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温家宝の孤独な戦い=政治改革論争の1年を振り返る―中国コラム

2011年05月28日

政治改革論争のまとめ

政治改革主張の温家宝が孤立=人民日報が批判論文掲載」で取り上げましたが、温家宝と反温家宝派の間で、政治改革をテーマに火花が散っています。このテーマについてはずいぶん長いこと放置していたので、まとめておきます。



Wen Jiabao - World Economic Forum Annual Meeting Davos 2009 / World Economic Forum


*当記事はブログ「中国という隣人」の許可を得て転載したものです。


温家宝「耀邦を再度回顧する」(人民網、2010年4月15日)

胡耀邦は1986年の旧正月、貴州省、雲南省、広西チワン族自治区の貧困地域を視察しました。党中央弁公庁副主任として温家宝も視察に同行していますが、その思い出話です。ちなみに当時、貴州省トップだった胡錦濤とも顔を合わせています。

胡耀邦は改革に重心を置きすぎだと批判され失脚しました。その後、突然の病死が天安門事件の発端となります。それだけに胡耀邦の評価はきわめて敏感な政治問題です。とはいえ、再評価の機運がなかったわけではありません。数年前には趙紫陽と一緒に失脚し政界から完全引退して久しかった胡啓立が胡耀邦を褒めちぎる論文を発表しています。

とはいえ、温家宝は現役の中国共産党の最高意志決定機関・中央政治局の常務委員です。しかも現委員9人の中で、ただ1人、胡耀邦時代に中央にいた人物なのです。その温家宝が「耀邦同志」と呼んで、親密さをアピールするのは、引退した胡啓立とは違って、リスクがありすぎるようにも思えます。しかも、失脚後にも「彼の家によく行っていた」とまで明かしているのです。

たんに昔を懐かしむ内容とはいえ、胡耀邦が学生運動に対して手ぬるいと批判され、また天安門事件の引き金になった人物である事を考えると、この記事の時点から、温家宝は政治改革を持ち出すタイミングを計っていたのでしょうか。


温家宝、深センで改革開放語る「停滞は死への道」(人民日報、2010年8月22日 )

深セン市経済特区30周年記念を祝うため、現地入りした温家宝。鄧小平の功績などを見学した後、政治改革を訴えました。

経済体制改革を推進するだけでなく、政治体制の改革も推進しなければならない。政治体制改革の保障がなければ、経済体制改革の成果も失い、近代化建設の目標も実現不可能となる。

思想の解放を続け、大胆に模索し、停滞することなく、後退することもならない。停滞と後退は30数年にわたる改革開放の成果と貴重な発展の機会を葬り去り、中国の特色ある社会主義事業を窒素させる。民族の意思に反し、最期は死に至るだけだ。

深圳という土地の歴史、そして鄧小平を利用した政治改革論争の始まり、とでも言えばいいのでしょうか。ただ、同行した汪洋・広東省党委書記は追従せず。温家宝講話に触れた発言では、汪洋が就任以来進めてきた産業構造の転換を強化せよという内容にとどまりました。
(参考リンク:広東省常務委会議を汪洋主催=温家宝深セン講話の実現を(南方都市報、2010年8月27日)


性質の異なる2つの民主を混在させる事は出来ない(光明日報、2010年9月4日)

深セン政治改革の経験がもたらした期待の中には、政府の権力区分に関する、ある種曖昧な認識、混同した概念、比べられないものをむやみに比べた盲目的な引き比べがある。原因は社会主義民主と資本主義の境界をはっきりと区別せず、西側の考え方を中国政治の発展に無理に重ねようとする事から起きている。
『光明日報』に掲載された記事ですが、明らかに温家宝提唱の政治改革に対する反論です。『光明日報』は中央宣伝部直属の新聞。そして、中央宣伝部といえば、李長春さんの管轄下にあります。誰も「西側」についてなど話していないのに、「西側の政治体制」を異常に敵視する光明日報さんであります。


「四つの重大な境界」をはっきりさせる(光明日報、2010年9月8日)

その4日後には再び『光明日報』に温家宝批判記事が掲載されました。連続攻撃であります。ちなみに中央宣伝部が出版した読本の宣伝という体裁をとっています。

記事タイトルにある「四つの重大な境界」とは以下の通り。
・マルクス主義と反マルクス主義
・基本経済制度と私有化
・中国の特色ある民主と西側の民主
・社会主義文化と陳腐な文化


温家宝のCNN独占取材分析「政治改革」歴史に名を残すためか(BBC中文網、2010年10月4日)

訪米した温家宝はCNNのインタビューに応えました。胡耀邦の評価などにも触れつつ、「政治体制の改革を保障しなければ、経済体制の改革で得た成果も失う」「民主と自由に対する人民の要求にはあらがえない」と、再度政治改革の必要性を強調しています。


中国の特色ある社会主義民主政治制度の優勢と基本的特徴(人民網、2010年10月20日)

すると、人民日報に反論記事が登場。
民主をどうやって実現するのか、どんな民主を実現するべきか。第一に、マルクス主義基本原理に従って、中国の実情に合った独自の道を歩んだ上で、中国の特色ある社会主義民主を建設する道。そしてもう一つ、全体的に西洋化し、西側の資本主義民主を中国に持ち込む道がある。

中国共産党はマルクス主義基本原理と中国革命を具体的・実践的に結びつけ、中国人民を指導し、帝国主義、封建主義と官僚資本主義の統治を打倒。労働者階級が指導し、労働者と農民が基礎となる人民民主専制国家を作った。そして、中国に初めて真の人民民主が実現したのだ。
そうかそうか。


正しい政治方向に沿って、積極的かつ穏当に政治体制改革を推進せよ(人民網、2010年10月27日)

再び人民日報。「正しい政治方向に沿って、積極的かつ穏当に政治体制改革を推進せよ」という表題の一文を5回も繰り返し、温家宝を再度攻撃。「政治体制改革の停滞などという見解は事実と合わない」と、温家宝のように改革を主張する一派は正当ではない言わんばかりの真っ向攻撃です。


◆呉邦国「5つのやらない」論

呉邦国「人民代表と西側の議員とを本質的に区別せよ」(人民網、2011年3月9日)
呉邦国「全人代と一府両院」の関係は西側の三権分立ではない(人民網、2011年3月9日)
呉邦国「三権分立、連邦制、私有化、両院制はやらない」(新華網、2011年3月10日)

(中国共産党は)マルクス主義の基本原理と中国を実際に結びつけ、自身の道を歩み、中国の特色ある社会主義を建設し、中国の特色ある社会主義の道を堅持してきた。最も重要なことは、正しい政治的方向を堅持し、国家の根本的な制度など重要な原則問題において動揺しなかった点にある。

動揺すれば、社会主義の近代化建設は語ることが出来なくなる。既に得た発展の成果も失うだろう。さらに、国家は内乱の淵に陥るかもしれない。

2011年3月10日、全国人民代表大会における呉邦国・全人代委員長の活動報告です。「多党制、指導思想の多元化、三権分立(原文では鼎立)、両院制、連邦制、私有化はやらない」という、いわゆる「五つのやらない」論を改めて明言しました。

「内乱」などという言葉があるので、当時はジャスミン革命関連の筋ばかりに気をとられてしまいましたが、上述の人民日報と並べてみると、同じ単語を使用している頻度が高いことがわかります。むしろ温家宝との関連で読み解くべきなのでしょう。あと、呉邦国は良い声ですね。


両会評論、呉報告に温総理触れず(明報、2011年3月12日)


香港紙・明報による呉邦国報告の分析です。「5つのやらない」論に対して、政治局常務委員のうち、賈慶林(全国政協主席)、李長春(メディア担当)、李克強(国務院常務副総理)、周永康(中央政法委書記)が完全に賛成したと報じています。李克強が手を挙げたというのは驚きです。なお、温家宝、賀国強(中央紀律委書記)は報告に対して態度表明は無し。


第11期全人代第4回会議記者会見(新華社、2011年3月15日)

全人代閉幕時に恒例となっている総理記者会見でのこと。米国人記者から「任期はあと2年ですが、何か残すつもりはありますか。何度も政治改革について発言されていますが」と問われた温家宝は、「最後の1日まで職務を全うする」と発言。そして、次のように述べています。

政治体制の改革は経済体制改革を保障する。政治体制の改革が無ければ、経済体制改革は不可能だし、既に得た成果も失う危険がある。


以前の発言とほぼ一緒。呉邦国もそうですが、同じ言い回しを何度も使うのが特徴です。


温総理、呉康民と会見=行政長官人選語る(成報、2011年4月28日 )

タイトルとは異なり、目玉は温家宝が「政治改革を困難にしている「2つの勢力」を批判したことにあります。2つの勢力とは、「封建時代の残滓と文革の残滓」であり、「この勢力の一部は真実を語らず好んで嘘を言う」と語ったと報じらています。すなわち紅い活動にまっしぐらの太子党と、呉邦国のような人間を指しています。
(関連記事「政局に不穏な空気=メディアは温家宝発言を“無視”、反論のみ報道―中国コラム」KINBRICKS NOW、2011年5月7日)

ところが、この温家宝発言を中国国内メディアは報じていません。それなのに反論ばかりが取り上げられるというありさま。この状況から判断するに、温家宝ら改革主張派が劣勢なのは否めません。


◆人民日報に載った「温家宝寄り」記事

寛容な心で「異なった思考」に対処せよ(人民網、2011年4月28日 )
喧騒の中に埋もれている声に耳を傾けよ(人民網、2011年5月26日)

バランスを取るためなのでしょうか、人民日報もときおり路線対立を匂わせる文章を発表しています。改革反対派が多数なのは間違いありませんが、温家宝に全く味方がいないわけでもなさそうです。削除攻勢に遭わず、転載されている点から見ても、メディアが完全に宣伝部に抑えられているわけでもなさそう。じゃあ誰が宣伝部に歯向かっているのだと聞かれても困りますが……。

現段階では温家宝がなぜ政治改革を唱えているのか、どこまで本気なのか、よくわからない状況です。あるいは、全人代で記者に尋ねられたように「遺産を残したい」だけなのかもしれません。とにかく久々に大物同士の政争です。上がった花火をみんなで見ましょう。

*当記事はブログ「中国という隣人」の許可を得て転載したものです。

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