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2011年05月15日
原文:「チベット人は「定住プロジェクト」に感謝するか?」
文/ウーセル
翻訳:雲南太郎(@yuntaitai)さん
昨年チベットを訪問した米上院外交委員会職員代表団の報告書に、もう一つ検討に値する結論がある。すなわち、チベット人が「定住住宅」の恵みを受けているという点だ。「こうした膨大な住宅計画が広くチベット自治区とほかのチベット・エリアをカバーし、チベット人が全面的に感謝を示していることを代表団メ ンバーは証明できる」という。
いわゆる定住住宅は、アムドやカムにおける「生態移民」「遊牧民定住」と同様、中国当局言うところの“農民と遊牧民を現代文明の新生活に導く”「定住プロジェクト」に一つ。チベット自治区トップの張慶黎はこれを「ダライ集団との闘争で主導権を握るための重要な条件と基礎」と呼び、「共産党こそ民衆にとって真の生き菩薩だ」と自画自賛している。
*2008年8月、レゴン(青海省同仁)で撮影。まもなく入居が始まる「定住住宅」。
米中の役人はきっと聞いたことがないだろう。土と石で造られた旧居から「定住住宅」に引っ越すウツァンの農民は新しい家に特別な名前を付けている、「ペカル・ルオジュ・カンサル」。「ペカル」は直訳すると真っ白な額という意味で、福徳の利益や幸運を失うことを指す。
例えば、両親があまりにも早く亡くなると、「自分はペカルプ・チャーシャ」と言う。「ルオジュ(?)」は過去の時代に最底辺の者だけが食べていた牛の肺や腸などの内臓を指し、低級で貧しい生活の例えだ。「カンサル」は「カンパ・サルバ=新しい家」という意味だ。この民間習俗に従った新語からは、農民たちがまったく「定住住宅」に同意していないことが分かる。しかし、同意しなくて何ができるだろう?これは政府の統一的な政策で、受け入れなければいけない。
カムの遊牧民は「定住住宅」を「ラキャ・カンパ」と呼ぶ。「挙手住宅」という意味だ。「ラキャ」関連の言葉には「挙手ソーラー・クッカー」「挙手テント」などがある。「挙手」は同意を示し、同意すればこれらの物が与えられる。では、「挙手」しなければいけない対象とはなんだろうか?
共産党は「政治優先」「安定がすべてに優先する」という方針を掲げており、人々にこの方針を押しつけている。例えば、チベット自治区は大卒生を公務員として採用する場合にも「分裂(チベット独立)に反対すること」「ダライを批判すること」を条件としている。遊牧民が「定住住宅」に引っ越すには、挙手して「ダライ集団に反対する」「共産党に感謝する」ことを示さなければならない。
*2007年8月、ゴルムド(青海省格木)の新しい「生態移民」村で撮影。簡素な仏堂。
遊牧民向け「定住住宅」の第1期では、政府が1万元(約12万5000円)を支出し、移住者が1万元のローンを組む。すべてチベット式の土壁の平屋だ。第2期では、政府が1万元を支出し、移住者が1万元を払い、更に3万元(約37万4000円)のローンを組む。すべて赤い屋根の中国式鉄筋コンクリート住宅だ。全住宅に五星紅旗を飾る必要があり、飾らなければブラックリストに載せられる。
村幹部のチベット人は私に言った。「もし本当に遊牧民の生活の需要を考えるなら、『定住住宅』は冬の放牧地の近くに建てるべきだ。そうしてこそ役に立つ。村ごとに集中させるのは遊牧民にとって不便だ。政府は経済で人心を丸め込みたいんだろう。とても大きな目的だが、遊牧民にはまったく歓迎されない。」
チベットは広大で、各地の「定住プロジェクト」はそれぞれ異なる重点を持つ。中でも最もひどいものは「生態移民」モデルだ。中国当局は少し前、「この先5年間、青海省は全力で遊牧民定住プロジェクトを実施する。水と草を求めて生活していた歴史に、53万の遊牧民は別れを告げるだろう」と称し、過剰な放牧による草原減少により「生態移民」を推進しなければならないと説いている。しかし実際は、数十年にわたって続いた資源採掘こそが草原を破壊した最大の要因なのだ。
80年代中期に撮られた写真を見たことがある。外地から凄まじい勢いでやって来た移民が、まるでアリのようにマトゥ草原に群がり、懸命に金鉱を掘っている写真だ。今ではあの一帯は不毛の地に変わり果てた。金色の駿馬が駆ける草原と言われたセルタでは、金鉱の採掘が十数年続いた。徹底的に掘り尽くされた後、埋め戻しが始まったが、もう元のようには戻らない。
消えたのは黄金などの地下資源だけでない。チベット人の伝統文化と生活スタイルも草原とともに消えていった。数年前、ゴルムド郊外にある「生態移民」村を訪ねた。300戸以上もの世帯が集められた、まだ新しい村だ。そこで数人のカムパ男性と話し、この村と故郷とどちらが良いかと尋ねてみた。彼らは「もちろん故郷がいいよ。ここには草だって無いし、風が吹けば砂ぼこりだらけだ」と答えてた。それから、故郷の山の神様もあなたたちと一緒に引っ越して来たのかと問うと、彼らはうつむいて言った。「どうやって?僕らは神様を捨ててしまったんだ。僕らは牛や羊を捨ててしまったんだ……。」
2011年5月4日 北京にて
(RFA特約評論)