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零細農家から大企業へ、端境期の中国農業=「豚荒」から読む中国農業―北京で考えたこと

2011年08月06日

「豚荒」から読み解く三農問題(その1:中国農業の担い手の変化)

木曜の朝、いつものように南方週末紙を買うと何と3ページにも渡る「豚荒」(中国語:猪荒)特集が掲載されていました。何も豚が不機嫌で荒れている(笑)わけではなく、電力不足は「電荒」、石炭不足は「煤荒」など、中国語ではあるモノが不足する現象を「荒」という文字で表します。最近価格が急騰する豚肉をそれに引っ掛けて「豚荒」と呼んでいるのです。

この記事ですが、たんなる豚肉問題にとどまらず、その射程はいわゆる三農問題(農業・農村・農民)に広く関わる包括的な内容です。そこで、何度かに分けてこの記事を紹介しつつ、自分が学んだ近年の中国三農問題について記していきたいと思います。今日は「変わりゆく農業の担い手」に関してです。(以下、南方週末8月4日付記事より)

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*消費者物価指数(CPI)における豚肉の比率は4%。

*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。


6月の豚肉価格が昨年同期比57%増と急騰する中、さぞ養豚農家はホクホクしているのだろうと思いきや、意外なことに四川省広漢の羅おばさんは豚舎を取り壊していた。元々は皆伝統的に数頭、十数頭の豚を飼っていたこの地域でも養豚を営む農家は少なくなっている。こういった小規模養豚(統計的には50頭以下を指す)は2000年以降、減少傾向にある。

羅おばさんに養豚を止める理由を聞くと、「だって、うちのダンナが出稼ぎに行けば月に3000元も稼げるのよ」とのこと。それだけあれば四川の農村での生活には十分だ。豚肉価格が上がったとはいえ、養豚は汚くて辛い仕事だ。飼料代やワクチン代、それに人を雇う手間賃も高くなるなどコストも上昇しているので、年に数頭育てたところで、出稼ぎでの一か月分の給料にも満たない利益しかない。今では羅おばさんの生活も楽になった。「毎日マージャンやったり、適当に遊んでいるわ。」

小規模養豚農家に変わり、増えているのは企業だ。まさに、農家世帯を単位とした伝統農業が、規模経営を基礎とする現代農業にとって代わられようとしているのだ。毎年5000万トンを超える豚肉を消費する中国、そこに儲けのチャンスがないはずがない。

最近のニュースでも、大手企業のめざましい動きが伝えられている。新希望集団は5年以内に50億元(約600億円)を投じて遼寧省で養豚養鶏事業を実施する方針だ。中糧集団は日本企業と組んで100億元単位の投資を予定している。更には不動産業界からの参入まで噂されている。
(*中糧集団と組む日本企業は、
三菱商事、伊藤ハム、米久の合同出資会社。「中国における食肉事業への資本参加に関するお知らせ」(三菱商事、2011年6月22日)を参照)

小規模農家が急速に退場していく中で、「超大規模」企業が入ってくる、中国が6000年にも渡って行ってきたビジネスモデルがついに生産力の限界にきているようだ。市場の力といい、政府の力といい、大規模養豚が伝統的小規模養豚を代替しようとしている。


【豚からみた三農……三農から「五農」へ】


今回取り上げたのは、農業の担い手の変化。農民が農業を離れ、企業が農業に入っていく中国の農村における大きな変化です。中国統計年鑑2010では2009年の農村人口率が53.41%、7.1億人が農村人口となりますが、戸籍ベースのこの数字と、出稼ぎに来る人たちの人口の動きとは大きく離れています。

畜産業でこれですから、耕種農業(特に穀物)でも状況は同じ、いやなおさら厳しいでしょう。穀物も今年は値上がりしているとはいえ、農業資材(化学肥料、農薬など)も値上がりしている以上、羅おばさんのように「もう止めたい!」と思っている人が多数かもしれません。以前、「怠け農業」のブログエントリーで紹介したような、「とりあえず一応農業やっているけどぉ~」というような離農予備軍も相当いるでしょう。
(関連記事:「「農作業?だるいッス」やる気ゼロ農民急増中?!恐怖の怠け者農法―中国農業コラム」KINBRICKS NOW、2010年12月27日)

KINBRICKS NOWの記事「繰り返されるプチバブルとその崩壊=ニンニクは暴落、豚肉はどうなる?―中国」は、「豚肉周期」と呼ばれる短期的なスパンでの豚肉価格高騰、下落について紹介しています。その要因の一つと指摘されているのが小規模養豚農家(飼育数50頭以下の養豚家。2010年末で40%が小規模養豚農家)です。彼らは価格の変化にきわめて敏感で、飼育数を劇的に変化させるのです(豚肉価格が安ければ養豚をしないという選択肢も)。その彼らがこの豚肉高騰の最中、実は着実に「退場」しつつあると記事は指摘しています。

現在の価格高騰、下落は過剰な飼育数の増加、減少が引き起こすサイクルであり、「豚肉周期」と呼ばれていますが、その裏側にはよりマクロな変化としての農業の担い手(ここでは養豚)の変化が起きているのではないかと推測させられます。

7月4日付財経誌記事は、「零細はささっと手を引いて、大手はまだゆっくり入って来ている」という農業科学院農業経済研究所の研究者のコメントを引用しています。この端境の時期が豚肉の供給不足を生み出していると指摘していますが、農業の主役が入れ替わる過程が今回の豚荒なのかもしれません。

南方週末記事でもインタビューが掲載されている新希望集団の劉永好・董事長は、「これからは三農ではなく、農業企業、そして農民専業合作社を合わせた「五農」の時代だ」と話しています。大規模化へと向かう今後の中国農業とその促進のためにつぎ込まれる多額の政府補助金。次回記事では、豚荒から見る中国農業と政府補助金の関係について考えてみたいと思います。

*当記事はブログ「北京で考えたこと」の許可を得て転載したものです。


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