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『レッド・イーグル / The Red Eagle』
*2010年製作 2011年日本公開(劇場未公開)
■往年の大ヒットシリーズをリメイク
1970年以前に当時の大スターであるミット・チャイバンチャー主演で大人気だったアクション・シリーズもの「インシー・デーン」が、SFX作品として現代に蘇った。インシー・デーンを演じるのは、現在人気絶頂のアナンダー・エバリンハム。日本でもDVD化された「心霊写真(Shutter)」<2004年>、「ミー・マイセルフ 私の彼の秘密(Me...Myself)」<2007年>などでなじみのある人もいるであろう。
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*故ミット・チャイバンチャー主演のオリジナル版。
■史上に残る大ゴケっぷり……
内容的にはものすごく突込みどころのある作品で、巨費を投じたこの作品は実は大コケしてしまっている。2010年度に初公開された作品の中で、年間のベスト50位にも入らないというていたらくぶりだ。もちろん、製作費は回収できていない。ちなみに、国内作品の中では最高のヒットとなった「アンニョン! 君の名は (Hello Stranger)」の1/10にも及ばない興行収入であった。主演にお客を呼ぶことができるアナンダー・エバリンハムを配したにもかかわらずである。
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作品を見ると、その理由はすぐに分かる。作品の完成度の問題は横に置いておくとして、最大の問題は主人公だ。正義のヒーローであるはずのインシー・デーン(「赤い鷲」という意味)だが、あまりにも残酷すぎるのだ。確かに法で守られてしまっている悪人たちを退治する正義の味方なのだが、悪人の殺し方がすごすぎる。ものすごい暴力で相手を痛めつけ、剣で腕や首を切り落とすのだ。しかも落ちた首を足でけり上げる始末。この残酷さは絶対に観客にはうけない。正義のヒーローは、もっとクリーンでなくては。この作品がこけた最大の問題点は明らかだ。
■最低の演出、悲惨な脚本
そして作品自体のできだが、これがまたいただけない。正直言って演出がへたくそで、脚本、メイン・ストーリー共に悲惨な内容となっている。キャラクター設定もよくない。昔とは違うインシー・デーンのキャラクターとしては、戦争で銃撃を受け頭(の真ん中)にその時の銃弾が残っておりときどき激痛に襲われ、モルヒネを注射して痛みを収めている。そして、このインシー・デーンがイマイチ強くない。まあ、昔のインシー・デーンもそれほど強くなかったですが。
あと、あり得ないストーリー設定が多過ぎるのも難。前述した頭の中央に銃弾が残っていたら当然生きていけないでしょう。それとか、高層ビルでそう簡単にエレベーターより早く駆けおりて待ち伏せするなんてことはできないですよね。ついでに、気絶している人間をバイクの後ろに乗せて走るなんてことも不可能です。また、インシー・デーンと悪の手先である怪物みたいなやつとビルの屋上で長々と決闘するシーンがあるのだが、刑事がその二人を車で追いかけるのです。ということは、二人は車より速く移動しながら戦っているというわけ?ちなみに、設定は二人とも人間です。あり得ませんね。
■社会派アクションがラストは勢いでコメディーに……
そして、この作品はまじめなアクション作品だったはずなのに、後半の一ヵ所だけ突然コメディーに変わってしまう。手に持ったフライパンで敵の銃撃を防ぐなんていうのは、コメディー以外の何物でもありません。調理中の料理を敵に投げつけて銃撃を防ぐシーンには完全に失笑です。
登場するキャラクターなどは、「スター・ウォーズ」の影響を受けてるというかまねてませんか?なんだか全体的に、この作品のSFX部分には「スター・ウォーズ」のムードが漂っています。ダース・ベイダー見たいのも出てきますしね。
■あざとすぎるCMもきつい
あと、スポンサーになっている会社の製品が作品中に出てくるというのはタイの映画ではよくあることですが、この作品ではあまりにも露骨です。とてもわざとらしく登場してきます。シンハ・ビールとか、バイクのスズキ、M-150ドリンクなどなど。スズキなんて、わざわざバイクのボディーについているロゴをアップにするんですよ。主人公がM-150ドリンクを自動販売機で買うシーンがあるのですが、シーンが長過ぎです。
■終わった……のっ?!
メイン・ストーリーがなかなか進まないので最後はどうやってまとめるのかと思ったら、「To Be Cotinued」の文字が画面に。ウソでしょ。「マッハ弐」のときもえっと思ったけど、この作品の方がひどいです。そういえば「スター・ウォーズ」もそうだったけど、でも一応その回の物語は終わってましたよね。
ミット・チャイバンチャーが主演したこのシリーズは、彼の事故死によって終了しています。遺作である「インシー・トーン(Insee Thong)」<1970年>のラスト・シーンで彼がヘリコプターから下がっているハシゴにぶら下がるシーンがあるのだが、その撮影の際に落下して亡くなってしまいました。今作でもそれを念頭に置いたインシー・デーンがヘリからぶら下がるシーンがポスターなどに使われていますが、本編には登場してきていません。ということは次回作で使うつもりなのでしょうが、大コケしてしまったので続きがありますかどうか。
■ウィシット・サーサナティアンの奇抜な映像もなりを潜める
監督のウィシット・サーサナティアンは、日本でもDVD化された「怪盗ブラック・タイガー(Tears of the Black Tiger)」<2000年>、「シチズン・ドッグ(Citizen Dog)」<2008年>を撮った人です。これらの作品はストーリーが?でしたが、映像は変わっていて見るべきものがありました。でも、今作はその映像も平凡でしたね。そもそもこの監督をこの作品に起用したこと自体が間違えだと思うのですが。
エバリンハムの相手役の女優であるヤーリンダー・ブンナークは、東京国際映画祭で上映された「ベスト・オブ・タイムズ(Best of Times)」<2009年>に出ていた人です。知的な美人ですよ。
■唯一評価に値するSFX
ただし、特殊効果に関しては2010年度のスパナホン賞特殊効果賞を受賞しています。ハリウッドから見れば普通のSFXの技術ですが、タイの作品としてはここまですごいSFXを見たのは初めてでこの点は評価できます。タイ映画でもできるんだぞというところを見せてくれましたね。
これほど悪いネタがそろった作品も珍しいです。これでは、ミット・チャイバンチャーの霊も休まらないでしょうね。
俳優ミット・チャイバンチャーの事故死(タイ日翻訳練習帳、2010年10月8日)
1970年10月8日、ミット・チャイバンチャーは撮影中の事故で上空90メートルのヘリから落下し、亡くなられました。テープシリン寺で行われた葬儀にはのべ30万人以上の人々が集まったとのことです。