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【中越対立】ベトナムが「突っ張る」理由=国内事情から読み解く―北京で考えたこと

2011年06月15日

ベトナムはどうして「突っ張る」のか?―ベトナム国内事情から中越関係を見る

南沙諸島の領土問題をめぐり、急速に緊迫感を増す中越関係。ベトナム・ハノイで5年間暮らし、その後に北京に引っ越してきた自分としては気になります。

なぜベトナムは中国との対立を深めているのでしょうか?確かに中越間の歴史的感情は大きなファクターでしょう。中国に警戒感を持つベトナム人、もっとぶっちゃけてしまえば中国が嫌いなベトナム人は多いです。また、外交・国際政治的には中国の膨張、そしてそれに対抗する周辺国としての小国ベトナムという構図もあります。
(歴史的感情については、拙論「ベトナム人は中越戦争をどう見ているか?」を参照)

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*中越国境にて、両国友好を描いたもの。こんな日が実現するにはまだまだ時間がかかりそう......。

*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。

歴史的背景、さらに最新事情は多くのメディアが伝えるところですが、本エントリーでは今の緊張状態とベトナムが「一歩も引かない」背景を、この半年くらいの各種の事件を振り返りながら、ベトナム国内事情のコンテクストの中で考えてみたいと思います。

「中国の膨張とベトナムの対抗」という視点のみが語られる中、あえてベトナム国内事情から語ることで、今後を考えるヒントがあるかを探ってみましょう。

(1)【政治】新体制のベトナム共産党―――初の外交試練、最大の試練?

今年1月、ベトナムでは共産党第11回大会が開かれ、中国より1年お先に政治体制の移行が行われました。ノン・ドック・マン総書記が退任し、共産党トップにはグエン・フー・チョン氏が就任、グエン・タン・サン氏が国家主席就任(予定)、首相はグエン・タン・ズン氏が留任しました。

最低5年程度は続くであろう新しいグエン・フー・チョン体制が初めてぶつかる大きな外交問題が、今回の中国との領土問題と言えます。これまでよりも「強硬」と言われる対応を取っているベトナム政府を見る際には、この「できたて」の新しい政治体制との兼ね合いも注目されます。

新指導体制が新しい「毅然とした」外交姿勢を見せているのか、あるいは、軍の声が大きくなったことで流されてしまっているのか。中国に関する政治報道に比べ、その辺りの事情はなかなか表に出てきません。ただ、船出したばかりの新政権が新機軸を打ちだそうとしている可能性はあります。
(昨年、船出したばかりの日本民主党が、尖閣問題で新機軸を打ち出そうとしたあまり、中国人船員を逮捕してしまい、その後にっちもさっちもいかなくなってしまった……という事象を思い起こされます。)

ベトナム政府ですが、総書記・国家主席・首相という「トロイカ体制」であるとか、国会議長を加えた4人の集団指導体制だとか言われていますが、よくよく見ると共産党序列第3位は国防相のフン・クアン・タイン氏です。中国同様、軍の動きは見逃せないファクターなのです。

外交をつかさどる外務大臣であるファム・ザー・キエム氏は副首相兼任ですが、今回の党大会で政治局員から「落選した」と伝えられており、そろそろ交替が目に見えていてもう「引退モード」である中、より軍の声が大きくなり易いタイミングではありそうです。
(ファム・ザー・キエム氏落選については、拙論「中国がベトナムから学ぶこと=ベトナム共産党大会報道を読む―北京で考えたこと」を参照)


(2)【経済】経済成長を脅かすインフレ


昨年からベトナム経済は激しいインフレに見舞われています。今年5月のインフレ率が何と前年同期比19.78%増という高さ。前月比でも2.2%という高水準となりました。経済成長は続いていますが、庶民の生活は苦しくなっているようです。アジアでも一二を争うこのインフレ率が続くようでは、中国に続いて「安泰」と見られていた高度安定成長が不安定に、或いは危機に陥ることになりかねません。

通貨ベトナムドンの対米ドルレートも下落傾向にあります。銀行が20%近くの預金金利を付けざるを得ない中、ベトナム人は土地か、マンションか、金か、株かとインフレから身を守るために資産を回流させています。これだけ金利を上げられれば中小企業は本当に大変でしょうが、これだけ上げてもまだインフレがまだおさまらないとすれば、まさに異常事態です。資産を運用して防衛できる階層は良いですが、そうでない人たちの不満が高まれば……。

このような経済不安からくる社会不安がベトナムの新指導体制に不満の矛先を向けかねない
、というのもこの中越関係緊迫が続いているベトナムの現実の一つです。国民の怒りが中国にバッチリ向けられる中、多少ホッとしているベトナム経済担当大臣、官僚もいるのではないか……。国内の怒りの矛先を外に向けると言うのは今も昔もあることです。


(3)【社会】ベトナム国内の少数民族問題と中国国境


先月から表面化している北西部地域での少数民族問題も見逃せません。今回の領土問題は海上の南沙諸島ですが、中国に対する緊張感と言う意味では陸路国境もあります。中越戦争は1979年とそれほど昔のことではありません。その国境に近い地域で起きた先月のモン族の暴動は、日本ではほとんど報道されませんでしたが、新指導部には記憶に新しいところでしょう。
(少数民族問題については、拙論「なぜか日本では報じられないベトナムのHmong族暴動=最大5000人が参加か―北京で考えたこと」を参照。)

中越の陸路国境はようやく全てが確定したとされていますが、未だに国民の中には「中国に妥協したに違いない、弱腰!」「バンゾック滝が中国に取られた!」という話がまことしやかに語られるホットなイシューです。そんな国境地域の安定はベトナムにとっても引続き重要な戦略課題。

「中国に対抗するにはベトナム国民一致団結」というこれまた外敵を用いて内憂を収めると言う少数民族政策の意味に加え、モン族暴動鎮圧の際に動員されたベトナム軍がそのまま地域の安定を図るために駐留する際にも、今の対中緊張関係は却って好都合なのではとも……。

【今後について考えたこと】


上述した政治、経済、社会というベトナム近況3分野から中越関係の緊張感を考えると、「ベトナムがすぐには引きそうにはない」という結論になるでしょうか。ベトナムのしたたかさ、国際情勢、そして相互依存が深まる国際経済という要素を考えれば、軍事衝突のような事態にはならないとは思っていますが、それでもベトナムはもう少し「突っ張る」のではないかという気がしてなりません。

ハノイやホーチミンでの街頭デモにまで国民が立ち上がった国内情勢を考えると、ベトナム政府も安易には引けない、そういうところにまで状況は来ていると言えそうです。

*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。

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