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中国が保有する戦略核弾頭は3000発?!日本メディアが仰々しく報じた「眉唾」話

2011年12月12日

米国の軍事専門家すら見落としていた軍事機密を大学生が暴いた!中国の戦略核弾頭保有数は従来推定の8倍、約3000発に達している可能性があるという。この限りなく「眉唾」の話を日本メディアが仰々しく報じている。


CCCP ICBM
CCCP ICBM / Nogwater


■米ロよりも多くなる?!中国の戦略核弾頭保有数

中国の核弾頭は3000発?学生暴く 推計大きく上回る可能性
MSN産経、2011年12月5日

中国が保有する戦略核弾頭数は現在推計されている数をはるかに上回り、最大で3000発にも及び、米露両核大国が現在配備している数よりも多い可能性があるとする研究結果を米国の大学生グループが発表した。研究の報告書は公開前だが、米連邦議会では公聴会が開かれ、コピーを閲覧した国防総省のアナリストたちの注目を集めている。軍拡路線を突き進む中国の秘密の核戦力が暴かれたのか。

米紙ワシントン・ポスト(WP)によると、この研究はジョージタウン大学(ワシントンDC)の学生たちが、国防総省の元高官で冷戦時代に共和党の政策スタッフとして核戦略研究に携わったフィリップ・カーバー教授(65)の指導で行ったもの。中国人民解放軍の戦略ミサイル部隊である第2砲兵部隊が掘った「地下の万里の長城」とも呼ばれる秘密のトンネル網について、363ページの報告書にまとめた。

第4次戦略兵器削減条約(START)により、米ロの戦略核弾頭保有数はそれぞれ1550発ずつに制限されることが決まった(2018年までに削減)。もし中国が3000発も持っているとすれば、一国で米ロ両国に匹敵する数となる。世界の核戦力バランスが一気にひっくり返る一大事だ。

産経以外でも、NEWSポストセブンAFP西日本新聞などの日本語報道がある。


■情報源はテレビドラマ?!

「やはり中国はとんでもない国だった……わなわな……」と震撼する前に、記事にはちょっと気になるところがある。

研究の基になる情報は、通常は中国軍関係者でなければ入手できない第2砲兵部隊が作成した400ページに及ぶマニュアル書や、インターネット検索大手グーグルの3D地図サービス「グーグル・アース」、軍事専門誌、中国のTVドラマなどから得た

という部分がそれ。「テレビドラマってなに?」と気になってしょうがない。実は産経がネタ元としているワシントンポストの記事「Georgetown students shed light on China’s tunnel system for nuclear weapons」でもこの点が激しく突っ込まれており、「テレビドラマ見て中国の戦略ミサイル部隊の話が分かるって、『24』見て米国の反テロ戦争を研究するようなもんじゃないの」というまっとうすぎるツッコミまで紹介されている。

AFP、西日本新聞はさらりと批判についても書いているが、「ネタ元はワシントンポスト」と明記している産経がその部分をばっさりカットして記事にしているのは、どうにも解せないのだが……。

産経の「はしょり」について知ったのは、Acefaceさんのツイッターつぶやきがきっかけだった。これは原文を読まなくては、と一念発起してワシントンポスト記事を読んでみると、産経とはまったく印象が違う内容だった。


■駆け抜ける青春

そもワシントンポストの記事は、「戦略核弾頭3000発を保有か?!」というネタ以上の文字数を専門家からの批判、そして学生たちの悪戦苦闘の紹介に費やしている。

研究を指揮したフィリップ・カーバー教授はアメリカ国防脅威削減局旗下の委員会に所属している。その委員会は、2008年の四川大地震で、「数千人の放射能関連専門家が被災地に向かった」という中国紙報道、さらに地震で崩れた山肌からコンクリートの破片のようなものが大量に発見されたとの情報を入手。カーバー教授に調査を命じた。

そしてカーバー教授はその任務を学生たちに放り投げたのだった。遊びたいさかりの大学生が映画を見るのも我慢して、クソつまらん中国の軍隊ドラマを見るわ、ブログや中国メディアの情報を読みあさるわ、グーグルアースとにらめっこを続けるわ、動画共有サイトで中国軍事専門家の講演を聞くわ、中国人の軍事オタも真っ青の大変な時間の浪費を続けたという。収集したデータはなんと数百GBに上る。

なんと健気な若者たちだろう、とこのあたりまで読んだ時点で目頭が熱くなってくるが、今回発表された報告書に数百GBのデータがあまり役に立っていなそうというあたりで、もはや涙腺大爆発である。役にも立たないことに突撃するのが青春だとするならば、彼らはまさに青春を謳歌したのかもしれない。


■数百GBの情報も部隊のマニュアルも不必要だった?!

記事によると、結局役に立ったのは第二砲兵部隊(ミサイル部隊)のマニュアルとドラマなんだとか。集めてきた細切れ情報がどんな意味を持つのか、ドラマを見てわかったとあっさり明かすカーバー教授はある意味大人物かもしれない。そこは隠しておいたほうが……。

ところが肝心要の戦略核弾頭保有数の推定だが、実はマニュアルともドラマとも関係ない方法で算出されているようだ。2009年の建国60周年記念日を迎えて、中国はあれやこれやと「60年間の成果」を大発表。その一つに、第二砲兵部隊の「この60年間で3000マイル(約4830キロ)ほど掘ってやりましたわい」という公式発表があった。

カーバー教授は「ミサイルを400発だと計算すると、1発あたり10キロ以上もトンネルを掘った計算になる。いくらなんでも長すぎだろ」というのを論拠としているのだ。ひょっとして、「一発あたり1マイルあれば十分なはず。3000マイル掘ったんだから、3000発や!」という大胆すぎる計算で産出された数ではないかと疑ってしまう。

tunnel mutzig
tunnel mutzig / Do u remember


■人民解放軍と穴

ちなみに、12月2日付WSJのコラム「More Tunnels, Yes. More Nukes? Not Necessarily」(もっとトンネルがある?そうだね。もっと核兵器がある?そうとは限らない)が、この報告書をぼこぼこに批判している。

3000マイルという数字がカーバー教授の報告書のキー(というかすべてかもしれない……)となっているが、「中国は敵の先制攻撃から戦力を守るために、今も必死でトンネルを掘り続けている。ミサイルも通信設備も必死で隠そうとしているので、そんなに不思議ではないんじゃないの?」というのがコラムの指摘だ。

そも中国人民解放軍は建国以来、仮想敵が米国の時代もソ連の時代もトンネルを掘り続け、防御陣地を作り続けていた軍隊である。中ソ冷戦期はソ連国境に穴を掘っては軍事拠点を作っていたばかりか、内陸部でまで穴を掘り続けていた。

以前、湖南省長沙市に住んでいたことがあるのだが、あの朱子も教えていたという聖地・岳麓山は防空壕で穴ぼこだらけとなっていた。話を聞くと、「ソ連が攻めてきたら、長江から北は占領されるじゃん。したら、長沙が前線になるじゃん。その時に備えて掘っておいた」という話だった。

国土の半分を占領されてからが勝負、という戦意の高さを褒めるべきなのかもしれないが、こんなところまで穴だらけにしているようだったら、中国全体ではどれほどの穴を掘ったのだろうと空恐ろしくなったほど。


■米大学生の青春、中国人民解放軍兵士の青春

第二砲兵部隊もちょこっとミサイルを隠せる穴から移動用のトンネルまで、各種穴ぼこを掘り続けており、それが重要任務の一つであったのだろう。さもなくば、建国60周年の晴れ舞台で、「トンネル3000マイル掘ったぞ~~~」と高らかに宣言することはなかっただろう。

ここまで書いてきて、ネット情報をかき集める米国の学生たちと、穴を掘り続ける人民解放軍の兵士の共通点が見えてきた。それは健気さ、無駄なことへの努力、すなわち青春ということかもしれない。今からでも遅くないので、日本語メディアは米中両国の青春の架け橋について報じて欲しい。

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