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【写真】焼身抗議のチベット人女性の追悼式典=ラサでチベット人600人以上が拘束される(tonbani)

2012年06月02日

■ラサとザムタン 焼身抗議続報■

*本記事はブログ「チベットNOW@ルンタ」の2012年6月1日記事を許可を得て転載したものです。


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*写真は5月31日、ダラムサラで行われたリキョの死を追悼するため、地区女性協会主催で行われたキャンドル・ライト・ヴィジル。

■リキョの葬儀に5000人

2012年5月30日、チベットのンガバ州ザムタン県ザムタン・バルマ郷(四川省アバ・チベット族チャン族自治州壤塘県中壌塘郷)で、チベット人女性リキョが焼身抗議を行い死亡した。

31日の集会では、チョナン福祉協会会長のツァンヤン・ギャンツォが遊牧民女性リキュの葬儀や人柄について報告した。

「大きな炎が上がり、人々が集まったが、チベット人たちはなす術もなく、法王を呼び出すために喚起のお経を唱えたりするばかりだった。その内、保安部隊が出動し、火を消したが、彼女はすでに死亡していた。部隊が彼女の遺体を運ぼうとしたが、大勢のチベット人が集まり、これを阻止し、僧院に運び込んだ」という。

「チョナン・ゴンチェン僧院には1000人ほどの僧侶、尼僧が集まり、直ちにポアの儀式を行い、追悼会を行った。当局は『その日の内に葬儀を行わない場合には、遺体を奪いに行く』と脅した。仕方なくその日の夜11時頃より僧院近くの葬儀場で葬儀が行われた。折しも、強い雨が降り続いていたが、それにも関わらず、5000人以上の僧侶、尼僧、地域チベット人が葬儀に参加し、夜中の3時まで読経を続けた」とツァンヤンは続ける。

「リキュは遊牧民であり、豊かではなかったが、それでも普段から貧しい者たちを助けようとする優しい性格だったという。焼身の2日前から僧院への参詣と五体投地を繰り返していた。その日も家畜の世話をした後、家族には『僧院に出かける』と言い残し、チョナン僧院に向かった」とツァンヤンは報告する。

なお、彼によれば、リキョの年齢は当初33歳と伝えられていたが、正確には36歳だとのこと。ザムタン一帯に警備隊が増強され、バルマ郷を中心に緊張が高まっているという。

参考:
5月31日付RFAチベット語版31日付Tibet Times チベット語版31日付RFA英語版

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■焼身抗議受け、ラサでチベット人600人以上を拘束

以下は30日付RFA英語版及び6月1日付ダラムサラ・キルティ僧院リリースを参照。

27日、ラサ市ジョカン寺前でアムド地方サンチュ県出身のドルジェ・ツェテン(19)とアムド地方ンガバ県出身のダルギェ(25)が焼身抗議を行った。その後、ラサ当局は現場の写真を撮ったと疑われる者やアムド、カム出身者を中心に一斉検挙を行った。

27日と28日には現場の写真を撮ったと疑われた約80人がグツァとティサム拘置所に連行され、徹底的に検査された。また30日までにアムドやカム出身者を中心に600人以上のチベット人が拘束され、ツェル・グンタン拘置所に送られた。またラサを追放され、アムド地方・カム地方に強制送還されたチベット人も多数に上る。

27日、現場近くにいたと思われる外人旅行者たちも、直ちにそれぞれのホテルに返され、ホテルでカメラ等のチェックが行われた。サカダワ(チベット歴4月に行われる宗教的祭日)にも関わらず、パルコルからはチベット人が消えた。一方、パルコルの商店は店を閉める事を禁止され、閉めた者は営業停止処分にすると言い渡された。

ダラムサラ・キルティ僧院のリリースによれば、焼身したンガバ出身のダルギェは幼少時、ンガバ・キルティ僧院の僧侶となり、数年前還俗した元僧侶という。彼は還俗した後、ラサに出て、同郷のチュケル・ツァンが経営するレストランで働き始めた。事件の後チュケル・ツァンとその妻や従業員は当局により拘束され、今も解放されていないという。

事件の後、アムド、ンガバ出身のチベット人たちは以前にも増して特に目を付けられ、ラサ滞在許可証を持たない多くの者たちが拘置所に送られたという。また、27日にはチベット服を着てるというだけで連行された者も沢山いたという。

チベット自治区当局は事件の後、外国人の自治区入域を全面的に禁止した。これがいつまで続くかは分からないが、来週始めに「チベット入域に関する会議が行われる」と言われている。ボイス・オブ・チベットによれば、当局は自治区だけでなく、カム地方・アムド地方への外国人立ち入りも禁止することを検討している。


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*本記事はブログ「チベットNOW@ルンタ」の2012年6月1日記事を許可を得て転載したものです。 


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