■レビュー:時間『苹果偵探社之詭秘案件』(アップル探偵社の不思議な事件)■*当記事は2011年12月31日付ブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の許可を得て転載したものです。
*『苹果偵探社之詭秘案件』。アマゾン中国。
タイトルに「偵探」(探偵の意)という言葉が入っているからといって、一般的な推理小説を期待してはいけない。特に中国では帯文や表紙を額面通りに受け取ると痛い目を見る。ちなみに表紙裏にはこんなキャッチコピーが書かれている。
1人は元刑事
もう1人は大企業の理事長
誰かが言った。彼らは中国のホームズとワトソンだ、と。
探偵役と助手役がそろっている作品が全て古典を踏襲しているとでも?本書の内容がいかにホームズからかけ離れたものであるか、以下でじっくりと説明したい。
■第1話 ミステリーと見せかけて……
本書は6つの短編から成り立っている。
主人公でワトソン役の李忠は大企業の理事長だったが、ある事件を機に自分を助けてくれた敏腕刑事の林立と2人で、アップル探偵社という会社を作ってしまう。1話目の【眩】はそのプロローグとなる物語だ。
ある晩、李忠は奇妙な女を見かけた。蠱惑的な魅力を放つ女は高笑いを上げながら病院に入っていく。しかしそこは李忠の重病の父親が入院する病院だった。いぶかしむ李忠の目の前でその奇妙な女は父親の呼吸器を外し、彼を殺す。更に女は李忠を弄ぶように友人の子供、果ては見ず知らずの妊婦を残酷な手口で殺していく。そして凶行は李忠の妻にも及び……。
悪夢のような惨劇。目覚めると李忠は病院のベッドにいた。目の前には傷一つ負っていない妻と林立刑事がいる。父親が何者かに殺されたことを知らされた李忠は、奇妙な女のことを証言し、他にも殺された者がいると訴える。だが、父親が死んだ以外に事件は起きていなかったという。
夢とも現実ともつかない惨たらしい殺人シーンを立て続けに見せられた挙句、その事件の存在を警察に否定されてしまった李忠は、次第に精神が崩壊していく。
すんでのところで精神病院入りになる李忠だが、林立の名推理によって助けられることになる。第1話は本書の方向性を読者に指し示す重要な一篇と言えるだろう。まさか李忠が見た「惨劇の全ては幻覚剤とマネキンによって作られていた」とは。普通のミステリを読んでいるつもりの読者には不意打ちだ。
■第2話 「ああ、サスペンスなんだ」と納得しかけた読者に不意打ち
しかし2話目の【韋村怪事】は、第1話以上の衝撃作だった。
理事長の職を辞した李忠はリハビリを兼ねて旅行に出かけ、『韋村』という名の村に泊まる。そこで全身目玉だらけの人間の死体を発見した彼は、林立を呼んで祟りがあると古くから村で恐れられている古墳を調査する。
都市部を舞台にした1話目とは異なり山村の因習や目玉だらけの人間など伝奇的なストーリーになっているが、オチの突拍子のなさは1話目以上だろう。なにせ「犯人が古墳の中で移植手術の人体実験をするマッドサイエンティスト」だからだ。
■グロ好きにはこたえられない?!
マッドサイエンティスト・成業博士は、自分の細胞を培養して作った首を移植し、自らも双頭の化け物となっている。他の研究成果には、全身に目玉を移植した男、発声器官を備えた唇が全身に張り付いた男、ちゃんと母乳を出す胸を6つも付けた女がある。女は豚の精子が受精させられており、お腹が大きくなっている。そっち系の趣味を持つ人にしたら是非とも映像化してもらいたい地獄絵図だ。
人を人とも思わない非人道的な人体実験を繰り返す成業博士は本書最高のキャラクターである。1話目を読んで本書がミステリではなくサスペンスだと悟った読者に、今度は間髪入れず変態ホラーをぶつけるという構成。全編を通して後味の悪い終わり方に作者・時間の底意地の悪さが透けて見える。
鬼畜にも劣る所業を目の当たりにし怒りを燃やす李忠と林立。2人に向かって「お前らの全身を男性器だらけにしてやろう」と言い放つ成業博士を見ると、もうこの本が書店のどのコーナーに置かれていたかなんて気にならない。
「チンコもぐぞ!」という脅し文句はよく耳にするが、「チンコ生やすぞ!」はそれにも増して恐ろしい脅迫だ。
■3話目以降
残念ながら、第3話目以降の4作はどれも2話目を凌ぐほどの意外性はない。
【死亡online】と【残酷的愛】はアイディア一辺倒の短編。中国ネットに氾濫する都市伝説といわれてもおかしくないような内容だ。最終話の【金蝴蝶謎案】は少女売春問題という現代中国の問題を取り上げて物語に幅を持たせてはいるものの、肝心のミステリ部分がわかりきった犯人をわかりきった捜査方法で暴き出しているだけと残念だった。
一番推理小説らしかったのは【紅桜桃小区殺人事件】だが、容疑者の身元を調査する手段が百度でググるだけという単純すぎるもの。気持ちを萎えさせた。
■文章力で読ませる一冊
ここまで紹介してきたとおり、総合的に見れば大したことのない短編集だったが、それでも読む手が止まらなかったのは作者の文章力がなせる技だろう。
事件の被害者や関係者を作品世界の外へ突き放すかのような救いのない結末、常人離れした犯罪を解決するほぼ無個性なホームズ役の林立という構造に注目するとミステリに関する作者のこだわりが見えてきそうだ。面白いネタが溜まったらまた続編を書いて欲しい。もちろん、プリズンブレイクした成業博士の再登場を求む。
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