中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2011年12月06日
北京的蓝天(建外SOHO) / 中国北京-Beijing, China
■Beijing Air
中国の大気汚染問題は今に始まったことではない。北京五輪開催時には、日本メディアを始めとする海外メディアが大々的に報道し、男子マラソン世界記録保持者(当時)のハイレ・ゲブレセラシェが欠場するという騒ぎもあった(AFP)。また北京側も首都鋼鉄をはじめとする多くの工場に操業停止を求め、国の威信を賭けて「青空」を実現するという、今、振り返ればなんともおかしなドタバタ劇が繰り広げられていた。
おそらく、その頃の「北京の大気汚染に世界が注目」状況が残した遺産が、今回の騒ぎの発端となっている。フリーライター・ふるまいよしこさんの記事「憂鬱な「空気」」(ニューズウィーク日本語版、2011年10月30日)に詳しいが、その発端とは、在北京米国大使館が運営するツイッターアカウント「BeiJing Air」だ。
1時間に1回、大使館の屋上に設置された検査機器のデータをつぶやく設定になっているのだが、「Very Unhealthy」とか、「Hazardous」とか憂鬱になるコメントまでつけてくれる。これまでに2万4000回ほどつぶやいているので、2008年からほぼ3年間、休まず運営されているのだろう。
中国当局謹製の発表では「軽微な汚染」なのに、米大使館の発表では「Hazardous」となってしまう。その違いは測定基準値に由来すると言われている。簡単に説明すると、米国が採用しているPM2.5は直径2.5μm以下の超微粒子の濃度を測定するもの。
中国当局が公式な基準値
としているPM10と比べ、粒子が小さい分、空気中の滞留時間が長く、また体内に入り込んで健康被害を起こしやすいと言われている。米国では1997年か
らPM2.5を公的な基準値として採用している。
■米大使館と中国当局の静かな口ゲンカ
北京五輪から3年、その間も水質汚染やら耕地の重金属汚染などなど、さまざまな公害、汚染問題が中国では報じられてきた。大気汚染だって例外ではないが、それらの公害問題は、一時は人々に不安をもたらしつつも、しばらくすると盛り上がりが過ぎ去るというサイクルを繰り返していたように思う。
しかし、この間も「Beijing Air」は日々黙々と記録を続け、「Very Unhealthy」「Hazardous」と嫌がらせのようなコメントをつぶやき続けていた。中国当局からは「米国大使館の立地が悪いから」「付近でビルを建てているからね」などと言い訳じみたコメントが出たこともあった(レコードチャイナ)。また2010年11月にはBeijing Airが「クレイジー」な汚染状況とつぶやき、近隣住民から抗議されたこともあった(レコードチャイナ)。
中国当局からやめてほしいと打診されたこともあったのではないかと推察するが、「Beijing Air」はずっと北京市の空気汚染状況を伝え続けていた。
■南京市の試みと挫折
「Beijing Air」の継続は力なり的つぶやきが実を結んだということだろうか。この10月以降、大気汚染問題の注目がにわかに高まっている。
11月2日には中国環境保護部が環境保護法修正案草稿を発表したが、PM2.5基準の採用は「まだ時期が熟していない」と否定している(京華時報)。11月4日には、香港英字紙サウスチャイナモーニングポストが「閣僚など高級官僚が住む中南海には超高性能空気清浄機200台が設置されているらしいぜ」などという記事を報じている(SMCP)。
そして11月15日、南京市政府のマイクロブログオフィシャルアカウントが、PM2.5の濃度についてつぶやき始めたのだ。同日には温家宝首相は空気汚染測定基準を修正する方針を示している(財新網)。これは中国環境行政の大変化か、と期待が高まったところで、中国環境保護部は「一地方が勝手にPM2.5の数値を発表するのは規則違反」だとして発表をとりやめさせた(財新網)。
そして12月4日からの北京市を覆った霧。5日正午までに北京空港では115便が運航中止となったほか、付近の高速道路は閉鎖された。まるで雲の中にいるような濃い霧は北京では珍しくないが、今回は大気汚染問題と結びつけて解釈されたようだ。
ネットショッピングモール・タオバオでは5日だけで3万枚のマスクが売れた。通常より2万枚も多かったという。その2万枚は北京市のユーザーが購入している。また空気清浄機もバカ売れして品切れとなっているほか、なるべく外出を避けようとレストランが空になったと報じられている(法制晩報、京華時報)
■中国当局と米大使館のバトル、勝敗を決めたのは北京市民
さて、冒頭で触れたウォールストリートジャーナル日本語版の記事「中国の大気汚染―「濃い霧」と主張する政府に勝った米国大使館」だが、この記事が指す勝ち負けとは、北京を覆う「霧」が果たして中国政府が言う「濃い霧」なのか、それともBeijing Airの観測値が示す汚染物質、スモッグなのかという勝負のことである。
もっとも同紙も「(中国政府の)主張は真実かもしれないが」と留保しているのだが。ただし、「オンライン上の反応を見ると、それを信じている人はほとんどいない」と中国ネット民は米大使館の主張に軍配をあげ、信頼を寄せていると指摘している。
まさにその通り。最終的に「勝負」したポイントは、中国当局と米大使館の発表、どちらを信じるかという「政府の信頼性」の問題だったはずだ。首都・北京の市民たちはマスクを買うためにドラッグストアに駆け込むという行為で、その信頼性の選挙に一票を投じた。