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「集団行為論」で考える中国のストライキ頻発=IT技術と集団化(岡本)

2012年01月16日

■農民工はなぜ群衆事件を起こすのか?<岡本式中国経済論34> ■

*当記事は2012年1月14日付ブログ「岡本信広の教育研究ブログ
」の許可を得て転載したものです。

 


一昨年(2010年)あたりから、沿海地域の工場労働者のストライキが話題に上がるようになりました。象徴的なニュースはiPhoneなどの製造を手がける台湾資本「富士康」での労働者自殺、それに類するストライキでした。また農民工と政府の衝突(いわゆる群衆[群体]事件)も頻繁に発生しています。

農民工が、集団化した行動、いわゆる群衆事件(暴動やストライキ)を起こすのはなぜか、考えてみたいと思います。結論を先取りすると、市場経済での解決ができないために、組織化した交渉解決を図ろうとしていることになります。この現象は中国の市場経済化過程における避けられない必然的な現象とも捉えられると思います。


■広東省の暴動

まず昨年のニュースで衝撃的だった以下のニュースから。

中国広東省で暴動、千人以上が警察襲撃か発端は妊娠中の露天商への暴行?
MSN産経、2011年6月13日

【上海=河崎真澄】中国国営新華社通信は12日、広東省広州市郊外で11日、露天商に対する治安当局者の取り締まりが原因で騒動が起きたが、警察隊により排除されたと報じた。スーパーマーケットの店頭で露店を違法に開いていた女性に治安当局が撤去を命じたことに、周囲にいた労働者らが反発したという。この女性は身柄を拘束された。

一方、現地からの情報によると、この騒動は千人以上が加わる暴動となり、25人が警察に拘束された。露天商の女性が妊娠中にもかかわらず、治安当局者から殴る蹴るの暴行を受けて助けを求めたため、出稼ぎ農民らが警察署や警察車両を襲撃。暴動化したところに多数の警官が現れて、鎮圧された。

(中略)

中国ではこのところ、内モンゴル自治区シリンホト市や広東省潮州市、湖北省利川市などでも当局に対する大規模な抗議デモや騒乱が発生しているが、遊牧民や出稼ぎ農民ら、社会的弱者が中心になっている。

若い出稼ぎ農民はネットや携帯を使ってストライキ、2010年の抗議行動は100万件以上―中国
レコードチャイナ、2011年10月15日

2011年10月11日、香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、香港に本部を置く中国労工通訊社のデータを基に、中国の若い出稼ぎ労働者(農民工)は企業がより多くの給料を支払う能力を持っていると認識しており、インターネットや携帯電話を利用して呼びかけたストライキなどで実力行使し、目的を達成する傾向が強くなっていると報じた。14日付で環球時報が伝えた。

(中略)

同社の責任者は「若い出稼ぎ労働者の多くは故郷に戻って農業に従事する考えを持っておらず、都市部で暮らしたいとの希望を持っている。しかし都市での生活にはお金が必要で、これがストライキや抗議の原因になっている」と分析する。

同レポートによると、ストライキや抗議行動は携帯電話やインターネットを通じて呼びかけられるケースが多く、2010年に政府が仲裁や調停を受け付けた労働争議は100万件に上っている。

中国国家統計局のデータでは、出稼ぎ労働者は1億5300万人に上り、うち58.4%が「80後」と呼ばれる80年代生まれの若い世代で占められている。中国政府は今後10年間に約1億人の出稼ぎ労働者が都市部へ移住すると予測しているが、その大部分は年金や医療保険を備えていない。こうした状況について、ある政府高官は「出稼ぎ労働者は社会安定に対するある種の試練である」と表現している。(翻訳・編集/HA)


■(1)群衆(中国では「群体」)事件

農民工のみならず多くの民衆が集団になって政府と対立することがあります。これを中国では群衆事件(ストライキやデモ、暴動など)と呼びます。「市民みんなが闇金に出資する街=連鎖倒産に数千人がデモ―中国」(kinbricksnow)では、群衆事件を4つに分けています。

・烏坎事件に代表される基層政府幹部の汚職や横領、官による土地の「略奪」をきっかけとしたもの
・大連PX事件に代表される環境汚染を原因としたもの
・南京LG工場など賃上げや未払い給与を求めるもの
・そして安陽市のように闇金融(違法民間金融)で損をした住民によるもの

とあります。ここでは農民工を中心に考えたいので、上記類型ではおもに三番目の賃金関係に焦点をあてたいと思います。


■(2)新世代農民の意識の高まり

農民工がストライキや騒動を起こすのはなぜでしょうか。上記ニュースを見るかぎり、(1)農民工というだけで差別的扱いを受けている(露天商のケース)、(2)農民工の給与が不当に安い(あるいは給与や残業代の未払い)、というケースが多いと思われます。

農民工が都市で出稼ぎに来て、仕事を探します。以前は地方政府が斡旋する場合や自分の農村出身者からの情報に基づいて探す場合など、「何かしら」情報をもって工場で働く場合が普通でした。

近年は、出稼ぎ労働者の流動化と出稼ぎ者労働市場の充実にともなって、求人票と面接を通じて仕事を見つけるケースも増加しています。

また上記ニュースにもありますように、出稼ぎ労働者は1億5300万人、うち8935万人ほどが80年代生まれの若い世代です。彼らは「新世代農民工」です。学歴も高く、建築現場やサービス業などのいわゆる3K職場ではなく、近代的で清潔な工場に勤務する労働者として働くケースも増加しています。

彼らの7割は農村に戻って農業をやる気持ちはありません。一歩譲って故郷に帰るとしても地元の都市部の住民になる希望をもっています。それでも戸籍制度が邪魔をして、都市住民としての生活に憧れながらも都市住民になれないという矛盾が存在します。

これらの新世代農民は、働くということについて給与面、待遇面において都市住民と同じ境遇を求めるのはある意味当然といえるでしょう。
(関連記事:農村には帰らない農民たち=新生代農民工に関する社会調査を読む―中国


■(3)集団行為の目的

新世代農民は農業経験がなく都市部で滞留している農村戸籍をもっただけの事実上の都市住民です。

今までの農民工であれば、自分の親戚や自分の農村出身者が先に出稼ぎに出ていることが多いので、自分が就職する先の工場や職場の給与や待遇について、「情報」を持つことができます。しかし新世代農民工は、知り合いの紹介などではなく求人票に基づいて仕事を探し、就職することが増え、待遇や給与において自分が思ったものや想像したものと違うということは多々あります。就職したあとに、待遇がひどい、例えば残業代を支払わない、給与が未払いといったことに気づくことも多々あると思われます。いわゆる労働市場におけるミスマッチングです。望んでいた仕事と待遇が見合わないというケースです。

上のニュースでも、新世代農民工は先に労働市場における賃上げ圧力として集団行動をちらつかせています、つまり賃金の決定が自分の生産性と会社の評価が違うという前提に基づいています。

このように農民工は職場において労働賃金などの自分の待遇を守るために集団行動を起こすことになります。事実以下のニュースがそれを裏付けます。

「暴動やデモなど群衆行動により権利守る」との回答45%以上に=出稼ぎ労働者対象調査―広東省仏山市
レコードチャイナ、2011年9月11日

2011年9月8日、暴動やデモなど群集事件を通じて権利を守るつもりだと考えている人が45.43%に上ることが、広東省仏山市の労働組合が行った調査から判明した。「事件を大きくすれば問題は解決する」と考えている人も16.34%に上った。河南商報が伝えた。

特に権利意識が高いのは若い世代の出稼ぎ労働者だが、実際に取ることのできる権利保護の手段は極めて限られている。そのため法的なルートに頼らず、組合のような正規の団体に頼ることもせず、直接企業の上層部に掛け合ったり、いきなり群衆事件を起こすのだという。

同郷会のようなグループの影響力も大きい。1980年代生まれのある出稼ぎ労働者は、事情に明るい同郷の人に相談し、NGOを通じて残業手当の支給を勝ち取ったばかりだと語る。出稼ぎ労働者が同郷会を頼る背景には、広東省の40%の企業で組合が結成されていないことや、組合があっても加入率が60%程度にとどまっていることがある。組合の存在すら知らない人も依然として多い。また、組合の力も弱く、組合員もいつ解雇されるか分からないと不安に感じているのが実情で、組合は有名無実化している。広東省の総組合基層組合の幹部のポストですら空席のままとなっているという。(翻訳・編集/岡田)

まとめると、群衆事件を起こすのは

①未払い給与などを確実に受取る
②正当な給与水準を要求する

ためだということになります。


■(4)集団行為の理由

さて、ここでなぜ農民工が集団化するかということです。権益を守るためと答えてしまうと、そこから導かれる結論は、政府は農民工の権益を守れ、となってしまい、なんの解決にもなりません。

そこでここではもう少し深く農民工の集団化の理由を探ってみます。これをオルソンやブキャナンなどが提起した公共選択という分野から説明してみましょう。

農民工が集団化するには「費用」がかかります。経営者に賃金を支払わせようぜ、と周りの出稼ぎ農民工に声をかけ、集団化していくにしても「いや、オレいいよ、経営者に睨まれて首になったらいやだからさ」と尻込みしていく人が現れたりすると、集団化していくのは大変です。一人ひとり説得していくには時間や労力という「費用」がかかるわけです。1人が2人に、2人が3人に、たくさんの人を集団化していくに従ってどんどん費用がかかっていきます。

一方で、農民工にとって集団化することによって得られるメリットは大きくなります。とくに集団化して経営陣と話し合い、賃金が上昇したとするとその結果は集団に参加している人全員に行き渡ります。集団に参加する、もっといえば集団に名前を貸すだけで、集団行為による「外部経済」が得られます。集団の規模が小さい時は外部費用は大きいわけですが(人数が少ないと交渉を担当しないといけないかもしれない)、集団の規模が大きくなると外部費用が低下していきます。つまり集団にのっかればメリットだけ得られるというフリーライダー(タダ乗り)が可能になります。

集団規模はどれぐらいになるかというと、この集団化する費用と外部費用を足したすべての費用が小さくなるところで、決定します(図参照)。

20120115_写真_中国_群衆事件_出稼ぎ農民

現在では、ニュースでも見たようにメールなどでの呼びかけで集団化が行われます。この意味では集団化する費用は減少しています。また集団行為(群集行為)によって賃金などの成果が得られる期待が高まると、外部費用も減少します。結果、群集行為は増加するということになります。

また農民工の権益を守るために同郷会が果たす役割も無視できません。同郷会はその名の通り、自分の出身地域の人による集まりです。地縁による集団化はお互いの監視機能が働くため、集団化の費用は安いと思われます。また同郷会の幹部らが多種多様な経営者との交渉(暴力沙汰を含む)経験が多いとなると、外部費用も低下します。結果、同郷会という組織に賃金の未払いや待遇の改善をお願いしやすくなるわけです。



■(5)結論

市場経済化が進み、労働市場における情報のミスマッチが起きないと仮定します。農民工は求職する企業の待遇や賃金について情報を持っています。自分の生産性(知識や学歴)と見合った賃金であれば、働くということになりますし、安いと判断すれば働かないという選択ができます。農民工の権益を守らない企業は、農民工から無視され、労働力調達が困難になり、市場で競争していくことができなくなります。そしてこのようなブラック企業は市場から退出していきます。

ところが中国は現在、市場経済化の過程のまっただ中です。農村戸籍をもった農民工が都市で働くというのは中国経済として想定されていない事態であり、後追いで認められてきた現象です。農民工の労働市場は徐々に形成されつつある段階であり、これから市場として成熟していくことが期待されるわけです。この場合、農民工が企業を探す、働く、実際に賃金を支払ってもらうという労働サービスの提供と賃金の交換過程において問題が生じます。簡単にいえば、企業が農民工を騙すということです。

市場での労働サービスの提供と賃金の受け取りということがうまく機能しないとすれば、その執行に集団化された組織の介入余地が生まれます。市場メカニズムが働かないのであれば、第三者による集団交渉による調整メカニズムが必要になるというわけです。

中国には企業に「工会」という労働組合がありますが、いわゆる御用組合であるため、労働者とくに農民工の権益を守る機能を果たしていません。そしてネットや携帯の発達、地縁や血縁による同郷会の存在などは集団組織化の費用が安くなるため、群衆事件が起きやすくなるということになります。

将来的に農民工の労働市場が透明化されていけば、市場で解決する方が集団交渉で解決するよりも費用が安くなってくるようになります。そうすると群衆事件が減少していくことが考えられます。したがって、現在の農民工による群衆事件の頻発は、中国経済の市場経済化の一里塚といえるでしょう。

<参考文献リスト>
マンサー・オルソン(依田博・森脇俊雅訳)(1983)『集合行為論―公共財と集団理論』ミネルヴァ書房

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