■中国サスペンス小説 遺骨档案620 レビュー■*本記事はブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」の2012年2月16日付記事を許可を得て転載したものです。
■読者と距離感ゼロ!アマゾンで小説を5冊ほどまとめ買いしたことがあった。レビューの評価を参考に手当たり次第買ったは良いが、どの本が面白そうかはさっぱりわからない。そこで微博(マイクロブログ)で生の声を聞いてみることにした。5冊の画像を添付して「最初に何を読んだら良い?」と、まるで構ってちゃんのような質問をつぶやいてみた。そこで帰ってきた返答が「オレの本に決まってるじゃねぇか!!」というもの。なんと著者本人から売り込みをかけられたのだった。そんな読者との距離感ゼロな作家が書いた作品が『遺骨档案620』だ。
表紙に凡一と燕南飛の2名の名前がクレジットされているが、2人の作家による共作である。私に話しかけてくれたのは凡一の方だ。
■出来の良いサスペンスドラマのような秀逸な導入部
この本はサスペンス小説としてのつかみが秀逸である。まるで欧米サスペンスドラマの出だし数分間のよう。続きを気にさせる見せ方を意識している。
あらすじは以下のとおり。名探偵とうたわれていた刑事・陸凡一。3年前に取調室で起きた容疑者の怪死のため、警察を除籍させられた。しかもその出来事がトラウマとなって悪夢を見続けるようになり、精神病院に通院している。しかし、女性の顔を剥ぐという猟奇的な連続殺人事件をきっかけに復職することになる。
持ち前の推理能力を発揮して瞬く間に事件の核心へ迫る彼だったが、その捜査チームで女ホームズと呼ばれているもう一人の名探偵・欧陽嘉に、実は陸凡一こそが真犯人なのではないかという疑いをかけられる。疑惑を一笑に付す陸凡一は反撃とばかりに欧陽嘉の怪しい点を挙げて今度は彼女を疑い始める。
次々と明らかになっていく事実は、両者が犯人だという仮説を補強していくものばかり。陸凡一と欧陽嘉、はたしてどちらが犯人なのだろうか。それとも全く別の真犯人がいるのだろうか。
■良質のサスペンス小説だけど、ちょっと残念なことも……
名探偵同士が互いを真犯人だと指摘し、虎視眈々と証拠を掴もうとするやや突飛な構成が魅力のサスペンス小説。本書は真犯人の姿が物語後半までなかなか出てこないため、2人の主人公を敵同士にすることで一定の緊張感を保っている。事実、陸凡一が捜査に加わってから事件らしい事件は起こらないので仮想敵が必要なのだ。
死体の顔が剥ぎ取られた意味や、死体に謎の数字を刻んだ犯人の意図などが序盤に推理されてしまうことに物足りなさを感じるが、後半にそれらの推論を根底からひっくり返す新事実が明らかになる。また、3年前の事件の謎が今頃になって明らかになるなど伏線の貼り方は見事と言っていい。
物語の最高潮に達した時、謎の組織が闖入してしまう。これさえなければ良質のサスペンス小説という評価で終わっていただろう。確かに第三者の存在は早くからほのめかされてはいたものの、いきなり出てきた組織に物語の伏線を全て回収させる荒業は、魅力的な謎や伏線に作者自身が振り回されていた結果なのかもしれない。