中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2011年10月31日
リアルなストーリー構成とローカル色。ミステリ小説業界は現在、中国的な小説を生み出そうと躍起になっているが、その狙いはむしろサスペンス小説方面で成功しているようだ。
2011
年4月に新星出版社から出版された『刀峰上的救贖』(刀身上の贖い)は、警察官の堅実な仕事ぶりや真に迫った犯罪現場を、精熟した筆致で描き出している。
現実社会に準拠したストーリーながら、凶悪事件の目白押しという凄惨な内容で、本当に中国が舞台なのかと驚かされる大部の作品だ。
*『刀峰上的救贖』新星出版社。
■リアルに描かれた捜査の舞台裏
北京市で、妊婦誘拐や連続強姦殺人、そして左利きを狙った殺人などの大事件が、短期間のうちに次々起こるわけだが、そこまでやってもストーリーが大味になっていないのは、事件現場の検証や検死といった舞台裏を細かく描き出しているためだろう。
相当な取材をしたのか、それとも警察関係者なのか、はたまた『CSI』や『マイアミバイス』の大ファンなのかわからないが、わざわざ検死報告まで記述しているところに、舞台裏を描写することへの貪欲さを強く感じた。
■ストーリー
第1章では、身代金目的の誘拐犯人を待ちぶせて捕まえるという、とても無事に済みそうにない場面がいきなり展開されるのだが、物語の導入としてこれ以上ないほどの迫力を持っていた。
北京の下町を身代金の受け取り場所に指定した誘拐犯を捕まえるため、主人公たち警察官が現場に張り込み厳戒態勢を敷く。犯人は元警官。警察のやり口を熟知している犯人を逃さないよう、いつでも現場を封鎖できるよう待ち構えているのだが、犯人は一向に現れない。
主人公は懸念が徐に現実になっていくのを感じる。犯人に警察の存在を教えてしまうミスを犯したのかと自問自答を繰り返す。その答えに至るまでのプロセスは中国警察の特徴と犯人の狡猾さの双方を如実に書き表していた。
犯人にばれたのは現場の近くで起きていた、くだらない喧嘩が原因だった。中国の警察は通報から5分で現場に到着しなければならないという決まりがある。それなのにいつまで経っても警察が喧嘩の仲裁に現れない。それもそのはず、大捕物のための厳戒態勢が敷かれているので、余計な介入ができなかったのだ。警察が現れないことこそが警察の存在を犯人に伝えるメッセージとなってしまった。
各章ごとに異なる人物によって引き起こされる関連性のない連続凶悪事件の数々。それが予想外の真犯人により思いもよらない形で収束するのだが、これはとんでもない伏線回収法だと驚愕した。
ただ、せっかく北京を舞台にしたローカル色のあるクライムサスペンスなのに、犯人の過去を調べるために主人公がベトナムまで飛ぶ展開はストーリー上重要とはいえ蛇足であった。
■ハリウッド映画の影響
読者の想像力を掻き立てる凶悪事件を立て続けに描写される本作からは、サスペンス系のドラマや映画などの映像作品、特にハリウッド映画の影響が垣間見える。本書にコメントを寄せたテレビ番組の司会者・張紹剛も指摘しているが、作者は小説よりも映像媒体を強く意識しているようだ。
物語の終盤、シリアルキラーの真犯人が警察の目を掻い潜り、警備をすり抜けてターゲットを護衛もろとも皆殺しにするシーンがある。警察の警備体制は事細かに記述するのに、犯人側がどうやって警察の目を欺いて手を下したのか、その顛末を省略し結果だけを書いている。
さらに真犯人が警察の厳戒態勢が敷かれている北京市で監視の目からどうやって逃れていたのかも全く書かれていない。地位も肩書きもある人物がどうやったら一日で透明な存在になれるのか、作中ではその理由を主人公の口を借りてこう説明している。
「アイツは俺たちが何に注目して何を見落としているのかお見通しなんだよ」