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『ホームズ全集』注釈盗作疑惑(2)=批判された注釈者が出版社に責任転嫁―北京文芸日記

2011年09月25日

■中国で起きたホームズ全集注釈問題 その2■

『ホームズ全集』注釈盗用問題第2回をお送りします。簡単に経緯をを振り返っておきますと、新星出版社から出た「豪華版ホームズ全集注釈付き」について、陳一白氏が東方早報の書評欄において「注釈はレスリー・S・クリンガー氏の著作から盗用したもの」と批判したという流れです。
(前回記事:「豪華版ホームズ全集に盗作疑惑=国際的出版社のやることかと痛烈な批判―北京文芸日記 」KINBRICKS NOW、2011年9月24日)

書評掲載からおよそ2週間が過ぎた9月4日、批判された注釈者・劉臻が東方早報に反論文を寄稿します。簡単にまとめると、「自分は引用のつもりだったし序文で明記したが、出版社がそうした部分を全部削除した」という内容です。以下に反論文の抄訳を掲載します。


A Homage to Sherlock Holmes / Bods

 
*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


対「福爾摩斯被窃醜聞」一文的回復(「ホームズの盗作スキャンダル」に対する返答)

陳一白氏の論評「ホームズの盗作スキャンダル」は、非常に強い言葉で私を攻撃したもので、人身攻撃の疑いすらある内容であった。あまりにも性急な結論で、多くの事情を理解していない。筆者はここで謹んで解説をしたい。
 
(中略)
 

・ホームズの4大注釈本

 
ホー ムズの全集を集めるのは容易であり、版本も多い。しかし支持者(シャーロキアンの意か?)にとって厳格な校勘と注釈を経た正典はまさに「バイブル」と言えよう。最初 の注釈本はクリストファー・モーリーの『シャーロック・ホームズとワトソン博士』である。同書以後、4つの注釈本が登場している。
 
1.ウィリアム・ベアリング・グールド『注釈付きシャーロック・ホームズ』
 
2.オーエン・ダドリー・エドワード『オックスフォード版シャーロック・ホームズ全集』
 
3.レスリー・S・クリンガー『シャーロック・ホームズ参考文庫』
 
4.レスリー・S・クリンガー『新注釈付きシャーロック・ホームズ全集』


・私とホームズ
 
筆者は推理小説の愛好者であり、長年、多くの推理小説を読み続けてきた。また推理小説の歴史や評論にも興味があり、2000年からは「ellry」というハンドルネームで、「推理之門」などのサイトでいくつものスレッドを作成、管理してきた。また、推理小説評論研究をテーマにしたサイト「神秘聯盟」を立ち上げた。
(注:ellryはミステリー専門誌『歳月・推理』で、ちょくちょく海外作家関連のコラムを発表している評論家。10年10月号ではホームズ特集を手がけたほか、11年3月号ではアガサ・クリスティ特集、11年10月号ではポーに関するコラムを発表しています。「ホームズ特集」号は入手しておらず、残念ながら未読。)
 
2008年、筆者は新星出版社の委託を受けて『注釈本ホームズ全集』に取りかかった。翌2009年に原稿を納品している。そして今年7月、新星出版社から『ホームズ全集・図解本』として正式に出版された。
 
陳一白氏の「ホームズの盗作スキャンダル」は、注釈盗用問題について私に矛先を向け、「完全な詐欺だ」とレッテルを貼った。
 
アマチュアの一愛好者である私は出版と版権の問題について多くを語る資格はない。また、出版前も同書の見本を読むこともなく、正式に発売されてから初めて複雑な問題を抱えていることを知った。

また、私が書いた原稿もその多くが削除されている。例えば、『ボヘミアの醜聞』では90以上あった注釈が70にまで削られている。筆者が執筆した、あるいは翻訳した関連項目の文章にはひとつも署名がついていなかった。注釈の引用元や説明を書いた序文と参考書目録までもが削除されており、注釈の形式や引用元に対する読者の理解不足を引き起こすものとなった。

もっとも海外作品の版権問題については、出版社が協議することが決まりである。私のような個人が海外の著作権者と話し合うことなどありえるだろうか?陳氏は「爆発」する対象を明らかに間違えている。

■陳一白、劉臻Q&A

反論文はまだまだ続き、ellryこと劉臻は陳一白があげた疑惑に丁寧すぎるほどの態度で答えていきます。売り言葉に買い言葉的な泥沼になっているのですが、全部翻訳するのはしんどいので、Q&A方式で掲載することにします。
 
陳:
『国内随一のホームズ研究家』ってなに?
 
劉:
これまで一度もそんな肩書きを名乗ったことがありません。新星出版社とネットショッピングサイト京東商城が勝手に付けただけです。
 
 
陳:
クリンガーの注釈本にそっくりなんだけど。
 
劉:
注釈本にはある慣例が存在します。注釈者の主な仕事は編集、整理、そして各専門家の意見や観点を収集し、注をつけることです。大 部分の注釈は注釈者本人の研究成果ではありません。クリンガーの『シャーロック・ホームズ参考文庫』にしても、基本的に他人の意見や観点を引用したもの。自分の意見を述べている箇所は少ないのです。

注釈にも一定の形式があります。ホームズ学界の研究者の意見を取り上げる際には、作者名や作品名を書きますが、事実性のある資料、例えば人物や場所や物の名前などに関しましては客観的に述べるに留まり、出所は書きません。私もおおよそのところ、慣例に従いました。
 
 
陳:
どうしてランガムホテルのオープン年月日がクリンガーと同じ間違いをしているのか?
 
劉:
この間違いはベアリング・グールドの注釈本にも見ることができます。クリンガーはおそらくベアリングの誤った注釈を使ったのでしょう。クリンガーの本には他にもベアリングの注釈と類似した箇所が数多く散見しています。

ベアリングが1967年以前に蒐集した大量のホームズ学の観点や資料があるために、クリンガーの新注釈本もそれらの観点や資料の引用を避けられなかったのです。

 
陳:
注釈に挙げている100年以上前の古い資料を見にアメリカやイギリスまで行ったの?
 
劉:
まさかそんなことを指摘されるとは思いませんでした。「The Times」に関わらず、世界的に影響力のある新聞はデータ化されて、創刊以来のバックナンバーをネットで読むことが出来ます。

盗用の重大な証拠とされた年代の誤記ですが、確かに引用元はベアリングの研究です。私は研究者である彼の名前を隠してはいません。これはウィリアム・ベアリング・グールドの推理であり、私独自の意見ではないとはっきり説明しています。


ポイントは、「客観的な事実の説明には引用元を明記する必要がないこと」「参照した注釈本は序文や参考書目録に明記していたが、出版社の判断で削られた」といったあたりでしょうか。また、問題の原因は新星出版社にあると指摘、批判の矛先をかわしています。また、ホームズ研究の事情を知らない第三者がとやかく口を出すな、と陳の指摘自体を一蹴しています。
 
しかし、この反論文にあるような新星出版社の勝手な添削が事実ならば、そもそもこの問題に声を上げるべきだったのは陳一白ではなく、劉臻自身だったように思います。


■新星出版社編集者、褚盟氏の解答

さ て話は前後しますが、もう一つの動きについてお伝えします。8月21日に批判文「ホームズの盗作スキャンダル」が公開された後、SNSサイト・豆瓣ではすぐにこの問題に関するスレッドが立ちま す。オリジナルのスレッドは既に削除されているので転載を紹介しますが、なんと渦中の新星出版社の編集者である褚盟が降臨、質問に答えています。

HD612:
新星はレスリー・S・クリンガーの注釈本の著作権を買っていないだろうな。で、ellryが付けた注釈と原文の注釈を分けなかったためにこんなことになった……というのが個人的な推測。
 
褚盟:
買っていないと思う。ellryの注釈と原文とを分けてもいないし、また引用についての注記もない。「著作権法について新星は理解していない」と思っているわけじゃないだけどね。私自身、この版本と他のモノになにか関係があるなんてまったく知らなかった!
 
HD612:
お聞きしたいんですけど、真相はいったいどうなのでしょうか?新星とellryとの間でかわされた契約書でも見れば事情も分かるんでしょうけど。
 
褚盟:
い まはellryがどうのこうのとは言っていない。不明瞭な事情をはっきりさせるには法律による線引きが必要だ。契約書を公開するなんて不可能だが、書面には「注釈者は注釈内容に対する完全な著作権を必ず備えていなければならず、トラブルが起きた場合には内容提供者がその責を負う」という条項がある。契約書には控えがあるから、必要な時には公表する。


褚盟はこの問題に関して出版社と注釈者の責任は分けて考えるべきと言っています。ただし上記のコメントが新星出版社の見解なのか褚盟個人の意見なのかは不明です。

それにしても、他の出版社から出した自著に捏造コメントを勝手に付け加えられた褚盟が自社で起こった版権問題に悩まされるとはなんとも皮肉です。
(関連記事:「日本有名作家の推薦文を捏造か=推理小説史『謀殺的魅影』問題について―北京文芸日記」KINBRICKS NOW、2011年7月28日)
 

■褚盟氏のコメントに対する劉臻の反応

褚盟の対応で一旦は収まるはずだったこの問題ですが、ここに渦中の人物、劉臻ことellryが現れたことにより、疑惑がますます複雑かつ深刻になります。以下は褚盟のコメントに対するellryの反応です。
 
ellry(劉臻):
その1、原稿には序文と参考書目録があり、序文にはっきりわかるような形で、この注釈本は4大注釈本を底本にしていると明記し、参考書目録には多数の参考書を列挙した。しかしこの2編の文章は正式出版されたときはすっかりなくなっていた。

その2、「注釈者は注釈内容に対する完全な著作権を必ず備えていなければならず、トラブルが起きた場合には内容提供者がその責を負う」なんて規定は、契約書はない。
 
およそ2週間後、ellry(劉臻)は上記反論文を発表するわけですが、その間に新星出版社と話し合いを持ったのでしょうか。可能性は高そうですが、真偽は定かではありません。『ホームズ全集』注釈盗用問題に関して新星出版社は劉臻の反論文(9月4日)が出た後もだんまりを決め込んでいます。

真相解明にはまだまだ時間がかかりそうだ……と誰もが思う中、再び陳一白が登場します。彼の「最終宣告」は爆弾級の破壊力を持つものでした。詳しくは次回記事で。

最後に、ミステリ掲示板に書き込まれていたこの問題に関するコメントをご紹介します。
 
この陳一白は劉臻にどんな恨みがあると言うんだ


*当記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。


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