「中国経済は成長していないっ!経済成長率はマイナス10%だっ!」という衝撃的な記事が話題となっています。
Bank of China / Joe Hastings
■GDPマイナス10%というスーパー誤訳
その記事とは法輪功系メディア・大紀元の記事「経済学者:中国のGDPはマイナス10%」(2011年11月7日)。2ちゃんねる→まとめサイトという系列でそこそこ拡散されたようです。ですが、不思議なことに記事タイトルと概要には「中国のGDPはマイナス10%」と書いてあるのですが、研究者の講演内容パートではこの衝撃的な内容が一切触れられていないのです。
どういうことかいなと気になって、大紀元中国語版の記事「郎咸平秘密演讲全文:中共政府破产」(郎咸平の秘密講演全文=中共政府は破産している)を読んでみました(パート1、パート2、パート3)。タイトルにもマイナス10%という衝撃的なネタが書いていないですし、もちろん中にも書いてありません。
*大紀元中国語版には「講演文字起こし記事」と「解説記事」の2種類が掲載されていました。日本語版は「解説記事」を翻訳したものでした。謹んでおわびし、訂正いたします。
郎咸平教授が本当は何を言っていたかというと、
統計局が発表したデータを見ました。GDP9.1%成長だって。あほらしい。全部重複した計算です。頭が悪すぎる。9.1%成長はウソ。それからインフレ率6.2%というのもウソです。最低でも16%でしょうね。もし(公表通り)9%成長、6%インフレだったとしても、実際の成長率は3%に満たないんです。史上最低水準です。このばからしいことが見過ごされている。ま、専門家の私はだませませんけどね。で、もしインフレ率が16%だとしたら、実質成長率はどうなりますか?(9-16で)マイナス7%です。これだけ深刻なんです。
■GDPの過大評価
上記翻訳部分でのポイントは2つ。GDPの過大評価と物価(CPI)の過小評価です。
GDPの過大評価について話しているのは、中国経済ネタではよく話題となる「重複算出」の話。例えばビルを建てたとして、そのプロジェクトに注ぎ込まれた資金が隣接する地域でダブルカウントされていることがままあるのだとか。本当は100円しか動いていないのにダブルカウントで200円動いたことになっているという……。その結果、各地方ごとのGDPを足すと、国のGDPをはるかに上回るという納得のいかない状況が生まれています。
じゃあ重複カウントをのぞいた実際のGDPはいくらなの?というのが気になるところですが、それは中国政府も郎咸平教授も、誰もわからないというのが実情。少なくともマイナス10%という数字は口にしていません。
*新刊『「壁と卵」の現代中国論』が絶賛発売中の経済学者・梶谷懐さんに教えていただきました。
・もし重複計算で水増しされていたとしても、成長率算出の基準値となる前年の数値も水増しされているので、成長「率」自体は水増しされない。
・重複計算でGDPを過大に算出している一方で、国が把握できない地下経済がGDPを過小に見せかけている。差し引きすれば、公式統計はむしろ過小評価というのが専門家のコンセンサス。
■CPIの過小評価
でもって、CPIの統計もウソだと指摘しています。昨年来、中国のCPIは高水準で推移し、今春からは6%前後という高い値を記録しています。中国政府の目標値は3%以下なので、コントロールに失敗していたことは間違いありません。
とはいえ、食品価格、エネルギー価格、不動産価格が牽引しての物価上昇で、いわゆるコアコアCPI(食品価格、エネルギー価格を除外した物価)に大きな変動はないよね、というのが公式発表です。
メディアや一般ピープルからは「物価高で辛い。死ねる。6%どころじゃないだろ!政府統計のうそつき野郎め!」と罵倒の言葉が上がっており、国家統計局が統計と実感の乖離についてわざわざ説明するなどということもありました(
財経網)。
■郎咸平教授の秘密講演はどこまで信じられるの?
中国政府の統計をどこまで信じていいのか、確かに悩ましいところではありますが、郎咸平教授のいう「物価上昇率は最低でも16%」という発言も根拠レス。
個人的には「6%じゃない、16%だ!」という、「勢いで10%足してみた」ぐらいの適当発言だと考えています。上記大紀元には講演の音声データも添付されていますが(なんと4時間超!)、その話し口は漫談調。客を笑わせ、驚かせて楽しませるというスタイルです。
それでですね。郎咸平教授が口にもしていない「マイナス10%」という数字がなぜ大紀元に載ってしまったのかというと、単純なミスがあるのではないかと予想しています。
「
<名目成長率(9)>マイナス<物価上昇率(16)>=マイナス7」と郎咸平教授は言っているのに、解説記事を書いた人が「
<政府発表の物価上昇率(6)>マイナス<教授主張の物価上昇率(16)>=マイナス10」という、わけのわからない引き算にしてしまった可能性が大きいのではないでしょうか。
解説記事の大ぽかを抜きにして、郎咸平教授いうところの「マイナス7%」という数値の信憑性を考えてみても、まず物価上昇率16%という数字が根拠レスであること。さらに梶谷懐さんのご指摘によると、「中国発表の9%成長は実質成長率」とのことで、もう根本から間違いまくっています。
というわけで、
「中国経済は崩壊した!有名経済学者が暴露した!プギャー」と騒ぐにはちょっと燃料が足りないというのが結論です。
■芸能人研究者
郎咸平教授は台湾出身の経済学者。シカゴ大学など米国の大学で教鞭をとった輝かしい経歴を持ち、テレビ番組のコメンテーター、ブロガー、作家としても活躍するスター言論人です(
ウィキペディア日本語版)。超人気者の宿命なのか、盛り上がるような過激な言葉を連発する釣り師でもあります。
今回の記事でも「講演前に、予め今回の講演内容をインターネットに公開しないよう要求した。「そうしないと皆が困る。なぜならば、私が今日これから言おうとしているのは全
部本当のことだから」とか、「中国製造業は終わった!」などなど、わかりやすい盛り上げワードを連発しています。
さすが有名人という話芸の巧みさ、ではありますが、どこかで聞いたような中国経済崩壊論の寄せ集めで、かつ根拠レスというちょっぴり残念な内容です。中国経済が今、うまく行っていないのは事実ですが、しかし郎咸平教授が「真実を明かした」かと問われるとこれも疑問。結局、問題は誰も状況を把握できていない、公式統計すら激しく疑われているというその部分にこそあるのではないでしょうか。