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2011年11月19日
Red Hammer / MarcusYeagley
■広東省の大暴動は同郷会が起こした
以前、記事「現地人と出稼ぎ農民の内戦=「暴力装置」としての同郷会」で取り上げたが、今、広東省など東南沿海部で働く出稼ぎ農民たちは「同郷会」と呼ばれる組織の力を借りて、賃金未払い、待遇改善、不当解雇などの問題に立ち向かっているという。
政府に承認されていない「同郷会」は限りなくマフィアに近い地下組織だ。その機能は暴力を背景としたもので、問題が起きれば刀を片手に殴り込むことを旨としている。今年起きた広東省広州市の大暴動の影にも彼らの存在があったという。仲間が痛めつけられたことを知った「同郷会」の「打手」(暴力担当のメンバー)は刀を片手にバイクに乗って、現地に馳せ参じたという。
■民間労働組合
地下組織であるがゆえに、同郷会が表に出ることはほとんどない。社会学者など調査している人はいるようだが、政府内部報告書となっても、一般メディアが取り上げることはほとんどないのではないか。そうしたなか、雑誌『鳳凰週刊』の記事「珠江デルタ民間労働組合、動き始めた伏流」は、同郷会を含めた民間労働組合の動きについて伝えている。
ここでまず「民間労働組合」という聞き慣れない言葉について説明しておこう。世界各地に進出しながらも絶対に労働組合結成を認めないことで有名な米ウォルマートだが、中国では政府の圧力に負け、結成を認めた。だが、それは中国共産党の出先機関のような「官制労働組合」でしかない。
政府の走狗のような組合ではなく、労働者の代表が運営する「普通」の組合。政府の公認を得られていない組織が「民間労働組合」となる。
■「維権」活動家主催の組織
さて、記事では3種類の「民間労働組合」を取り上げている。第一のタイプは「『維権』活動家による組織」だ。この「維権」という言葉にはなかなかぴたりと来る日本語の訳語がなく、ケースによって「権利擁護」とか「人権擁護」とかが当てられている。
張治儒さん、湖南省湘西出身、37歳。
20年前(ということは17歳の時……)、張さんは広東省深圳市に出稼ぎに来た。当時の工場では労働者が殴られるなど日常茶飯事で、ある時など警備員に殴り殺された同僚もいたという。これはやばいと張さんは労働組合を結成することを決意。当時は企業の労働組合設立を奨励していたこともあり、深圳市労働組合主席は「よっしゃよっしゃ」と二つ返事で了解。労働組合は成立したが、張さんは速攻解雇され、設立された労働組合は水泡に帰した。
しかし、それでも張さんは「出稼ぎ農民の代弁者となる組織を作りたいんだ!」との夢を追い続け、2004年には「深圳市外来労働者協会」を結成。2011年現在は「珠江デルタ流動労働者クラブ」の設立準備を進めている。
現在の活動は、出稼ぎ労働者に対する法律指南、仕事中に負傷した労働者への労災申請助言などなど。給与未払いや待遇改善交渉の第一線にも立ちたいという希望を持っているが、「労働組合」としては未公認であることなどからなかなか実現していないという。
■「同郷会」と「兄弟会」
深圳現代社会観察研究所の劉開明所長によると、官制労働組合への期待が失われる中、「同郷会」と「兄弟会」が影響力を持つケースが増えているという。張さんの「深圳市外来労働者協会」など、「維権活動家」の組織が動員できるのはせいぜい数百人程度。だが同郷会ならば1万人以上に影響力を持つ組織も少なくない。兄弟会の規模はそれ以上だ。
同郷会は地縁のつながりを基盤とした組織。深圳で最大の同郷会は「河南幇」(河南グループ)で、専属のメンバーが400~500人。影響を受ける出稼ぎ農民の数にいたっては数万人に達するという。同郷会はオフィスを持たず、中核メンバーの住みかがすなわち本部となる。古株かどうか、腕っ節が強いかどうかで誰がボスになるかが決まる。普段は闇カジノや風俗店、レストランを経営して暮らしている。
兄弟会は一つの地域の出身者に限定されない、より巨大な相互扶助組織だ。記事中に解説はないが、「兄弟」という名前から推測できるとおり、地縁の代わりに疑似血縁関係(義兄弟)の契りを交わして結束する組織と言えるだろう。天地会やら青幇、紅幇などの秘密結社により似ていると言えるだろうか。メンバーが地縁で限定されるかされないかとの違いはあれ、活動そのものは同郷会も兄弟会も大差ないようだ。
■同郷会のマフィア化
「維権」活動家の張さんの目から見て、同郷会はマフィアに限りなく似たものでしかない。ある出稼ぎ農民が労災申請の助けを借りたいと張さんに相談してきた。張さんはあくまで合法的な解決を目指し、病院で診断書をとり、会社に賠償を要求し、拒否されれば裁判所に訴え……と手続きを踏んだ。
しかし2年が過ぎても問題は解決しない。しびれを切らした相談者は同郷会に相談したという。すると、たった1週間後には企業側は約5万元(約60万円)の賠償金を支払った。荒くれ者の同郷会メンバーが乗り込んだらすぐに解決してしまったのだ。もちろんただではない。賠償金のうち1万8000元(約21万6000円)は同郷会の取り分になった。
劉所長も同郷会のマフィア化問題を指摘している。大規模な同郷会のほとんどが風俗産業、ギャンブル、ドラッグに手を染めている。「維権」活動のエリートの参入がしなければ、同郷会はマフィアそのものになってしまうと危惧している。
■マフィア的同郷会の意味
個人的には中国における同郷会、兄弟会の広がりに大変興味を抱いている。
中国で工場を経営している日本企業も知っておいたほうがいいネタであることは間違いない。「あー、うちは四川省**県出身の労働者が多いな。地縁で集まるんだよね。仲良くていいんじゃね?」ぐらいに思っていると、後から大変な問題が降りかかってくる可能性もある。
だが、マフィア的同郷会が持つ意味はそれだけにとどまらない。労働者など一般市民が「問題解決ツールとしての暴力」を手にしつつあることを示す問題だからだ。
■中国地域社会論
中国のマフィア国家化については、亡命ジャーナリスト・何清漣『中国の闇―マフィア化する政治』が説くところ。「KINBRICKS NOW」でも、当局の意向を汲む地上げ屋の嫌がらせと暴力を中心に読者の皆様が飽き飽きするほど取り上げてきた。
(関連記事:「お金を稼いで母さんを楽にしたかった」17歳の「地上げ屋」が告白―中国)
しかし、中国社会の現状は「暴力を振るう当局、企業、マフィアなど強い人々」と「言い様に蹂躙される子羊たち」という二項対立ではない。同郷会、兄弟会のマフィア化は、弱い立場に置かれてきた人々もまた「暴力」を抵抗のツールとしつつあることを示している。
これはたんに労働争議の話だけではない。例えば、「医閙」と呼ばれる患者と病院の紛争。これにも専門の仲裁組織があり、入れ智慧をしたり暴力を提供したりと大活躍している。
日本の中国明清史研究には「地域社会論」と呼ばれるムーブメントがあった。一言で概括することは難しいが、ある社会におけるネットワークのありよう、問題解決のルートを見極めようという方向であったと言ってもさほど間違いではあるまい。そこで明らかになったのは、明清期の中国社会では交渉、裁判、陳情、そして暴力など複数の「コミュニケーション・ツール」が等価に置かれ、併用されていたという状況だった。
■暴力の復活
あるいは現代の中国社会はツールとしての「暴力」が復活しつつあるのではないか。そのようなイメージを私は抱いている。デモ、暴動、ストライキ、恫喝が裁判なり談判と等価値に置かれ、最も効果的と思われるものを選択していく社会になりつつあるのではないか、と。
もちろん中国の一般市民がすぐに暴力に訴える人々なのだというつもりはない。だが、インターネットを含め、社会には暴力という解決手段を示唆する情報にあふれ、その成功例もごまんとある。各個人が合法的手法、平和的手法ではなく、暴力を選択するに足る情報は十分にあるのだ。
この状況は為政者にとってはなはだ危険である。騒ぐこと、暴力に訴えること、注目を集めること、ともかく統治に反するすべてが、問題を抱えた個人にとって有益なリソースとなるからだ。
中国の経済が崩壊する、虐げられた人々の怒りが政権を転覆させるなどと主張するつもりは毛頭ないが、「暴力という抵抗の作法」がこれほど常態的に人々の前に差し出された自体は危険であることは間違いない。そして、こうした社会の風紀、人々の記憶を変えることは、あるいは経済成長を持続させる以上に困難なこととなるだろう。