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日本有名作家の推薦文を捏造か=推理小説史『謀殺的魅影』問題について―北京文芸日記

2011年07月22日

『謀殺的魅影』に差す黒い影

前回の記事「中国の推理小説がダメな3つの理由=島田荘司絶賛の推理小説史『謀殺的魅影』―北京文芸日記」では、80年代生まれの若手編集者・褚盟氏の著書『謀殺的魅影』を紹介しました。そのレビューでは、中国ミステリ業界が現在置かれている状況、日本や欧米から見て中国がどの程度遅れているのかという現在の位置、そしてこの現状を危惧する人間が存在することを、多少なりともお伝えできたのではと思います。

記事を「KINBRICKS NOW」に転載してもらったことにより、より多くの方々の眼に触れることとなりました。普段ならこれで終わってしまうのですが、この記事がtwitter で広がったことにより思いがけない人物の目に留まることになります。以下は道尾秀介氏のtwitterでの発言です。

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*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


@michioshusuke 道尾秀介
まったく憶えのない僕のコメントが新刊の装丁に印刷されている…!どうして僕が、見ず知らずの人の出版を大喜びしなきゃならんのだ。すごいなあ中国。なんかもう、カッコいいとさえ思えてしまう。

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*問題の『謀殺的魅影』推薦コメント。
最上部が道尾秀介氏からの祝辞となっている部分。
褚盟さんが本を出版したと聞いて、自分の本が受賞したと知ったときより嬉しくなった。

2011年直木賞受賞者 道尾秀介

こんなにも熱烈な祝福を送っている道尾秀介氏の推薦文。ご本人が書いた記憶がないというのです。つまりは捏造の可能性が出てきたのです。道尾氏の推薦文がご本人のものでないとなれば、他の推薦文も本物なのか疑わしく思えます。


■宮崎駿の中国語版『ドグラ・マグラ』への推薦文


これと似たケースをボクは見たことがあります。 それは以前、新星出版社から出た『脳髄地獄』ことドグラマグラを書店で見つけたときのこと。帯文を見るとそこにはなんと宮崎駿の言葉が!

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「私にとって日本の芸術品は3つしかない。大阪の太閤の城、黒澤明の羅生門、夢野久作の『ドグラ・マグラ』だ。私の『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』はそれには遠く及ばない」

宮崎駿

まさか宮崎駿がこんな発言を残しているなんて。そして夢野久作の愛読者を自称するボクが知らないなんて!感動と悔しさのあまり、本の購入に踏み切りました。しっかし、その後いくら調べても、肝心のソースが出てきません。

結局、この帯文はボクの中で限りなく黒に近い灰色ということで処理することになりました。誰か真実を教えていただけないでしょうか。さて、複数の推薦文が並ぶなか、その一人である道尾秀介氏から否定発言が出ている今回の推薦コメント、その真偽はどうでしょうか。
(参考リンク:「宮崎駿監督がトンデモないCMに登場=海外有名人の写真を勝手に使いまくる中国の広告」)
*その前に補足
該当書籍『謀殺的魅影』は新星出版社の編集者・褚盟氏の手によって書かれた世界ミステリー史ですが、新星出版社から出た書籍ではありません。蘇州にある古呉軒出版社というところから出ています。

古呉軒出版社 公式サイト(中国語)

前回の記事では皆様に誤解を与えたかと思います。ご容赦ください。


■ボクが褚盟を信じた3つの理由

道尾秀介氏のツイートを見るまで、私は推薦コメントが捏造された可能性があるなどと夢にも思いませんでした。その理由を挙げますと、

(1)こんなことして何になる?


この推薦コメントは捏造かもしれません。しかし褚盟氏が中国の推理小説界に残した功績は紛れもない真実なのです。その経歴に泥を塗るような真似を一体誰がするでしょうか。だからこそボクはこの表紙に並んだ錚々たる顔ぶれを信じたのです。

(2)褚盟氏だから

彼は日中間の出版社を行き来するなかで、中国で“推理の神”と崇められる島田荘司先生をはじめとした数々の日本の著名推理小説家と親交を深めたようです。そんな彼が自分の尊敬する先生方の発言を捏造するなんて、誰が考え付くでしょうか。

(3)褚盟氏と道尾秀介先生は顔見知りだから

道尾先生は褚盟氏を「見ず知らずの人」と切り捨てていますが、面識があるはずです。ご存知ないでしょうか? こんな顔の方です。第20回鮎川哲也賞と第7回ミステリーズ!新人賞の贈呈式のときに会っているはずですよ~~~。
(写真左が道尾先生、右が褚盟氏とおもわれる) 

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写真という証拠があるから祝辞にも信憑性が出ます。しかも「自分の本が受賞したよりも嬉しい」と祝辞を送っていたので、2人がかなり親しい間柄だと思ってしまうのも無理からぬところだと思いませんか。
(*注:なお、道尾秀介先生の著作『向日葵の咲かない夏』、『カラスの親指』、『ソロモンの犬』は褚盟氏が勤める新星出版社から出版されています。参考リンク:亜東書店
 

■皆さんの助けがなければ

実はこの本には後書きが2つ存在します。 1つは前回も述べた島田荘司先生のもの。そしてもう1つは、著者である褚盟氏自身のものです。 彼の後書きの最後の部分を抄訳してみましょう。

《中略》

編集者に感謝します。同業者としてあなた方は私よりよっぽど優秀です。

最後に、この本のために後書き「推理の神”からの激励」を書いてくださった島田荘司先生にお礼を申し上げます。全くもって身に余る光栄です。

そして本書を推薦してくれた道尾秀介先生、西澤保彦、山口雅也先生、有栖川有栖先生、二階堂黎人先生、米澤穂信先生に感謝いたします。巨匠たちの助けでもっと頑張ろうという気になりました。

推理の名のもとに。


褚盟

2011年3月 北京で

締めの言葉の「以推理之名」って「推理の名のもと」の翻訳で正しいのかなぁ、とか、何で西澤保彦氏だけ先生がついていないタメ口なのか、などいろいろ気になる文章ですが、褚盟さんははっきりと先生方のおかげで頑張れたと明言しています。

でも、その一人である道尾秀介氏は祝辞を「まったく憶えがない」と断言しているのです。
(原文で作家たちに付いている呼称の「先生」は、中国語では「○○さん」という意味で使われています。しかしここでは日本語の意味の「先生」を表していると思い、敢えて翻訳しませんでした)

じゃあ褚盟さんを支えてくれた作家たちって一体誰なんでしょう。 まさかとは思いますが、この「本書を推薦してくれた道尾秀介先生(以下略)」とは、褚盟さん、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか?


■許される行為ではないが……

そうそうたる面々が並ぶ推薦文。そのうちの一人、道尾秀介氏が自分のコメントではないと発言されていることで、他の推薦文についても本当に日本から寄せられたのか大変疑わしい状況だと言えるでしょうし、もし推薦文を捏造していたのならば決して許される行為ではありません。

ただ、今回の件をもってして褚盟さんを全否定する気にはなれないのです。それは決して彼の潔白を信じているからではありません。

前回の記事でも触れたように、褚盟さんは数々の海外推理小説の翻訳出版に尽力してきた優秀な編集者。80年代生まれの若い彼がこれまで海外の作品を中国に広めるためにどれほど尽力してきたのか。中国在住のミステリーファンとしてその努力を知っている身からすると、今回の暴挙にもなにか並々ならぬ事情があったのではないだろうかと、斟酌する気持ちがあるのです。

また、島田荘司先生による後書きは間違いなく本物だと考えています。島田先生のツイッターでも新星出版社とのやりとりについては触れられています。両者を結び合う固い絆は推理小説の作家と読者の間に生まれる友情関係であり、同時に中国での推理小説普及という目的を共有するビジネスパートナーとしての信頼関係でもあります。

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*写真は島田荘司先生が本書に寄せた後書き「推理のために生きる」の末文。



■この本は羊頭狗肉なのか

前述の『脳髄地獄』に添えられた宮崎駿の帯文がたとえ偽物であっても、中身は正真正銘中国語に翻訳された『ドグラマグラ』でした。

本書も同様です。仮に著名作家陣の推薦文が捏造だったとしても、その内容は本物です。古今東西の推理小説を網羅した同書が、褚盟が大変な努力の末に生み出したものであることに違いありません。

大変な問題を抱えていることは事実ですが、この本が中国大陸の推理小説の新しい道を拓く指導書となることを信じたいと思います。そしてそう遠くない将来、よりいっそう力をつけた褚盟が編纂したミステリ大事典が出版されることを、そしてその本が知識を積んで技術を磨いた中国人推理小説家たちの推薦文で埋め尽くされることを祈ります。


*2011年7月28日追記:
道尾秀介氏のツイートによると、著者から氏に謝罪があり、出版社が独断でやったことで本人も知らなかったと言われたとのこと。事の起こりからの道尾秀介氏の発言をtogetterでまとめさせて頂きました。

Togetter - 「中国書籍『謀殺的魅影』、日本人作家の推薦文捏造問題。」

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。

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