中国、新興国の「今」をお伝えする海外ニュース&コラム。
2012年05月22日
Taiwan HSRT / Haziq Noor Ariff
2012年5月20日、台湾の馬英九総統の就任式が行われた。その就任演説が興味深い内容だったのでご紹介したい。演説は大きく「国家戦略」と「安全保障」とに分かれている。前編ではまず「国家戦略」についてご紹介したい。時間がある人はじっくり中身を読んでいただければいいのだが、その前にざっくりと分かる解説をつけておく。
1月の総統選では中国共産党が強く馬英九推しの姿勢を示した。経済的に中国本土から離れられない現状が再選をもたらしたと指摘する人もいるが、「とりあえず中国と妥協できる分野でがんがん妥協して経済的実利をいただきましょう」というのが馬英九の一貫したスローガン。前回総統選挙からこの点は揺らいでいない。
就任演説でも、今後4年の国家戦略として「台湾の競争力向上」がテーマとされた。その第一の柱としてあげられているのが中国との関係強化を中心とした自由化戦略の徹底だ。8年以内にTPP加盟の準備を整えることも明言されている。
今回総選挙の対抗馬となった民進党の蔡英文主席も自由化支持派だが、それ以上に格差是正の訴えを前面に出していた。国民党と民進党の政策の違いは中台関係をのぞけば不明瞭になりつつあるが、強いて言うならば成長と格差是正の優先順位が争点だったと言えそうだ。就任演説では格差是正について言及しているものの、そのためには市場開放による成長が不可欠だと強調。さらに総統戦後に大不評を買った電力料金値上げについても、「エコ産業奨励についてはエネルギー価格の適切な値付けが不可欠」との言い方で弁護している。
また中国本土の模範になるような台湾の民主主義制度、台湾人の民度への高い評価も繰り返されているが、なにやら中国本土ネット民の議論をいただいてきたような論調だ。「中華圏の模範」という中国民主化シンパの評価もとりこもうとしているのではないか、と勘ぐってしまう。
さて、前置きが長くなったが、馬英九総統の就任演説前編をご紹介したい。
馬英九総統就任演説・前編2012年5月20日*底本はアップルデイリー、小見出しは訳者
友好国元首のみなさん、ゲストのみなさん、華僑同胞のみなさん、台湾のみなさん、テレビとネットで見ているみなさん、こんにちは!
1月14日、私たちは順調に中華民国第5回総統選挙を終えることができました。これは台湾民主主義が成熟へと向かう重大な里程標です。自由かつ公正な選挙手続きをへて、台湾の全選挙民は高い民主主義の素養を示し、国際社会の評価を得ました。また、選挙で戦った蔡英文主席、宋楚瑜主席も選挙結果が確定した後に(結果を認める)民主主義的態度を示したことを私は評価します。友人たちよ、今こそ一緒に台湾民主主義に喝采を送りましょう。
■過去4年間を振り返って
過去4年間を振り返って、まず全国民に支持に感謝を送ります。我々は金融恐慌の来襲をともに乗り越え、台湾経済の成長力を「アジアの四小龍」のトップへと復帰させました。また八八水災(2009年8月に台湾南部を襲った台風による大洪水)の衝撃を乗り越え、故郷の再建に成功しました。
政治の風紀を正し、憲法順守精神を守り、司法の公平性と透明性を向上させました。中央政府の簡素化と県・市地方自治体合併という2大改革を達成しました。省エネ・二酸化炭素排出量削減に取り組み、「居住の正義」を推進し、社会のセーフティネットを大きく広げました。過去60年間で最も平和な中台関係を作りあげ、盟友の信頼と国際社会の評価を勝ち取りました。中華民国国民は世界127の国と地域で入境ビザ免除の待遇を得ています。
蕭万長・前副総統、劉兆玄・前院長、呉敦義・前院長、陳冲・院長、すべての政権関係者、そして王金平院長をトップとする立法院が過去4年間、人民とともに努力していただいたことに、わたくし英九は感謝します。英九は皆さんの努力と貢献に心から感謝します。そして今後も皆さんの智慧と努力を今後も借りさせていただきたく存じます。
■今後4年間の国家戦略
今後の4年について展望しましょう。英九は「黄金の10年」という国家の理想像のために全国民とともに努力します。私たちの目標は平和、公正、幸福な国の建設です。政府は「経済成長エネルギーの強化」「雇用の創造と社会正義の着実な実現」「低炭素のエコエネルギーの実現」「文化国力の涵養」「積極的な人材の育成と招聘」を国家発展の5本柱に定めました。これにより台湾の世界的競争力を高め、そしてこの4年で台湾を脱皮させ、幸福へと向かってまいります。
■競争戦略(1):経済成長エネルギーの強化
「経済成長エネルギーの強化」は台湾の競争力を高める第一の柱です。その核心は経済環境の自由化と産業構造の優質化にあります。
今年3月、米韓自由貿易協定(FTA)が発行しました。中国本土と日本、韓国のFTA交渉も年内には始まります。我々は自由化の歩みを加速させなければなりません。もう時を逃してはなりません。台湾が世界に開放して初めて、世界もまた台湾を包容します。
世界の政治・経済秩序の再編が続き、経済の重心がアジアへと移動する時代にあって、私たちは保護主義の発想を変えなければなりません。時代に合わない法律を変え、貿易と投資の人為的障害を排除し、台湾のために本当の自由と開放、国際社会に合致した経済環境を作り上げなければなりません。
私たちは今、「自由経済モデル区」の設立を計画中です。高雄市もその1つです。これは台湾が「自由貿易島」に向かう重要な一歩です。私たちは「両岸経済協力枠組協議」(ECFA)の追加協議を速やかに完了させ、シンガポールやニュージーランドなど重要な貿易パートナーとの経済協力協議を調印し、そして8年以内に「環太平洋戦略的経済連携協定」(TPP)の加入準備を整えます。これにより国際経済貿易体形に加入する歴史的チャンスをつかむのです。
我が国の産業はかつて輝かしい成績をあげましたが、しかし、すでに成長のボトルネックに直面しています。将来において我々は積極的に産業構造の優質化を推進しなければなりません。過去に協調されてきた効率的な生産モデルを企図し、積極的に「イノベーション」と「価値創造」の新産業モデルを発展させるのです。私たちの計画はサービス業の特徴を製造業に、科学技術と国際課の要素をサービス業へと引き入れ、伝統産業の特色を打ち立てることです。
こうすることによってのみ、私たちの産業はさらに多元的となり、より多くの付加価値を生むでしょう。こうすることによってのみ、私たちの産業は本当の脱皮を果たし、国際経済体系において変えることのできない地位を築けるのです。
■競争戦略(2):雇用の創造と社会正義の実現
台湾競争力の向上の第二の柱は「雇用の創造と社会正義の実現」です。グローバリゼーション下での開放市場は、雇用を世界的な競争に変えました。我々は経済成長を追求することによって、はじめてより多くの雇用を生み出すことができるのです。
経済成長は各業界の給与を同様に増加させるものでなければなりません。そうでなければ経済成長には意味がないのです。我々は公正と正義を貫き、貧富の格差を縮小させ、経済成長の果実を全国民に分け与えなければなりません。
健全な政府の財政構造が現在の急務です。我々は「能力相応の課税」「租税の正義」の実現、社会のセーフティネット整備、弱者の基本的権益擁護に努力しています。同時に私たちは合理的なインフラ建設配備、公共サービスと教育リソースの配置を進め、均衡を保ちつつも各地域の特色のある発展モデルを実現させることで、都市と農村の格差を縮小させなければなりません。性別、出身地、血縁、出身によって差別されることなく、幸福で公正なチャンスを得られるようにします。
長期的な少子化と高齢化は台湾が必ずや向き合わなければならない国家安全問題です。よって私たちは未来を見通した人口政策を制定し、全国民の健康保険制度、国民年金制度を整備士、また迅速に長期的な介護制度を推進し、幼児託児対策をより完全なものとし、良心と子どもたちに最も心温まる支援を提供します。
司法は人民の権益を守ることを正義の防波堤とします。この4年間、私たちは「刑事事件迅速審判法」「裁判官法」「家庭事件法」の立法を終えました。また廉政署を設立し、最高法院の機密分案制を廃止しました。司法は独立したものでなければなりませんが、絶対に孤立させてはなりませんし、司法の正義に対する人民の合理的期待を裏切るようなことはなおさら許されません。未来の4年間、英九は全力を尽くし、社会の脈動と結合した司法改革を進めます。100年前に西洋から移植された我が国の司法制度を、本当に台湾に根ざしたものとし、法治を我々の生活方式、人権を我々の内的価値に変えます。
■競争戦略(3):低炭素のエコエネルギーの実現
台湾競争力向上の第三の柱は「低炭素のエコエネルギーの実現」です。世界的な気候変動、資源需給の変調は台湾にとって挑戦であると同時にチャンスです。未来において、世界のすべての産業はエコを協調したものとなります。エコ産業こそ未来の産業競争における新領域なのです。消費モードもまた省エネ低炭素の要求に合致したものとなるでしょう。
ゆえに私たちは民間のエコ産業、エコ建築、エコ生産に対する研究開発と投資を奨励しなければなりません。エコ産業を雇用促進と成長の新たな輝きに変えなければならないのです。台湾を着実に「低炭素エコの島」にしていかなければなりません。
私たちは必ずや永続的発展の理念を堅持するべきです。次世代に晴れた空、きれいな空気、潤沢な水資源、そして生気あふれる山林、渓流、湿地、海洋を残さなければなりません。
政策面においては、我々はエネルギー価格の合理化を進め、省エネ低炭素とエコ産業促進の動力としなければなりません。火力発電などの公共事業を市場の枠組みに戻し、「使用者の費用負担」の原則を実行します。さらに国営事業改革、経営効率向上への期待という民意に応え、消費者と生産者のWin-Winの局面を築きます。
■競争戦略(4):文化国力の涵養
「文化国力の涵養」が台湾競争力向上の第四の柱です。台湾には3つの文化的特長です。第一にすばらしい民度が市民に深く根付いていること、第二に伝統文化の保存が進んでいること、第三に伝統と近代の連結が最も細やかに達成されたことです。
民主主義制度は私たちに市民社会をもたらしました。市民社会の開放的な風気、自由な精神は創作者の土壌です。開放と自由の土壌の上に、わたしたちは歌仔劇、布袋劇などの伝統文化を保存し、そしてさらに出雲門舞集、朱宗慶打声楽団などの現代文化ブランドを作り出してきました。我々はハイテクと国際化を追求する一方で、草の根民衆の文化市民権も主張してきたのです。
開放的な社会にこそあふれんばかりの創造力がやどります。自由な環境は大胆な想像を許すのです。台湾の創造力は映画、ポップミュージック、出版などの分野に注がれ、文化産業となりました。中国語圏においては大きな地位を占めています。しかし産業には整備されたツールが必要です。文化の価値とコンテンツを、創造力による付加価値と知的財産保護制度によって、世界に売れる経済的価値に変える。その経済的価値が私たちの創作者を潤すのです。
文化はたんに売文、クリエイティブ産業であるだけではありません。人民の日常生活の一部でもあるのです。最近、中国本土の著名作家・韓寒が台湾を訪問した経験を発表しました。タクシーの運転手は忘れ物をネコババしないこと、眼鏡屋の店主が熱心に人を助けていること、これらは韓寒を驚かせ、感動させました。
先日、花蓮県のタクシー運転手・曾世真が日本人乗客が車内に忘れた革のジャケットを届けるため、車を飛ばし、さらには船に乗ってまですでに出港したフェリーを追いかけて、忘れ物を届けたという話がありました。
英九はこうした人々を感動させる善行は、中華文化の「善良」と「誠実」という核心的価値が、すでに台湾の日常生活に溶け込んでいるためだと考えています。私たちは文化を国力と見なさなければなりません。文化の建設は国力の建設であり、文化に対する投資は国力に対する投資です。
■競争戦略(5):積極的な人材の育成と招聘
「積極的な人材の育成と招聘」が台湾競争力向上の第五の柱です。台湾は天然資源が少なく、人材こそが最も重要な資源で蟻、国家発展のカギだからです。
私たちは大学キャンパスを台湾人材の揺籃にして国家の競争力の源泉としなければなりません。私たちは未来をみすえた開放的な政策によって、「築巣引鳳」(巣を築いて鳳凰を引き入れる)方式、つまり住みやすく友好的で国際化され差別がなく、そして給与の競争力のある環境を整えることで、台湾の優秀な人材を引き留め、世界の優秀な人材を招聘しなければなりません。
子どもたちこそ、私たちが永遠の関心事です。貧富の分け隔てなく、すべての子どもたちに国家の人材となるチャンス、向上のチャンスを与えることこそが教育の核心です。実際、李安と蕭青陽が文芸分野で活躍しているだけではなく、張逸軍、陳星合は(フランスの)太陽劇団のステージにあがり、古又文、呉季剛も国際ファッションデザイン業界に異彩を放っています。
この4年間、私たちの台湾の子どもたちは押収、米国、アジアなどの各種国際発明展、デザイン展で数々の最優秀賞を受賞してきました。台湾はすばらしい人材と創造力を持っています。私たちはさらに心をこめて次世代を育てなければなりません。優良な12年間の国民教育を提供し、すべての命を輝かせるのです。
■競争戦略まとめ
国家の成長には改革が必要です。改革には調整の痛みを受け入れることが必要です。やっかいな難題に手を付けず、次世代に残すようなことは決していたしません。再任された総統にとって最も重要な責任と使命は人民とともに幸福な未来を築くことだと、英九はよく理解しています。未来の任期中、私たちは着実に歩みを進め、機に適した、深く広いコミュニケーションを取ることによって民衆の支持を勝ち取っていきます。
国家戦略5本柱による「幸福台湾の構築」が第2期馬英九政権の目標です。台湾は競争力を向上させて初めて生き残ることができ、人民の幸福は保証されるのです。