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薄熙来事件の「推理ゲーム」に踊らされたマスコミ=「ネットのデマ」を利用した中国共産党

2012年04月14日

2012年4月11日、米国在住の亡命中国人ジャーナリスト・何清漣氏はボイスオブアメリカに薄熙来事件におけるデマについて寄稿した。

へんたいがいました
へんたいがいました / tomozo3


■独裁国家・中国のあけすけな政争


中国を支配する9人、すなわち中国共産党中央政治局常務委員。その次期メンバーの有力候補であった薄熙来が更迭されるという事件が起きた。「天安門事件以来の政変」との評価もあるこの事件について、世界各国のメディアが関心を注ぎ、日本でも関連報道であふれかえっている。

共産党の一党独裁がしかれる中国において、政治の不透明性は問題だと常々批判されている。ところがこの薄熙来事件に関しては世界各国のメディアがリーク情報を入手。これでもかというばかりに「内幕」を公開している。それだけではない。発端となった王立軍事件(薄熙来の腹心であった重慶市公安局長の王立軍が米領事館に逃げ込んだという一件)からして、ネットで第一報が報じられ、その後もこれはありえないというとびきりのネタがネットで流された後に、後に裏付けを得られるというパターンが繰り返された。

また今冬から中国では再三にわたり、ネットのデマに対する取り締まり強化が実行された。あるいはこの問題もまた薄熙来問題との関連で読み解くべきだろう。

相次ぐリーク、そしてデマ対策をどう読み解くべきか。これは現在の中国政治を読み解く上でも一考に値する問題と言えよう。在米の中国人ジャーナリスト・何清漣氏がこの問題を取り上げているので、ご紹介したい。

追記:
何清漣氏は1956年生まれの女性作家、研究者。復旦大学で経済学修士を取得した後、曁南大学での教職を経て、深圳法制報の編集者となった。1998年に『中国現代化の落とし穴―噴火口上の中国』を出版し2カ月で30万部を売る大ヒットを記録した。しかし、政府の腐敗を暴いた同書は発禁となり、何氏も当局の監視下に置かれることになる。2001年に米国に移住した。

邦訳書に『中国現代化の落とし穴―噴火口上の中国』『中国の闇―マフィア化する政治』『中国の嘘―恐るべきメディア・コントロールの実態』などがある。


■何清漣:北京が利用した「謡言」

薄熙来打倒権力闘争における「謡言」のもろ刃の剣的機能
ボイスオブアメリカ、2012年4月11日
訳:Takeuchi Jun、Chinanews 

・薄熙来の罪

情報が不透明なため、薄熙来事件は各国メディアを「推理ゲーム」に走らせてきた。新華社が4月10日に発表したニュースはこの「推理ゲーム」を一段落させるものとなった。3月中旬に中国当局が薄熙来に与えた3つの罪名のうち、温家宝が3月14日の両会閉幕記者会見で「予約」した「路線闘争」の一条だけは使われることはなかった。
(薄熙来の罪としては、汚職、刑事事件、そして共産党中央への挑戦=路線闘争の3点が示唆されている。14日の温家宝会見では路線闘争問題が匂わされたものの、その後の報道では汚職と刑事事件のみが取り扱われている。) 

薄熙来本人の問題は現在、「重大な規律違反」であり、中国共産党中央政治局委員、中央委員の任を停止された。中国共産党中央規律委員会が事件を調査している。その妻、薄谷開来(新華社の用語。谷開来の名前に夫の薄熙来の名字をくっつけた不思議な呼称)と薄熙来家の使用人・張暁軍は英国人ニール・ヘイウッド氏事件の殺人容疑で司法機関に送致された。

党内の老人達に伝わる話では、毛沢東時代の政治闘争が過度に残酷だったことから、「政治闘争は肉体を消滅させず、家族に累を及ぼさず」というルールを鄧小平が打ち立てた。よって胡耀邦や趙紫陽も天命を全うし家族も安全だったという。だが今回は違う。薄熙来の妻が「外国人殺害容疑」の重罪を着せられた。その真偽は別として、絶体絶命の境地に陥れられたことは間違いなかろう。


・各国メディアが興じた「推理ゲーム」

さて、推理ゲームが大流行した原因は、今回の権力闘争が3割方、裏が透けて見える幕の裏で演出されたことによる。この状態が全世界の中国報道関係者、中国研究者を焦らせた。情報がないというが、幕の影にうごめいている人影が見えるじゃないか。情報があるといっても、出演者が誰なのか、AがBに何を言ったのかわからないじゃないか。そういう状態で、中国特有の裏口情報がまさに大活躍。ゆえに多くの国際的メディアもまたこの推理ゲームに参加せずにはいられなかったのだ。

中国マイクロブログでも、本当の身分を明かさないユーザーが情報を流して、「世論を誘導」しようとしていた。谷開来が英国人ニール・ヘイウッド殺害事件に関連しているとの情報はこうして広まった。この情報は大メディアを魅了するものとなった。メディアはこのネタを掘り進め、ついに谷開来も薄熙来事件に巻き込むことに成功したのだった。


・薄熙来を「悪魔」に仕立て上げたリーク情報

今になって王立軍事件以来の各種の情報を振り返ると、事件の情報は海外のある中国語サイトに真っ先に出現していたことがわかる。多くのトピックはそのサイトに掲載された後に確証を得た。あるマイクロブログが発信した情報も後に事実と確認された。ただし、このようにして確認された情報の大半は薄熙来にとって不利になるものである。事ここにたってネット民たちもついに理解した。薄熙来打倒の事件において、北京は情報「リーク」を利用しているのだ、と。2011年のネット「謡言」という新潮流を主導するだけではなく、「世論の誘導」にも成功。薄熙来夫妻が密室政治に長け、人の命を奪うことを躊躇しない凶悪な人物だということを証明してみせたのだ。

薄熙来はもともと話題の人物であったが、今ではその妻・谷開来までもが、ネットの伝言ゲームによって「角の生えた悪魔」のように思われている。本来ならば、人々は権力闘争に敗れた側に同情を寄せるのが常だ。ところが今では同情など雲散霧消してしまった。

ニール・ヘイウッド関連の「謡言」に関しては、北京がリークしたものだと100%断言できる。新華社の4月10日付の記事がその証左だ。

「2月6日、王立軍がひそかに在成都米国総領事館に滞在する事件が発生した後、王立軍がもらした2011年11月15日の英国国民ニール・ヘイウッドが成都で死亡した事件について、公安機関は高度に注目している。専門の再調査チームを結成した。事実を究明する態度をもって、法に基づき再調査する。」

「警察の調査によると、薄谷開来(薄熙来同志の妻)とその息子はニール・ヘイウッドとかつて良好な関係にあった。後に経済利益問題で衝突するようになった。ニール・ヘイウッドは殺害されたが、薄谷開来と張暁軍(薄熙来家の使用人)には事件に関する重大な容疑がかけられている。」

王立軍がもらした情報は米領事館以外では、王立軍事件の捜査関係者しか知らないはずだ。ゆえにこの情報は北京がわざとリークした意外に考えられない。この私の推論は香港紙・明報(中国本土資本)の4月11日付記事によって裏付けられた。

薄熙来及び殺人事件に関する一部の詳細な内部文書が中国本土の県処級官僚に送付されたことを報じたのだ。翌日、文書はすべて回収され、大手サイトは「謡言と妄想的議論の報道を禁ずる」との命令を受けた。しかし、北京は薄熙来事件において権力闘争の悪名を避けるためにヘイウッドの死を刑事事件として突破口とする道を選んだ。この選択は薄熙来一家を追い詰めるものとなり、また外国メディア記者を色めき立たせるものとなった。だが、最も深い傷を負ったのは中国共産党自身である。

数百億元を投じて宣伝してきた「文明的な政党」「文明大国」のイメージが大きく損なわれたからだ。これでどうして世界の国々に中国のソフトパワーを認めさせることができようか。


・北京のコントロールを離れ、暴走した「謡言」

こうした「謡言」は薄熙来の政治的イメージを徹底的に破壊するものとなった。しかしいったん解き放たれた「謡言」という悪魔はあらゆる方向へと広がることになる。たんに薄熙来に不利な謡言を広めるだけの効果にはとどまらなかったのだ。「某政治局常務委員に問題」との謡言を打ち消すため、CCTVは政治局常務委員9人がそろった映像を流さざるを得なかった。3月23日、インドネシア外相との会見に外交とは無関係の周永康まで顔をそろえることになったのだ。ネット民はこれを「九長老のタイムカード」と呼んでいる。

つまり今の北京は謡言で政敵を苦しめるという楽しみを得ると同時に、疑心暗鬼の苦しみに陥ることとなった。ゆえに3月下旬以来、北京は「謡言」の追求を始め、しかもその追求は日増しに本気度を増すものとなった。

まず北京『証券市場週刊』の李徳林・編集長補佐ら6人が「軍用車両が北京に侵入。北京に一大事」との情報を流したことで、「謡言伝播罪」に問われ、勾留された。同時に梅州視窓網、興寧528論壇、東陽熱線、E京網など16サイトが閉鎖された。その理由は「謡言を作り、流したこと。管理をおろそかにしたこと」とされている。

当局が反応せざるを得ない、ネット民が作った「デマ」の傑作もあった。3月31日、北京日報第4版に中国共産党中央党校の汪雲生副教授の文章が掲載されている。「『総書記』の呼称はどこから生まれたものか」と題されたその文章には、「总书记并非凌驾于党的中央组织之上的最高机构(総書記は党の中央組織を上回る最高機関ではない」との一文があった。ある賢明なネット民がこの文章を「总书记不能凌驾于党中央之上(総書記は党中央を凌駕することはできない)」と変えて海外の中国語サイトに投稿。ツイッターに流し、この一文は北京市共産党委員会が党中央を挑発し、挑戦するものだと開設した。

薄熙来と関係のない劉淇・北京市委書記が自らの政治生命を賭けたとは、私にはとても信じられなかった。原文を確認し、汪雲生副教授が政治に深く関与している人物ではないと確認した上で、上述の解釈は「過剰だ」とツイッターで指摘したのだった。

しかし、中国共産党は結局、この「謡言」が広まることに耐えられなかった。4月5日、北京日報は大一面で「総書記の嘱託を堅持せよ」との記事を掲載。北京市委員会には範囲がなく、総書記に忠誠を尽くしていることを表明した。また、新華社も「ネットの謡言に抵抗せよ」という一連の記事を発表。CCTVも4月9日の新聞聯播(午後7時のニュース)で、「一部の人々はちょっとパソコンのマウスをクリックしただけで安定を破壊する」と批判。ネットの笑いものとなった。


・謡言の利用はもろ刃の刃 

総括しよう。王立軍事件以来、ネットの流言が相次いで広がっている。ほとんどは薄熙来にとって不利なもので、流れた噂は後に事実と証明されている。谷開来のヘイウッド殺人事件のように、だ。一方、現政権にとって不利な情報が流れた場合、デマを流したものが逮捕されたり、あるいは官制メディアによる「否定」といった反応がみられる。

ネットを利用して、デマをコントロールし作り上げること。薄熙来の政治イメージを徹底的に破壊すること。これこそ今年の権力闘争の特徴と言えるだろう。

しかし北京もまた次の点については見過ごしているようだ。すなわちこのデマのコントロールという手法は政治の合法性そのものを打ち消してしまっているのだ。国の政治とは本来、国民が参加権を持つ公共事務である。さまざまな禁止事項を設けて人民の政治参加の道をふさぎ、権力者の指揮棒のままに人民を操る時代はもう過去のものとなった。

 コメント一覧 (4)

    • 1. 天天
    • 2012年04月15日 15:09
    • 「詳細なイブ分署」->「詳細な内部文書」でしょうか。

      それにしても今回の薄熙来事件、私にとっては彼の劇的な失脚よりも、今回の記事で扱われているリーク情報の方が興味深いです。

      何清漣さんが書かれている通り、状況証拠からどう考えても北京から情報が流れているはずなのですが、それを誰(中国の権力構造のどの部分に属している人)が流しているのかという情報は表に出てきません。

      中国共産党の情報戦というと、数年前の反日デモのように、かなり下品なやりかたをするというのが今までの私のイメージだったのですが、今回の薄熙来事件では、本当に恐ろしくスマートに情報が扱われ、その点に感嘆しています。

      中国の権力構造から考えて、情報をリークしているのは薄熙来についての捜査を担当している部署のトップではないかと思いますが、どのようにして「情報源の身元を絶対に明かさない」という信頼できる公開先を見つけられたのかという点にも非常に興味を持っています。
    • 2. Chinanews
    • 2012年04月16日 18:00
    • > 天天さん
      今回はリークを政治的に使おうという試みが行われているのは確かですが、それがどれだけ体系的、組織的、一元的なのかとかは本当にわからないですね。本当にスマートなのか、そう見えているだけなのか、私もまだ判断つきかねています……。ただネットを使ったリークを効果的に使おうという意志だけははっきりあると思います。

      朝日新聞、NYT、WSJなどスクープとったメディアがどこを情報源にして、どう裏取りしたか、知りたくてしようがありませんが、こればっかりは教えてもらえませんねw
    • 3. 天天
    • 2012年04月16日 20:55
    • Chinanewsさん

      BBCの以下の記事では、薄熙来と王立軍との会話がネットに投稿されていた、なんて書かれているんですよね。
      http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-china-17448787

      全くもってそんなこと誰がすんの?といった感じなのですが(双規を受けているはずの王立軍?)、私にとってはこの記事が書かれているのがBBCだということが気になりました。
      英ガーディアンと比べてみると分かるのですが、BBCは中立・公正に見えてかなりバイアスをかけて報道します。
      そしてその方針は基本的に政府の方針に沿っています。

      まあ、ほんと与太話ですが、もし中国政府からイギリス政府に(もしくはBBCに直接)情報が渡って、そこからBBC経由で情報が拡散していったのであれば、今回の情報操作のスマートさ(情報源の秘匿とコントロールのうまさ)について、わたし的にはかなり話の筋が通ります。

      もしこの私の与太推理が正しいのであれば、今回の情報操作で、英国が何を見返りに得たのか、という点に興味が行きます。

      長文失礼いたしました。
    • 4. Chinanews
    • 2012年04月17日 21:34
    • >天天さん

      英国政府経由で情報が出ていたら……そりゃまたすごい話になりそうですね。個人的にはもう完全にお手上げ状態で、誰か解き明かしてという感じなのですがw

      ただこのままいけば、へイルウッドの死が国際問題に発展する可能性もあるので、中国政府と英国政府はどこかで話をつけておかないといけないのも事実。非公式に接触して、英国政府にある程度の情報を渡している可能性はありそうですよね。

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