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豪華版ホームズ全集に盗作疑惑=国際的出版社のやることかと痛烈な批判―北京文芸日記

2011年09月24日

■中国で起きたホームズ全集注釈問題 その1■

久々に中国ミステリ界の話題を取り上げます。まだ結論が出ていない微妙な問題ですのであまり気乗りしないのですが、中国ミステリ界がかねてから抱えている問題点が改めて顕在化したという意味で重要な事例です。
 
そもそもの始まりは2011年7月に新星出版社から出版され、ネット通販サイト・京城商城で限定発売されている『ホームズ全集』です。「中国語で唯一注釈がついたハードカバー版ホームズ全集」と銘打たれたこのセット、全9巻で580元(約7000円)という強気な定価が付けられています。再販制がない中国では、ネット書籍は割引きされるのが基本。というわけで、現在は38%オフの354元(約4250円)というお値段になっています。

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*ネットショッピングサイト・京東商城

新星出版社が満を持して中国のミステリ界に送り出したこの意欲作に一体どんな問題が潜んでいたと言うのでしょうか。それはこの全集最大の特徴である「注釈」にありました。
 
8月21日、東方早報のコラム「上海書評」に、福爾摩斯被窃醜聞」(ホームズの盗作スキャンダル)というタイトルの辛らつな批判記事が掲載されました。作者は評論家(?)の陳一白。タイトルで辛辣な批判を加えています。 以下はその書評の抄訳です。

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


■陳一白の指摘

『福爾摩斯被窃醜聞』

『国内1のホームズ研究家』と称する劉臻が『ホームズ全集』に付けた2000余りの注釈のほとんどはレスリー・S・クリンガーの『The New Annotared Sherlock Holmes』からの盗用であり、全くの詐欺と言っても差し支えない。

(中略)全9巻の『ホームズ全集・図解本』は沈丁華、秦白桜、興仲華らを翻訳者に置き、劉臻が注釈者となっている。出版社によるとこの全集は「最も権威ある翻訳本 で……最も正確かつ流暢な翻訳」だという。劉氏は「国内随一のホームズ研究家」を名乗り、「2000余りの注釈は……ホームズの一切の謎を余すところ無く 解読している」とまで豪語している。

このキャッチコピーを読むと580元(約7000円)という定価も納得だ。とりわけこの「2000余りの注釈」という言葉には、国内で 出回っているその他の版本が色褪せてしまうだろう。

(中略)中国国内の歴史を振り返ってみよう。李欧梵の考証によれば、中国初のホームズ本は1896年に『英包探勘盗秘約案』(注:中国古代の名裁判官「包公」の英国版として「英包」と名付けたものと推測される)。梁啓超が刊行する『時務報』で3期に渡って連載された。

だが、今日までホームズ研究ブームというものは起こっていない。新星出版社のキャッチコピーが事実だとしても、劉臻氏は「国内随一のホームズ研究家」と呼ぶのはふさわしくないだろう。厳密に言えば、我が国にはこれまで「ホームズ研究家」など存在していないからだ。ただ、道を切り開こうとする手法には敬意を抱かざるを得ない。

だが、実際に『ホームズ全集』を手にとった後、、尊敬の念は軽蔑へと変 わった。ほとんどの注釈がレスリー・S・クリンガーの『The New Annotared Sherlock Holmes』からの盗用だったのだ。すべての盗作を指摘することはできないので、「ボヘミアの醜聞」を例にして、盗作問題がいかに深刻であるかを説明しよう。(後略)


■元ネタの間違いまで転用か

陳一白氏はクリンガーの英文注釈と劉臻の中国語注釈を比較し、酷似していることは一目瞭然だと指摘する。そして、

もしこの注釈文が自分で書いたものであるのならば、ここで取り上げている100年以上前 の資料の数々をどうやって見たのか、まさかイギリスやアメリカにまで行ったとでも言うのか?

と素朴な疑問を投げかけている。 更に盗作問題の確固たる証拠としてクリンガーの注釈の誤表記に言及する。
 
「ボヘミアの醜聞」に登場するランガムホテルは1865年6月10日にオープンしている。だがクリンガーはなぜか1863年6月12日オープンと誤った日付を記載している。劉臻も同様の間違いを犯しているが、彼はランガムホテルの公式サイトを見なかったのか? 

それ以外にも劉臻の盗作の証拠を列挙した陳一白はコラムの最後をこう締めくくる。

中国国際出版集団の一角を担い、海外書籍を数多く翻訳出版している 新星出版社が、大胆にもレスリー・S・クリンガーとアメリカノートン出版社(原文は美国諾頓出版公司)の著作権を大胆にも侵害した。

こんなことをして、今後は版権代理団体とどう付き合っていくつもりなのか。この件を知ったクリン ガー氏はおそらく訴訟を検討するだろうが、それにどう対応するのだろう。 


■泥仕合の始まり

さて、英語がわからない私はクリンガーの注釈の原文と劉臻の注釈を厳密に比較することはできません。ただし、パッと見では確かに似ているようにも思います。他人の注釈を参考にするならばともかく、研究の結晶である注釈をそのまま使用することは許されないことでしょう。たとえ、引用元を明らかにしていても、です。
 
陳一白の批判だけを聞くと劉臻の盗用疑惑は非常に濃厚と言えますが、しかし劉臻が偶然にもクリンガーと同じ資料を参考にしている可能性は捨て切れません。

さて、真相はどうなのでしょうか。次回は劉臻の反論、そして新星出版社と劉臻の泥仕合をお伝えします。

続編:『ホームズ全集』注釈盗作疑惑(2)=批判された注釈者が出版社に責任転嫁―北京文芸日記

*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


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