中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2011年06月01日
■本当の発言
最近、中国本土ネットメディア(の一部)、そしてその元ネタである香港誌「鳳凰週刊」(要会員登録)2011年5月第15期は、「朱鎔基は本当はこう話していた」と大きく取り上げています。微妙な時間差があると同時に、当初伝えられていた内容との違いに驚きや違和感を覚えています。
現場にいなかった私がどちらが正しいと判断することはできないのですが、ともあれ鳳凰週刊の記事をご紹介します。事情に詳しい方からのコメントをいただければ幸いです。以下、カッコ内は朱鎔基の発言です。
■分税制攻撃は無知の所業
同報道で最も意外と思った点は「中国農民調査」について。当初ネットで伝えられていたのは、ベストセラーとなりつつも発禁とされた『中国農民調査』を朱鎔基が持ってきて、推薦したという話。ところが鳳凰週刊は、同書が朱鎔基によって推薦されたと一部学生が誤って伝えたと指摘しています。
『中国農民調査』が中国農村の貧窮した財政とそれに伴う公共サービスの劣化を分税制のためと批判したことに朱鎔基は怒りを示し、「確かに中央財政は多くを取るようになったが、交付金として大部分を地方に返している。分税制が農民を貧しくしたというのは間違いだ」「分税制を批判するのは無知だ。しかも相当な!」と反論したと言います。
(分税制とは:ざっくり言えば、朱鎔基在職中の1994年以降、総税収のうち中央財政の取り分を大幅に増やし、経済運営に対する中央のマクロコントロールを増した改革)
■社会問題めった切り
強制土地収用問題や価格高騰など問題だらけの不動産についても、「分税制のせいだというやつがいるが、地方は十分お金を持っている。住宅政策の誤りだ」「不動産からの収入は地方政府に入るが政府の予算に入らない。とんでもない見当違いだ」と一刀両断。
(強制土地収用後に土地を払い下げることで得た収入が地方政府の収入の柱となっている。これは「予算外収入」と呼ばれ、全人代なども監督できないため、浪費の元凶とされている)
また、近年の貧富の格差にも触れつつ農村義務教育の充実を訴えます。「青海省には未だに満足に給食も食べられない子どももいる。みな義務教育も終えないうちから出稼ぎに出ている」「大学も増え過ぎた。こんなにある必要ない。大学教員にまで論文を盗作しているやつがいる」とばっさり。同行した教育行政担当の劉延東・中央政治局委員に「批判は受けます」と言わせるほどの辛らつさです。
また、「中国が世界の自動車産業をリードしている?笑われるよ。世界は中国を市場だと思っているだけ」と発言し、自動車産業振興よりもまずは公共交通を整備するべきと訴えました。ちなみに2003年、国務院総理としての最後の講話も公共交通拡充をテーマとしていました。「当時から拡充に取り組んでいれば、今のような渋滞する北京はなかった」と嘆きました。
■中国本土メディアでも伝えられるようになった朱鎔基の発言
ベストセラーとなった『朱鎔基答記者問』(すでに英語版、韓国語版も出版されたとのこと)に続き、間もなく本人も編集に参加したという『朱鎔基講話実録』も出版される予定です。講演会場にして、朱鎔基自身が17年間院長を務めた清華大学経済管理学院の全卒業生に同書を贈呈すると約束したそうです。
「既に原稿は中央審査に送ったし、今の国家リーダーたちにも配った。それは中身の間違いを減らすためでもあり、また多くの人を批判しているから、せめて弁解の機会ぐらいはあげないといけないだろうから。反響はとても良い。特に批判は受けていない」「私の10年間の経験を君たちに差し上げよう。目の前の現実と見比べて、私の話がくだらないか、真実の話か、本音なのか、ぜひ読んで見極めてください」と自著を推薦しています。現役時代からストレートな発言で人気の高かった朱鎔基・前総理。近刊も楽しみです。
香港拠点の鳳凰週刊という微妙な立ち位置にあるメディアの記事とはいえ、中国本土でも活字の形で伝えられ始めた朱鎔基・前総理の発言の数々。さすがに冒頭で紹介したような過激な発言の真偽は取り上げられていないのですが、特に分税制を巡る議論は中央・地方政府関係を再考させられる、噛み砕いて考えてみるべき価値のある問題提起です。
来年の政権交代交替を控えて、政治の季節となっている2011年に、久々表舞台に登場した前総理。このニュースを、親民路線を打ち出しつつも最近は政治改革問題で「孤軍奮闘」とも伝えられる「後任」総理・温家宝はどんな思いで聞いているのでしょうか。などと思いを馳せたりして……。
■大地震に見舞われた日本人について
さて、最後に日本と東日本大震災についての言及をご紹介。教育の重要性についての訴えた際に、「これだけの損失が生じ、隣国にいる我々でさえ恐怖に怯えたのに、日本国民は慌てず礼節を保った。中国ではできないことだ。中国でこんな地震があれば大混乱になるだろう。 日本のような国民性を養うのは教育から始めなければならない。」朱鎔基前総理も日本人の対応に感心していたようです。
*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。