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中国版「乙一」!?華文推理グランプリ入選作『灰姑娘』を読む―北京文芸日記

2011年08月09日

■歳月・推理8月号

久々に歳月・推理の話でも。

雑誌『歳月・推理』、中国本土ミステリー小説界の状況については下記記事をご参照下さい。
【中国本土ミステリの世界】中国は推理小説不毛の地じゃない!新たな才能たちの胎動を見よ(KINBRICKS NOW、2011年12月19日)


『歳月・推理8月号』

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*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


■目次

【短編】

U的悲劇/華夢陽
(Uの悲劇)

【第1回華文推理グランプリ 10号入選作】


塞班悲歌 /鄭蕓
(サイパン哀歌)

意外/ 黎家小妹
(意外)

越過毀滅之地/Spring
(壊滅した地を越えて)

【第1回華文推理グランプリ 11号入選作】

灰姑娘/反重力
(シンデレラ)

空房間/ジョン・ディクスン・カー
(空部屋)

白色醜聞/西村京太郎
(白いスキャンダル)

【推理之窓】


黄金謎題源流篇-卡尓
(黄金時代ミステリの源流-カー)

耆老納税王!西村京太郎!
(老納税王!)

世界怪奇実話之食女人肉的男人/ 牧逸馬
(世界怪奇実話・切り裂きジャック-女体を料理する男)

【推理倶楽部】

定時死亡【解答編】
(死亡確定時刻)

互動空間(MysterySpace)
(作家や編集者が紙面を使って世間話をするコーナー)

■華文推理グランプリ入選作『灰姑娘』

ボクが思う8月号の目玉は反重力氏の『灰姑娘』(灰かぶり娘、シンデレラ)だ。華文推理グランプリ11番目の入選作である。

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この華文推理グランプリ(華文推理大賞賽)について、ボクは以前「受賞作品は誌面での掲載が約束されている」と書いた。
(参照:中国語推理小説グランプリ創設=業界活性化に追い風―中国本土ミステリの世界(KINBRICKS NOW、2010年12月22日)

グランプリが終わってから受賞作品の掲載作品が始まると思っていたのだが、どうやら歳月・推理編集部の審査を通過した受賞作は順次、掲載されるというシステムのようだ。8月現在、『歳月・推理』と姉妹誌『推理世界』で合わせて13篇の入選作品が掲載されている。

グランプリが発表される前に全入選作を紹介したいと考えている。第一弾として今回は灰姑娘の取り上げてみたい。

あらすじ

子供の頃に誘拐されて5年間も家族と引き裂かれた過去を持つ、相里真(苗字が相里、名前が真。中国人)はプロファイリングを駆使して事件を捜査する腕利きの女性警官である。容姿はアニメに出てくる『巫女』のようだと形容されるが、同僚の間では『台風の目』と呼ばれ恐れられている。

相里真の言動は少女のようで、読者にのみ提示される心理描写はきわめてエキセントリックだ。物語は誘拐被害者の相里真を背景に2つの誘拐事件が順番に進行する形式だ。

第一の誘拐事件は、これまた他人に連れ去られた過去を持つ少年によるペット誘拐事件。そして立て続けに第二の事件、今度は大企業の取締役をさらった身代金目的の誘拐事件が発生する。相里真は誘拐犯の思考を読み徐々に犯人の姿を捉えていく。だが既に誘拐事件から解放されているはずの彼女自身、誘拐による忌まわしい過去に囚われたままであった。

■トラウマを持った人々の犯罪

心に傷を負った犯罪被害者であるはずの人間たちが犯罪を起こすという異常な心理が心理学の観点から解き明かされ、誘拐事件に振り回されるキャラクターの心理描写とストーリーの場面が次々転換するサスペンス色の強い展開からは、ある1つの疑念を読者の頭に生じさせる。

それは、本作のテーマが心に傷を負った人間が起こす犯罪ということであるならば、5年も誘拐されていた相里真は果たして正常な人間なのかという偏見に満ちた疑惑だ。読者の興味は誘拐事件の真犯人よりも、この女が一体どんな犯罪をやらかしているのかという暗い期待に尽きる。

主人公はプロファイリングを駆使して犯人を追い詰めるのだが、彼女が集めた証拠は全て本文の中から探し出せるので、これは相里真の洞察力が成せる業である。犯人による派手なトリックはない分、探偵の説得力のある推理が楽しめる。


■謎の挿絵

さてこのストーリー、犯人の姿が見えず死体も出てこない誘拐事件を主題にしているので、一場面をイラストにするのは挿絵画家にとっておそらくしんどかったのだろう。しかしだからと言ってこの挿絵は必要なのか?なんで本文にはビキニって書いてるのにわざわざパラオを履かせるんだよ。

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*公園で誘拐犯が用意したウサ耳を付け、ビキニを着させられる誘拐被害者の妹の図。



■中国版「乙一」


中国で兼ねてから社会問題となっている子供を狙った誘拐犯罪と、心に傷を負った人々というテーマを扱っていたら作品は如何様にでも暗く重くなるものだが、そこを娯楽作品の域に留めているのは主人公相里真の不安になるほど躁病じみた言動のおかげだ。

いわば、毒を以って毒を制すような形で猟奇的な作品背景と悪趣味さをぶつけ、後味の悪さを薄くしている。本作品を自分の浅いミステリ知識で形容するなら、非常に乙一らしい作風だった。

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余談だが、この記事を書くのに一番労力を割くのが目次作りだったりする。目次自体は雑誌に掲載されている順序に従って書けば良いだけだし、タイトルを日本語に訳す作業も直訳しさえすれば作者の意図を大きく外すことはない。

だが、欧米など海外作品となるとそうはいかない。何故なら海外作品の多くは既に日本で出版されているからだ。すでに邦題があるので、自分が勝手に中国語タイトルを訳しても邦題とは別物となってしまう。今回もカーの『空房間』の日本語タイトルを探すのに骨が折れた。まさか『空部屋』で良いとは……。

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


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