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【写真】中国現代史を飾った名艦「中山艦」の記念館がオープン=復元展示がすごい―湖北省

2011年09月28日

2011年9月26日、湖北省武漢市に中山艦博物館がオープンした。目玉は中国現代史を飾った軍艦・中山艦の展示だ。

中山艦は1910年、清朝の発注を受け三菱長崎造船所が建造した。1912年の完成時点ではすでに清朝は滅亡していたため、袁世凱の北洋政府が受領し「永豊艦」と名付けられた。1917年の第1次護法運動では孫文側に参加。1922年の第2次護法戦争でも孫文側に与し、広東省韶関市からの脱出時に乗船している。この経緯から1925年、孫文の死去後に艦名は「中山艦」と改められた。

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*画像は財新網の報道。


そして1926年には有名な中山艦事件が起きる。同艦の広州・黄埔軍官学校への回航をを口実に蒋介石は中国共産党関係者を逮捕した。事件を機に蒋介石は国民党内での地位を確立。翌年の第一次国共合作崩壊へとつながっていく。

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*画像は財新網の報道。

中国現代史に名を残した中山艦だが、1938年、日中戦争の最中に武漢市で日本軍爆撃機の攻撃により沈没した。それから約50年が過ぎた1986年、中山艦の引き上げ計画が始動する。湖北省、江蘇省、広東省の3省がこの歴史的名艦を狙って争奪戦を繰り広げたが、最終的に湖北省がゲット。1997年に引き上げに成功した。1999年から修復作業が始まり、2001年に終了。造船所に置かれていたが、ついに記念館がオープンした。

修復しないほうが味があったのではと思わないでもないが、100年前の軍艦がぴかぴかの状態で見られるというのもなかなかない体験ではある。ぜひ行ってみたいところだが、日中戦争期における日本軍の蛮行がこれでもかと展示されているはずなので、「打倒!日本鬼子」に燃える愛国人士に取り囲まれないようにだけは注意したい。


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