモロコシ総生産量は1.6億トン。その内、飼料用が1億500万トン、「深加工」用が5000万トン。トウモロコシの8割は飼料用だが、増加量は500万トンとそれほどの伸びを示してはいない。
一方、「深加工」は2008年の3500万トンから5000万トンへと急増している。企業は原料であるトウモロコシの確保を競っている状況だ。そのため政府の食糧備蓄用買い付けが不足する問題まで起きている。以前は華南の企業が主な買い手だったが、今年から南部への輸送に対する国の補助がなくなったことにより、主に北部の企業が買い付けの中心となった。
「深加工」企業の攻勢は、政府の奨励策を背景としたもの。過剰な食糧備蓄を消化するべく、燃料用エタノール生産が奨励されるようになった。2001年以後、国は50億元(約625億円)を投じ、エタノール燃料工場4工場を新設した。その後もトンあたり1000元(約1万2500円)ものエタノール燃料補助金や税制優遇策などが導入され、、2010年には500万トンの原料トウモロコシを必要とするまでに産業規模は急成長した。
2007年からは一転、過剰消費を抑制するべく、各種行政指導が通達されているが、過剰生産・過剰投資抑制の呼び掛けが続く一方、深加工企業が地方税収に大きく貢献していること、さまざまな利害関係を有することから調整は進まずにいる。
陳錫文・中共中央農村活動領導グループ副リーダー、同弁公室主任は、「ある程度の深加工は当然必要だ。しかし、食糧事情がひっ迫する中、これ以上深加工を増やしてはいけない。地方政府は中央の政策に従い、増加を抑えなければ」と主張している。
政府は国家備蓄の積み増し(中国語では「補空」)を計画しているが、民間資本の素早い動き(トウモロコシ買占め)に太刀打ちできず、買い付けできずにいる。以前は政府の備蓄放出による価格引き下げを恐れ、なかなか実行されなかった民間による買占め、価格のつり上げが、今やより大胆に行われるようになった。彼らは国家備蓄の減少を見透かしているのだ。
既存の食糧備蓄制度は中央政府、省、市、県の各級政府がそれぞれ管理する体制だが、今や自治体の財政赤字増加、備蓄情報の隠ぺい、市場変動に調整が追いつかないなどの要因から、政府の持つ食糧価格コントロール機能が失われつつある。
かつて朱鎔基総理は中央による垂直型管理体制を確立した。しかし、2010年以後、華糧集団、中紡集団、中糧集団などの大手国有企業が政策的買い付け・備蓄業務に参入。穀物買い付けの多元化が進んだ。
2010年夏には、以前は唯一の買い付け機構だった中国儲備糧食管理総公司と新たに参入した大手国有企業が、小麦価格を吊り上げたという問題が表面化。各企業が政府の代行買付業者という側面からより強い経営マインドを持った「食糧企業」へと転化していくにつれて、従来の役割であった政府による食糧生産・価格コントロールの力は失われていく傾向にある。(要約以上)
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【考えたこと】
旧来の中国的社会主義計画経済体制下では、政府はさまざまな物価抑制手段を有していたのが、普通の市場主義経済国家に近づくにつれ、持てるカードが減ってきているのではないか、というのが記事を読んで考えさせられた点です。
自由化されていない品目もまだ多いとはいえ、政府がこれほど配慮している食糧生産・価格の分野でも、マクロ、ミクロのコントロールがこれだけ弱体化しているのだという財経誌の指摘はとても興味深いものです。コントロールする仕組みそのものは残されている、効果を失いつつあるのかもしれません。
インフレは社会不安も引き起こしかねないがゆえに、中国政府にとっては最重要関心事の一つ。金融政策はもちろんですが、いざとなれば、先日も紹介した流通段階における補助金など経済活動に直接介入するような、かなり思い切った政策も考えられます。
インフレ云々と言っているうちは経済問題ですが、それを抑制する手段も含めた制度に踏み込んだ議論になれば、政治改革として、より積極的な派閥と保守的な派閥との駆け引きにもなりかねない問題です。ちょっと飛躍するようですが、食糧備蓄体制も政治体制につながる議論となっても不思議ではないでしょう。
また、「エタノール生産企業へ行政指導している」という公式見解と、企業と地方政府による実体経済とのずれは、「強面で強力な中央政府」という中国の外見とは違う、面従腹背の地方政府と中央政府とがせめぎ合う、複雑な中央・地方関係を示すものと言えるでしょう。
特に今年は特別な1年です。来年は中央政治リーダーの交代が控えていますが、今年は地方政府リーダーが交替を迎える時期。ゆえに各地方ではより業績重視(往々にしてGDP重視)の傾向が強まりそうです。そうした中、経済過熱を抑えたい中央政府と、目先の経済成長を確保したい地方政府との目に見えない争いは激化する予感です。
*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。