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【タイ大洪水】人はなぜ天災の恐怖を忘れてしまうのか?過去の大洪水を振り返る(ucci-h)

2011年10月26日

■【タイ大洪水】人は天災の恐怖を忘れてしまうのか?日泰を襲った大水害に思う■

記録作家吉村昭が1970年(昭和45年)に、三陸方面を訪ね、聞き、記した「三陸海岸大津波」という本を読んだ。

過去、明治29年(1896年)6月、昭和8年(1933年)3月と大津波の被害を経験した東北の三陸地方だが(その他にも、江戸時代以降の400年間で、15回も津波に襲われている)、その都度高い防波堤を築いたりしてきたが、「もう安心だ」は裏切られ、2011年3月の大津波は、大きな犠牲者をもたらした。

20111025_三陸海岸大津波_吉村昭
*吉村昭『三陸海岸大津波』。書影クリックでamazonページへ。

今回の東日本大震災は、死者・行方不明者2万3700余名をもたらしたが、明治29年の大津波は2万6360名、昭和8年のそれは2995名の死者を出したと言う。過去の大津波の教訓が十分生かされなかったのは残念だが、何十年に一度やってくるかもしれない災害に対し、人の心は十分に備えられないのかもしれないとも思う。


■甚大な被害をもたらした近年2度の洪水

バンコクの洪水も、近年では1983年と1995年の2回あった。その都度、地形を考えない首都の乱開発が洪水の被害を招くと言われたものだが(今回も同様だ)、今回も水が引けば、その場しのぎの策で終わってしまうかもしれない。

*当記事は2011年10月23日付ブログ「チェンマイUpdate」の許可を得て転載したものです。


もっとも、津波の襲来に比べれば、時間をかけてやってきて、津波よりは水位も低い洪水に対しては、かなりの守備防衛が図れそうだが、そこは楽天的なタイの国民性かと言ったら、叱られるだろうか。


■83、95年大洪水の被害データ

参考までに、83年と95年のバンコク洪水のデータを示しておこう


・水浸しの期間

1983年 9月から12月までの4ヶ月間
1995年 10~11月の2ヶ月間

今回も、予想される1ヶ月では水が引かないかもしれない。


・洪水の被害

1983年 バンコクの55人を含め死者400人以上 数万所帯移動 倒壊家屋1万7000戸
1995年 死者400人以上。バンコクで260万人、その他地域で168万人被災 6万所帯移動

今回も死者数は全国で300人以上となってきている。


・物的損害

1983年 バンコクの農地、果樹園4億バーツ(約9億8800万円)損害 バンコクの東部地域で20万住宅損害。バンコクの道路4億3200万バーツ(約10億7000万円)損害
1995年 26の主要道路著しく損害


・経済的損失


1983年 66億バーツ(約163億円)
1995年 数100億バーツ(100億バーツ=約247億円)

今回は、7 つの工業団地(2011年10月23日現在まで)の損害が大きい。1000億バーツ(約2470億円)を超えるか。

関連リンク:
経済的損失は5000億バーツ(バンコク週報、2011年10月24日)


■排水用水路の整備を


バンコクも灌漑用(農地給水用)の運河だけでなく、洪水排水用の水路を整備する必要があるのかもしれない。水がひたひたとバンコクの一部を浸し始めた。



関連記事:
【タイ大洪水】政府の洪水対策失敗、2つの要因=長期化する排水処理(ucci-h)(2011年10月24日)
【タイ大洪水】自然災害か人災か?ダム貯水管理体制への疑問(ucci-h)(2011年10月14日)

関連リンク:
アジア産業基地直撃のインパクトと、バンコク洪水の歴史 - 楽園づくり (~わが家のチェンマイ移住計画~、2011年10月15日)

義援金・募金情報:

タイ洪水被害への義援金・募金受付まとめ(メモノメモ)

*当記事は2011年10月23日付ブログ「チェンマイUpdate」の許可を得て転載したものです。

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